第16話 魔王と勇者と元聖女、王都へ行く
王都へ向かう馬車の中。
「…………」
「…………」
「…………」
沈黙が続いていた。
私、リリアーナは窓の外を眺める。
久しぶりに見る人間領の景色。
少し懐かしい。
「リリアーナ」
「はい?」
「疲れていないか?」
向かいに座っている魔王様が尋ねる。
「大丈夫ですよ」
「本当か?」
「はい」
「眠くなったら言ってくれ」
「ありがとうございます」
すると隣から。
「リリアーナ」
「はい?」
「お腹空いてない?」
レオンさんだった。
「まだ大丈夫です」
「そう?」
「はい」
「じゃあ、これ食べる?」
レオンさんが袋を差し出す。
「干し肉です」
「ありがとうございます」
一枚もらう。
「美味しいです」
「だろ?」
レオンさんが嬉しそうに笑う。
「……」
魔王様がじっと干し肉を見る。
「…………」
そして。
「リリアーナ」
「はい?」
「こちらも食べるか?」
魔王様が小さな箱を差し出した。
「これは?」
「城の料理人が作った菓子だ」
「わあ……!」
箱を開ける。
中には綺麗な焼き菓子が入っていた。
「美味しそうです!」
「食べてみてくれ」
「いただきます」
一口。
「美味しい!」
魔王様が少し嬉しそうにする。
「そうか」
「魔王様って、意外とお菓子好きなんですね」
「……君が好きそうだったから」
「え?」
「…………」
魔王様が固まった。
「……いや」
「はい?」
「その……城にいる者が作ったからだ」
「なるほど!」
私は納得した。
レオンさんが魔王様を見る。
「……今の、絶対違うだろ」
「何がだ」
「別に」
二人が睨み合う。
「?」
私は首を傾げた。
◇
昼。
馬車を止めて休憩することになった。
「少し休みましょう」
私は外に出る。
近くには小さな川が流れていた。
「綺麗ですね」
「ああ」
魔王様も川を見る。
「ここは昔、魔物が出ていた場所だ」
「そうなんですか?」
「今はもういない」
「へえ」
するとレオンさんが川を覗き込んだ。
「魚いるかな?」
「レオンさん」
「ちょっと見てくる!」
レオンさんは靴を脱いで川へ入った。
「……」
魔王様が呆れた顔をする。
「勇者とは、ああいうものなのか?」
「多分……違うと思います」
「そうか」
しばらくすると。
「いた!」
レオンさんが魚を捕まえて戻ってきた。
「見て!」
「すごいです!」
「今日の昼飯に――」
「駄目です」
私が即答した。
「ここで食べちゃ駄目です」
「えー」
「ちゃんと王都に着いてから食べましょう」
「分かった……」
レオンさんがしょんぼりする。
私は思わず笑ってしまった。
「ふふっ」
「笑った?」
「すみません」
「いいけど」
レオンさんも笑う。
その様子を見ていた魔王様が。
「……リリアーナ」
「はい?」
「こちらへ」
「?」
魔王様が手を差し出す。
「どうしました?」
「足元が滑る」
「大丈夫ですよ」
「念のためだ」
「そうですか?」
「ああ」
私はその手を取った。
「ありがとうございます」
「…………」
魔王様が固まった。
「魔王様?」
「……何でもない」
顔が少し赤い。
「大丈夫ですか?」
「ああ」
レオンさんがそれを見ていた。
「……俺も手伝おうか?」
「必要ない」
魔王様が即答する。
「でもリリアーナ、川辺は危ないぞ」
「魔王様がいるので大丈夫です」
「…………」
レオンさんが少し黙る。
「そっか」
その声は、ほんの少しだけ寂しそうだった。
◇
その夜。
街道沿いの宿に泊まることになった。
「部屋は三部屋用意しております」
宿の主人が言う。
「では――」
「リリアーナは私の隣の部屋で」
「俺はその隣でいい」
魔王様とレオンさんが即座に決める。
「……?」
私は気づかなかった。
「じゃあ、おやすみなさい」
「ああ」
「おやすみ」
部屋に入る。
そして。
「……」
「……」
廊下に残された魔王様とレオン。
「お前」
「何だ?」
「リリアーナの隣の部屋を取っただろ」
「護衛だ」
「俺も護衛だ」
「なら問題ない」
「……」
「……」
二人の間に妙な沈黙が流れる。
その時。
「お二人とも」
クロードがいない代わりに、宿の主人が恐る恐る声をかける。
「どうしました?」
「廊下で睨み合うのは、他のお客様が怖がりますので……」
「…………」
「…………」
二人は無言でそれぞれの部屋に入った。
◇
翌朝。
王都まで、あと半日。
馬車に乗り込む前に、私は宿の前で伸びをした。
「今日には王都ですね」
「ああ」
魔王様が答える。
「楽しみ?」
レオンさんが聞く。
「少し緊張します」
「大丈夫だよ」
「はい」
「俺もいるし」
「ありがとうございます」
私は笑う。
「魔王様もレオンさんも、本当に優しいですね」
「…………」
「…………」
二人とも黙る。
「?」
私はまた首を傾げた。
その時。
「……リリアーナ」
魔王様が静かに言った。
「王都で何があっても」
「はい」
「君は一人ではない」
「…………」
「忘れないでくれ」
その言葉に。
私は胸が温かくなった。
「はい」
そして三人は再び馬車に乗った。
王都へ向かって。
◇
数時間後。
遠くに巨大な城壁が見えてきた。
「……王都」
私は窓の外を見る。
懐かしい。
でも。
昔とは少し違って見えた。
「着いたな」
魔王様が呟く。
「うん」
レオンさんも窓から外を見る。
やがて門を抜ける。
街の人々がこちらを見る。
そして――
「……え?」
私は目を見開いた。
王都の大通りに。
大量の人々が集まっている。
「何でしょう?」
馬車が止まる。
すると群衆の中から、一人の男性が歩いてきた。
立派な服。
王家の紋章。
そして。
「お久しぶりです、リリアーナ様」
「……!」
私はその人を知っていた。
「王太子殿下……?」
かつて、聖女だった私と何度も顔を合わせていた人物。
王太子は微笑む。
「お帰りなさい」
その瞬間。
魔王様の表情が変わった。
レオンさんも、何かを察したように黙る。
そして王太子は続けた。
「あなたに、ぜひお願いしたいことがあります」
――王都で始まる、元聖女を巡る新たな騒動。
その幕が、今、上がった。




