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第3章 スター誕生!

 サブコンから川久保の奮闘ぶりを見つめる局長。


 ぶつぶつと独り言を呟きだした。

「くそ~、どうする・・・飛行機は今、空港で動きなしか・・・そうだ! 空港だ! 空港職員を捕まえろ! これはいいぞ、現場の生の声を伝えるんだ。下手なコメンテーターより臨場感が出るぞ!」


「なるほど」

「そいつはオモロイ」

 賛同の声が上がった。


 高崎が榊原をバラして帰って来た。

「なに? どうしたの?」


 そして、局長の大号令が轟いた。

「空港に電話しろ!」

「はい」

 一同、そろって返事をした。


 加藤と竹重が空港の電話番号を調べ始めた。

 公共機関や交通インフラ等の電話番号は比較的調べが早くつく。

 加藤が見つけた。

「え~と・・・あった、この番号(竹重に見せる)」

 竹重、すぐさま電話を掛ける。


 局長、マイクを掴み、ガラス越しに、

「川久保、方針変更だ。空港職員に電話を繋ぐことにした。犯行現場の生の声を乗せるんだ」


 ガラス越しの川久保が大きく頷く。

 勿論ニュースを読みながらだ。


「いい案だろう・・・よそは下手なコメンテーターが、とおり一辺倒な解説しかしてないぞ。こっちは臨場感たっぷりに伝えろよ・・・」


 局長、振り返って、

「まだか?」

「今、やってます」

 加藤が答えた。


 が、受話器を手にしたまま、竹重と加藤は言い争っている。


 局長、マイクを握り直して、

「但し、そうなると相手は素人さんだ・・・てことは何が待ってるかわからんぞ・・・」


「局長、空港に電話が繋がりません」

「回線がパンクしてます」

 加藤と竹重。言い争いの原因はこれだった。


 局長、振り返って、

「そりゃそうだろうが、日本中が注目してるんだから、代表番号なんか潰れてるぞ」

 最初から分かっていた様な口ぶりである。


(だったら初めからそう言ってくれればいいじゃん)と加藤と竹重は思った。


 が、そんな筈もなく。局長も今気付いたのだが、そんなことはおくびにも見せない。

「いいか、考えろ! 空港にもいろんな部署があるだろう。整備とか何とか、電話が繋がるところを見つけろよ」

 と、言いながら(いい案ひらめいた)と思った。


「よし、空港内なら何処でもいい。とにかく探そう」

 佐野が仕切り直して、再び調べ始める。

 なるほど、探してみると空港内の様々な部署が判明してきた。

 その中から一つを選び竹重が電話を掛ける。


 局長、マイクに向かって、

「いいか、空港職員さんということは素人さんだ・・・先ずは落ち着いてもらって、目に見える状況をゆっくりと説明してもらう。丁寧に行こう。丁寧にな・・・」

「電話が繋がりました!」

「よし、スタジオに回せ!」


 加藤がメモを持ってスタジオに走っていく。


 スタジオの川久保、メモを受け取り、

「ちょっと待て下さい。たった今、現場の空港職員の方と電話が繋がったようです。こちらの方は――空港レストランのウェイトレスの小林さんです」


「小林さん。小林さん。もしもし・・・」

「は、はい・・・」

「アナウンサーの川久保と申します」

「どうも・・・」

「そちらは今、どんな状況ですか?」

「大変なことになってますけど・・・」

「小林さんは今、レストランの中の電話に出て頂いてるんですか?」

「ええ、レジ横の電話ですけど」

「今、小林さんから滑走路は見えますか?」

「はい、飛行機が止まったままです」


 おりゃーっと、サブコンで大歓声が上げる。


 局長、両の掌を握り締めた。

「よし!よし!よし!」


 ヤッターっと、佐野、加藤、竹重、ハイタッチ。


 銀太郎、ワープロをたたきながら、

「おお、いいね。いいね」


 高崎が局長を肘で小突く。

