第4話 お泊りの理由
バイトを終えた後、俺はそのまま大学へと向かった。眠い目を擦りながらなんとか午前の講義を受け終えて、今は昼飯を求めて学食にいる。既に多くの学生がレジ前に列をなしており、俺はトレーを片手に自分の順番を待っていた。
「なんだったんだろうな……」
ふと、バイト中の出来事を思い出し……ぼそりと小さな声で呟く。矢吹彩夜、キャンパスにその名を知られる美少女。そんな奴がどうしてうちのネカフェに泊まっているのだろう?
受付した時の会話から察するに、しばらくは住むみたいだけど。実家暮らしのご令嬢という噂も嘘ではないようだし、理由がよく分からないな。
「……」
ただ、気になることがある。今朝、矢吹の目が赤く腫れていたことだ。もし……涙を流していたという意味なら。のっぴきならない事情があるのかもしれないな、なんて――
「ねえ彩夜ー、午後の授業終わったら時間あるー?」
「!!!」
背後から聞こえた女子の声に、びくっと反応してしまった。
「うーん……今日は無理かな。ごめん」
「えー? 一番町のカフェ行こうねって言ったじゃん」
「ごめん、でも用事があるから」
この柔らかな声……間違いなく矢吹だ。きっと友達と一緒に昼飯を食べに来たんだろうが、まさかこんなところで鉢合わせるとは思わなかった。
「彩夜さー、最近そういうのばっか。何か隠してない?」
「いっ、忙しいんだって。あはは……」
矢吹の苦笑いが背中越しに聞こえてくる。幸い、前に並んでいるのが俺だとは気がついてないみたいだ。ネカフェにいる時と服装も違うし、向こうからすればこっちはただの店員に過ぎないしな。
「えー、怪しいなあ」
「そんなことないから……」
「ねえー、じゃあ聞いていい?」
「なっ、なに?」
どうしても一緒に出かけたいのか、友達の方はいろいろと矢吹に話しかけている。やっぱり人気者なんだな。流石は有名人――
「昨日、男の家に泊まったでしょ」
「えっ!?」
えっ!? 僕のバイト先の28番ブースで寝ていらっしゃいましたけど!?
「そっ、そんなわけないでしょ! 変なこと言わないでよ!」
「だっていつもと匂いが違うだもん。男臭いって感じ?」
「ちっ、ちがっ……気のせいだって!」
「てかさー、髪もなんか違くない? お風呂入った?」
「えっと、それは……」
うちの店にも有料のシャワーはあるけど、ゆうべ矢吹が使用を申し込んできた記憶はない。たしかに髪を洗っていなかったとしても不思議ではないが……この友達、聞きにくいことにズバズバ切り込んでいくな。高校からの同級生、とかだろうか。
「だから最近付き合い悪いんだ? ふーん……」
「別に、そういうわけじゃ」
「あんなに男のこと嫌ってたくせに。大学デビュー?」
「ちっ、違うのに……」
あれ、もしかしてヤバいことになってる? 矢吹はなんだか泣き出しそうな声だし、友達はえらく不機嫌だし。「ネカフェに泊まっていただけだ」と正直に言わないあたり、やはり矢吹には打ち明けられない事情があるのかもしれない。
「彼氏なんていつできたの?」
「そっ、そんなのいない!」
「じゃあなに? 彼氏でもない男と寝てるの?」
「ねっ、寝て……!?」
友達は友達で矢吹に対していろいろ思うところがあるんだろうが……とても聞いちゃいられない。そう思った俺は、気づいた時には後ろに振り向いていた。
軽率な行動だと分かってはいたけれど――何か理由を抱えて外泊しているであろう矢吹が、ただ責められてばかりなのがあまりに気の毒だったのだ。
「あっ、あのっ!!」
「「えっ?」」
俺が声を掛けると、二人は虚を突かれたように目を見開いた。矢吹の目には少し涙が滲んでいるようにも見えたけど、それでも今は驚きの感情の方が勝っているようだった。
「な、なんですか?」
「あのっ、矢吹さんは男の家なんかに泊まってないと思います。自分が証明できます」
「は、はあ? 彩夜、知り合い?」
「いや、分かんない……」
二人は怪訝な顔で俺のことを見ている。……声を掛けたはいいけど、この後のことを何も考えていなかったな。でも、せめて疑いを晴らしてあげないと。
「矢吹さん、ええっと……ゆうべ、お会いしませんでしたか?」
「えっ? 私、別にあなたみたいな人と……」
まずい、よく考えれば矢吹が俺の顔を覚えているとは限らないんだった! どうする、このまま思い出してもらえなければただただ俺が不審者ムーブをかましただけになってしまう……!
「ほらっ、おばけって怖いですよね?」
「あの……本当に何の話をされてるんですか?」
まるでUMA研究会にでも勧誘しているみたいだな……。でもな、ゆうべの出来事を伝えて思い出してもらうしかないし。
「だからっ、その……ネッシーとか……」
「ね、ネッシー?」
「ネ、ネ……」
「ネ……?」
矢吹が口に手をあてて頭を悩ませる一方で、友達はぽかんとして俺たちの様子を見つめていた。どうか思い出してくれ、俺が「ネカフェの店員です」と言えば元も子もないし――
「あーっ、ネカフェの店員さん!!」
「えっ!!!?」
お、お前がその言葉を口にしたら意味がないだろ矢吹ィ!? そんなこと言えば友達が――
「ネカフェ?」
「あっ!!!」
「彩夜、ネカフェに泊まったの? なんで?」
「ちっ、違っ……!」
ほーら、言わんこっちゃない……。自分のうっかりミスに気がついたのか、矢吹はどんどん顔を赤くして、両手を振って必死に否定している。
「どういうこと? 実家から通ってるんじゃないの?」
「そっ、そうだけど?」
「じゃあこの人は何? なんでネカフェの店員と知り合いなわけ?」
「えっとっ、それは……その……」
「……彩夜、やっぱり何か隠してるでしょ」
「だからっ、そんなつもりじゃ……!」
疑いは晴れたのに状況が悪化した気がする! 矢吹はアワアワと慌てるばかりで、友達は俺と矢吹に疑いの目を向けている。矢吹はネカフェに泊まっていることは知られたくないのだろうが、それだと俺と知り合いであることが説明できないんだよな。
「彩夜、答えてよ」
「べっ、別にこの人はただの店員さんで……!」
「じゃあなんで彩夜と知り合いなの?」
「だからっ、えっと……もっ、もう知らないっ!!」
「へっ?」
二人のやり取りをぼーっと眺めていたら、いつの間にか右腕にしがみつく者がいた。何が起こったのか理解できず、顔を横に向けると、そこにあったのは真っ赤になった顔を友達に向ける矢吹の姿。
「かっ、彼氏っ!!」
「へっ?」
「この人っ、私の彼氏っ!! だから知り合いなのっ!!」
友達が絶句して立ち尽くす一方で、矢吹はさらに強く右腕にぎゅうとしがみついてきた。すらっとした身体のラインが肌越しに伝わってきて、思わず息を飲む。……何が起こっている? こんな美少女が、こんな綺麗な子が――
「「ええええええええっ!!!!?!?」」
俺と友達の絶叫が、食堂に集った学生たちの注目を集めた瞬間であった……。