「この、この、この・・・さすが~」

「痛いなぁ~、やめろよ~」

 局長、笑顔満面で、嫌がる。


 スタジオの川久保。サブコンに向かってガッツポーズしながら、

「分かりました。小林さん、先ずは落ち着きましょう・・・目に見える状況を一つ一つ説明して頂けますか?」

「お巡りさんがイッパイいます」

「う~ん、なるほど」

「パトカーもイッパイ来てますし・・・」

「ほう~、やはりそうですか」

「機動隊の人達が走ってきました・・・きゃあ!」

「どうしました! 小林さん? 何かありましたか?」

「あ、すいません。機動隊の人達が倒れちゃって・・・」

「え、機動隊が! まさか、犯人が撃ってきたとか?」


「違います。違います。そこの廊下で転んじゃったんで、びっくりしちゃって私・・・」

「そこの廊下とは?」

「レストランの横の・・・私の目の前の廊下です」

「ああ、なるほど――機動隊はまだ、転んだままですか?」

「いえ、もう皆さん立ち上がって走っていきましたけど・・・」

「う~ん、なるほど――小林さん、他にはなにが見えますか?」


「あの~・・・私、仕事中で・・・」

「分かっております。お忙しいとこ誠に申し訳ありません――小林さん、ほんの少しのお時間でいいですから、回りの状況をご説明頂けませんでしょうか?」


「でも・・・」

「でも、何でしょう?」

「アイスが溶けちゃいそうなんですけど・・・」

「え、アイスが?」

「はい」

「アイスを・・・持ってらっしゃるんですか?」

「はい」

「どうして?」

「お客さんのご注文ですから・・・」

「ええ~・・・ということは、小林さんは今、お客さんにアイスを運ぶ途中でいらっしゃるわけですね?」

「はい、お店の中パニックで、ず~と電話鳴りっぱなしだったんで、私が出たんですけど・・・もういいですか?」

「ああ~、ちょっと待って下さい」


 サブコンで局長がわめき出した。

「誰だ? 電話繋いだの! 確認不足だ! ゆっくり話しが聞けるかどうか状況確認するのは当然だろうが!」

「すいません!」竹重が謝る。

「しっかりしろ!」と佐野も一言。


 局長、マイクに向かって、

「いいか川久保、絶対電話を切らせるな。切られたら最後、すぐ他局に奪われるからな――とは言え、先ずはアイスの処理だ。いいか、電話は切らせるなよ!」


 高崎が佐野に、

「他局もうちをモニターしている筈だから、もうネタバレしてるかもしれんな」

「そうですね」


 スタジオの川久保、局長の声に頷きながら、

「小林さん、よーく聞いてください。この放送は関東一円で流れてる生放送です。そちらの、函館のほうではお馴染みでない番組かも知れませんが、東京、神奈川、埼玉、千葉、などなどでは、なんと、百万人以上の方が聞いておられるんです。小林さんの声に今現在、多くの、おーくの方が耳を傾けていらっしゃるんですよ――ですから、電話を切るという発想はなしにしましょう――いいですか?」

「あ、はい・・・でも・・・」


「そう、でも、先ずはアイスを届けましょう――但し、電話は切らずに、受話器を横に置いてアイスを届けに行きましょう・・・そしてまた戻ってくる。出来ますか?」

「はい、出来ますけど、でも・・・」

「でも、何でしょう?」


「もうアイスが半分ぐらい溶けちゃったんで、お客さんに怒られちゃうかも・・・」

「お~と、それはまずい! グズグズしている暇はありません。一刻も早く、アイスを持って行ってください!」

「分かりました!(元気よく)」

 ――ガチャ。

 小林、勢いで電話を切る。


「あ!」

 川久保と小俣、同時に叫んだ。


 川久保は茫然自失。

 小俣も固まっている。が、ふと我に返った。

 目の前の川久保にそっと手を伸ばし、肩をポンポンと叩く。

 小俣は不謹慎なキャラなので今は喋れない。気配すら消そうとしている。

(思わず声が出ちゃった。危なかったわ~)

 と思っている。


 川久保、咳払いを一つして、

「う、うん、大変失礼しました。本日は予定を変更してハイジャック関連の報道特別番組をお送りしております。繰り返します・・・」


 サブコンの一同も唖然としている。


 局長、椅子に座って、

「しょうもない。繰り返せ繰り返せおんなじことを・・・あの、バカ女、切るなって言ったのに。なあ、高崎」

「本当ですよ」

「どっか抜けてんだよな、あの女」

「まったくその通り」


 局長、ふと思い出し、高崎を指さした。

「報道センター(新情報は入ってないのかの意)」

「行ってきます」

 高崎、走って出て行く。


 局長、半ば投げやりに、

「佐野! いいから、もう一回かけてみろ・・・」

「はい・・・(竹重に)もう一度だ!」

「はい」

 竹重が電話を掛け直す。



 局長がぼやく、

「しかし、新情報は入ってないのかよ。犯人の要求、人質の安否、犯行声明・・・どうなってる?」


 佐野が訊ねた。

「こんなことって珍しいんですか?」

「なんだかな。だが、理由もなしにやらんだろう。ハイジャックなんて・・・」

「目的は何なんでしょう?」

「さあな・・・ダッカのときは凄かったぞ。犯人は日本赤軍で、身代金が・・・え~と、いくらだったっけ?」


 銀太郎が昭和事件史を読みながら、

「今、丁度調べてますよ。身代金は600万ドル、当時の金で約16億円・・・日本政府は犯人に屈服し全てを渡した。とありますね」


「そうそう思い出したぞ。あの時は報道規制が敷かれてな・・・大変だったんだ」

 と、局長が武勇伝を語りだした。


 ダッカ・ハイジャック事件。

 1977年9月28日。犯人グループは日本赤軍のメンバー5人。主犯は丸岡修。

 飛行機の乗員・乗客151人を人質にとり犯行に及ぶ。

 要求は、身代金600万ドル、当時の金で16億円。

 それと、日本赤軍の幹部・奥平純三以下9名の釈放。


 この事件は時の総理・福田武夫が『人命は地球より重し』と述べて身代金の支払い及び、超法規的措置として、すでに逮捕され獄中の身となっていた日本赤軍メンバーらを釈放し、人も金も犯人グループへ引き渡してしまった。という曰く付きのモノである。

 日本政府はテロに屈したと批難され、国際的にも物議を醸しだした。


 さらに言えば、この事件は名前の通り、日本国内で発生した事件ではない。

 バングラディッシュのダッカ国際空港が犯人グループとの交渉の場となった。

 飛行機はパリ発羽田空港行きの日航機だった。

 経由地のムンバイ空港を離陸直後に、拳銃と手榴弾で武装した犯人グループにハイジャックされた。その後、飛行機は進路を変更しバングラディッシュのダッカ国際空港に強硬着陸した。つまり、ダッカは経由地でもなんでもない無関係な土地であった。


 そこから犯人は日本政府に要求を付きつけて来た。

 要求を飲まないと人質を一人ずつ処刑する。と脅してきたのだ。

 人質は日本人だけではない。外国人も多数いた。

 日本政府は要求に従い、600万ドルと釈放した服役囚達、それに人質救援団(政治家や官僚等)を組織し日航特別機で輸送した。日本からダッカに向けて送り届けたのである。

 犯人グループはまんまと、金も人も手に入れ、逃亡することに成功した。


 この事件では注目すべき点がもう一つある。

 それはバングラデッシュの軍事クーデターが絡んできたことだ。


 日本の救援団はバングラディッシュ政府協力のもと、犯人グループと空港の管制塔にて交渉を重ねていた。が、人質と金の交換の仕方で交渉は難航を極めていた。

 そんな最中、バングラディッシュ軍の一部が暴走しクーデターを起こした。


 狙いはなんとダッカ国際空港の管制塔。


 何故なら、バングラデッシュの政府要人の殆どが、ハイジャックに対応する為、空港管制塔に集結していたからだ。強襲すれば一気に政府転覆が可能だ。

 さらに、クーデター軍は身代金の600万ドルも狙っていたという。

 火事場泥棒も甚だしい。とはこのことである。


 結局、クーデターは未遂に終わり。数時間後、バングラディッシュ政府軍に鎮圧された。

 但し、銃撃戦の末、政府軍から十数名の死者が出た。

 空港で、ハイジャック事件に対応している最中にだ。

 当時、バングラディッシュはパキスタンから独立して間もなく、貧困に苦しむ国家だった。ゆえに元々政情が不安定であったことは否めない。


 が、日本人の起こしたハイジャック事件が原因で、無関係なバングラディッシュに死者まで出す内乱を招いた事実は変わらない。


 日本から派遣した人質救援団団長・石井一(当時、運輸政務次官)の証言によると、

 バングラディッシュ政府は、この件で日本政府にクレームを入れたことは一度もない。


 話を元に戻そう。


 局長は、ダッカ・ハイジャック事件を当時プロデューサーという立場で味わった。

 報道規制まで敷かれていた、当時のあの、異常なほどの緊張感が懐かしくてたまらない。

 簡単に言うと、犯人の要求が待ち遠しくて仕方がないのだ。


 局長のダッカ武勇伝を聞いた佐野。

「すげえな~、そんなことがあったんですか」


 局長は身構えた。

「な、グッとくるだろ! こういう情報をいち早く、バーンと出したい訳だよ」

「バーンと出したいですね」

 高崎がちょうど戻ってきた。

「おう、報道センターどうだった」

「進展ありませんね」

「ちくしょう・・・次はどうする」


「電話が繋がりました。空港レストランの小林さんです」


 局長、ビクッと反応した。

「よ~し、繋げ!」

 佐野もマイクに向かった。

「さっきの小林さん、繋がりました」


 スタジオの川久保、それを受けて、

「どうやら、先ほどの小林さん・・・空港レストランのウェイトレスの小林さんにまた、電話が繋がったようです。小林さん、小林さん・・・」


「さっきはすいません。うっかり切っちゃいました。ごめんなさい。エヘッ!」

「いや、いいんです。いいんです。気にしないで下さい」

「でも、すぐまたかかって来たから、そうじゃないかな~って思ったら・・・やっぱり、そ・う・で・し・た」


「ところで、さっきのお客さん大丈夫でしたか?」

「アイスのお客さんですか?・・・怒ってませんでした。こう言っちゃ何ですけど、私の笑顔って結構効き目高いんですよ。ルンルン」

「う~ん、なるほど。なんとなく僕もそう思いますよ・・・ルンルン」

 川久保も両手を振って、ルンルンした。


 サブコンの局長、マイクで、

「おい、何の話をしてるんだ! こら!・・・ルンルンってなんだ」


 佐野がなだめに入る。

「局長局長、川久保さんは多分、局長の指示に従ってるんですよ」

「なに!」

「だってさっき、丁寧に行こうって言ったじゃないですか。相手は素人さんだって・・・」

「そんな事言ったか俺?」

「言いましたよ。川久保さんは相手に合わせているだけじゃないですか」

「本当か?」

「当り前じゃないですか」

「なんかイライラすんだよな、あの女の話聞いてると・・・(高崎に)なぁ!」

「ええ、無性に・・・」


 銀太郎がすくっと立って部屋を出て行った。


 スタジオでは川久保と小林さんの電話のやり取りが続く。

「ところで、小林さん、飛行機の方はどうですか?・・・何か動きはありましたでしょうか?」

「飛行機ですか?・・・あ、いらっしゃいませ~」


「え? 小林さん?・・・今って、営業してるんですか?」

「ですから~、それがよく分かんないんですよ。店長は空港管理室に行ったきりだし、ここにはアルバイトしか残ってないんですよ・・・元々いたお客さんを追い出す訳にも行かないし、刑事さん達が勝手にドカドカ入ってきちゃうし・・・よく分かんない人が出たり入ったりして、お客さんかもしれないし・・・」


「小林さん、報道陣って入ってきてますか?」

「いえ、報道陣の方は空港の入り口でお巡りさんに止められています」

「なるほど、そういう状況ですか」


「ちょっと、聞いてくれます? あそこの刑事さんの集団。何にも注文しないくせに、お水ばっかりおかわりするんですよ。テーブル三つも四つもくっつけて・・・ほらまた~、呼んでる呼んでる・・・無視しちゃおうかな~・・・どうしましょう?」

「え?・・・それは・・・」

「冗談ですよ。お客さんに呼ばれれば、笑顔でお伺いします。それが私の仕事ですから・・・」

「えらい!」

「もう~、やめくださいよ・・・と、言うことで、忙しいですからお電話切らせてもらいますよ。一応ランチタイムなんで・・・」

「あ、ちょっと待ってもらえますか?」


 サブコンでは、局長が我慢の限界を向かえようとしていた。

「もう、切っちゃえ切っちゃえ! そんな電話。くそ~・・・」


 局長、高崎の胸倉を掴んで絞り上げる。

「何なんだよランチタイムって」

「すいません」

「なんの放送なんだよ、これは!」

「く、苦しいです」

「生だぞ生!」

「勘弁してください」


 銀太郎が一枚のファックスを持ってきて、佐野に見せた。


 局長、マイクで、

「おい、川久保、もういい!」

「ちょっと待って下さい!」

 佐野が止めた。


「何だ!」

「ファックスが届いてます」

「何の?」

「小林さんへの応援ファックスです」

「何だと!」

 局長の眉間に皺が寄った。


 佐野、加藤へファックスを渡し、マイクに向かった。

「川久保さん、電話切らせちゃ駄目ですよ。応援ファックスです。今、中入れますから」


 スタジオに加藤がファックスを届ける。

「小林さん、電話を切る前にちょっとこれを聞いて下さい。なんと、リスナーから小林さんへ応援ファックスが、届きました」


「え~、本当ですか?」


「読みますよ・・・頑張れ小林さん、どんな時でも笑顔で接客する小林さんに感動しました・・・私は今、失業して引きこもっています。とっても自分が情けないです。でも、明日から小林さんのように笑顔を持って再出発したいです! ありがとう、小林さん!・・・追伸、こんなときだからファックスなんて読まれないでしょうけど、居ても立ってもいられず送ってしまいました。お忙しいところ申し訳ありません・・・足立区のペンネーム、45歳ぶっちゃけ太郎さんからです・・・もしもし、もしもし・・・小林さん、聞いてますか?・・・大丈夫ですか?」


「(鼻をすする音)はい、大丈夫です」

「電話は切らないでもらえますか?」

「はい・・・」


「じゃあ、どうしましょう。お水のおかわりは行きますよね? 刑事さん達、まだ小林さんを呼んでますか?」

「ぐすっ、まだ呼んでる~」

「じゃあ、行きましょうか?」

「はい、行きます」


「それでは、さっきの要領で・・・」

「電話を切らずに、受話器を置いて、また戻ってくる」

「その通り! よく出来ました」


「もう、子供じゃないんですから、からかわないで下さいよ(明るく)」

「あああ、小林さん、あんまり盛り上がらないで、勢いで切っちゃいそうだから・・・このまま受話器を横にそっと置いて、お水、行きましょう・・・」

「わかりました(落ち着いたトーンで)」

 と、今度はちゃんと受話器を切らず横に置いて、お水を注ぎに行く小林であった。


 川久保、思わず大きなため息を吐いた。

「ふう~・・・」

 小俣、ペットボトルのキャップを開けて川久保に渡す。

 川久保、水を飲んで、

「本日は番組の予定を変更してハイジャック関連の報道特別番組をお送りしております。繰り返します・・・」


 ハンカチで川久保の額を拭く、小俣。

 川久保の肩をもむ、加藤。


 サブコンでは、銀太郎が竹重の肩を突いて、スタジオの外を指さす。

 スタジオの外は、電話・ファックスコーナーと呼ばれているスペースだ。

 数台の電話とファックスが並んでおり、受付係のアルバイトが数人配置されている。

 番組に掛かってくるリクエストの電話やファックスはここで対応する。

 そのアルバイトの人達がにわかにざわめき始めていた。

 竹重は覗きに行ってみた。


 局長が激しい口調で詰め寄った。

「佐野! 何読ませてんだ、あんなファックス!」

「そうだよ、お前」と高崎。

「いい話じゃないですか!一人の悩める中年が息を吹き返したんですよ」

「俺たちは今、ハイジャックを取り上げてるんだぞ!」

「生放送でバ~ンとやってんだぞ!」

「どうせ進展ないじゃないですか! 四時までの時間、一体あと何やるんですか?」

 佐野にも一理ある。


 高崎が力説気味に、

「報道だよ、報道! グッとくる・・・」

「グッときてますよ、これだって」

「どこがだ!」と局長。

「元々、局長が言い出したんじゃないですか、空港電話しろって!」

「何だ、その口の聞き方は!」

 高崎が一喝した。


 竹重がファックスをイッパイ持って入ってくる。

「佐野さん、ファクスが続々と入って来ました。止まりません。すごい量です。信じられません。全て小林応援ファックスです!」


 佐野、ファックスを手に、

「ほら見て下さい。普段だってこんなにファックスが届いたことありますか?僕は見た事ありませんけどね・・・よそは下手なコメンテーターがとおり一辺倒なことしか言ってないんでしょ・・・うちだけですよ、こんな放送やってんの!」


「いいじゃないですか、『スター誕生』じゃないですか。うちは今、数字ガンガン上がってますよ!」


 局長は少し怯んだ。

「なんだと・・・」


 銀太郎、大量のファックスを見ながら、

「ホント、こりゃすげえ。参ったな、これは・・・」


 小俣が、先程放送で読んだファックスを持ってスタジオからやってきた。

「佐野さん、このファックスなんかおかしい・・・」

 佐野、ファックスを手にとり、読む。

「いや、中身じゃなくて字。どっかで見たことない? この筆跡」

 加藤が覗き込んだ。

「それ、銀さんの字ですよ」

 銀太郎の字には癖があった。


 佐野が気付いて、

「ちょっと待って下さいよ。ヤラセじゃないですか! 銀さん」

「なんだよ」

 銀太郎は肩をすくめた。


「銀の字、てめえ!」と局長。


「ヤラセじゃねーよ。ファックスの中に『頑張れ小林』って、一言だけ書いてあったのが、一枚あったんだよ。物寂しかったから、ちょっと膨らませただけじゃねーか」


 加藤がファックスコーナーを伺って、

「ファックスどんどん来てますよ。虚が実になって良かったですね、銀さん」

「虚が実って・・・お前と俺は同志じゃないのか」

「同志ですよ。固い握手で結ばれたじゃないですか」

「じゃあ、なんだよ。虚が実って?」

「だから、良かったですねって言ってるじゃないですか」


「いいわけねえだろ。ヤラセがキッカケで、リスナーが煽られただけだよ。こんなのは」

 佐野がぶった切る。


 銀太郎が巻き返す。

「ちょっと待て、俺はお前の味方だぞ。あの姉ちゃんオモロイよ、スター誕生だ。お前の言うとおりだよ!・・・だから繋ぎ止めてやったんじゃねーか」


「吐いたな、銀!」と局長。


 銀太郎、局長に向き合って、

「おいおい、パラさん。あんたに言われたくねーぞ、俺は・・・」

「何言ってんだ、お前」

 明らかに、ドキッとした局長。


「この人こそな、ヤラセのパラさんと言って、昔は酷かったんだ」

「おい、銀太郎・・・」

「俺なんか素人のふりして、何回出演させられたことか・・・」


 銀太郎が指折り数えて、昔の番組名を挙げ始めた。


「よせ・・・あれは・・・」

 局長、そこにあるCDジャケットに目が行く。

 中島みゆきの『時代』だ。


「仕込んでヤラセて、仕込んでヤラセて、その地位まで上りつめたんでしょうが・・・」

 銀太郎が洗いざらい、暴露した。


 きょくちょう。

 全員、けだるい物言いだった。


 局長、CDジャケットを手に取り、

「時代、時代・・・アレは(CDを見せながら)時代なんだよ」

 思わずやってしまった。

 おやじギャグだ。


 しかも、局長は一瞬手応えを感じた。

(このギャグ悪い出来じゃないぞ。いつもよりクオリティ高いぞ。なんだ、俺は追い込まれた時にこそ力を発揮するタイプだったんだ)

 と、軽く悦に浸った。


 しかし、誰が見てもそんな局面ではない。だからこそ事態は深刻であった。

 ヤラセという過去のどす黒い罪業をおやじギャグで誤魔化そうとした局長。

 その浅ましさに、皆ほとほと呆れ返り声を失ってしまったのだ。

 ゆえに、場の空気が一瞬にして凍った。


(おかしいなあ、うけないなあ)と局長。

 耐え切れず、

「なんちゃって・・・」


 なんちゃってじゃない!

 瞬時に全員で突っ込んだ。

 見事に揃ってた。


 小林さんが電話に戻って来た。

「もしもし、お待たせしました。すいません・・・」


 そういえば、小林さんはお水のおかわりで呼ばれていたのだった。

 小俣も急いでスタジオに戻る。


 スタジオの川久保。

「あ、小林さん。いえいえ、こちらこそすいません、何度も何度も・・・では、小林さん、もう一度確認しますけど、飛行機に何か動きは御座いませんか?」

「ええ、何も・・・」

「何か状況に変化は? 気付いたことはありませんか?」

「あの~・・・」

「何でしょう?」

「犯人って分かったんですか?」

「いえ、まだ、全然」

「何だ、じゃあ、間違いかな~」

「何がです?」

「お水持っていったら、あそこの刑事さん達『主犯は間違いなく誰々だ』なんて言ってたから・・・」

「なんですと! 誰ですって?」

「え~と・・・確か・・・」


 サブコンにいる高崎が、スタジオを指差さしながら、

「局長、確か報道陣シャットアウトでしたよね・・・」

 指先が震えている。


「よし、やった!」

 局長がマイクを掴んだ。

「川久保、聞き出せなんとしても! スクープだ! その女を締め上げろ!」


「局長、やりましたね!」

「おお、スクープだ、スクープ」

 局長と高崎がワナワナと震え始めた。


 銀太郎がほくそ笑んだ。

「ほら、いいネタつかんだじゃん」


 局長と高崎。抑えきれず、二人で連呼しながら部屋の中をグルグル回る。

「スクープだ、スクープだ、スクープだ・・・」

 局長、ピタッと止まった。

「そうか、そういうことか」

「どうしました?」

「警察は水面下ですでに犯人と交渉してるんだ。しかし、何らかの事情で公表できない」

「なるほど」

「ところが、その公式発表だってそう遠い話ではないぞ」

「そりゃまた、どうして?」

「なぜなら、現場のデカまで情報が降りてきてるからだ」

「では、発表前にこっそり情報を頂いちゃおうという寸法ですな」

「お主も悪よの~・・・」

 局長が肘でつつく。

 高崎は揉み手をしながら、

「お代官様こそ。冴えてますなぁ~ 今日は」

「そうか・・・」

 局長から笑みがこぼれる。


 スタジオの川久保、慎重に問い掛ける。

「小林さ~ん、犯人は誰だって言ってましたか?」

「え~と、え~と・・・」

「小林さん、焦らなくていいですよ」

「確か、う~ん・・・」

「頑張って、小林さん」

「あ、そうそう・・・」


「忘れちゃった。エヘッ!」


 サブコンでは、局長が高崎の首を絞めながら、

「ぶっ殺せ・・・あのおんなを、誰かぶっ殺して来い!」

「お、お代官様・・・」


 佐野、適当にファックスを集めて、竹重に渡す。

「これ、中に」


 マイクに向かった佐野。

「川久保さん、小林さんにもう一度お水を注ぎに行ってもらいましょう。そしたらまた、犯人の名前を耳にするかも・・・」


 竹重、ファックスの束をスタジオに持っていく。


 スタジオの川久保、佐野の指示を聞き、ゆっくり静かなトーンで、

「小林さ~ん、よく聞いて下さい。もう一度、刑事さんのところにお水を注ぎに行きましょう。そこで、誰かの名前を聞いたらしっかり覚えて帰ってくる。出来ますか?」


「聞かなくたって、見てくればいいじゃないですか?」

「見るとは?」

「テーブルにノート広げて、名前書いてありましたよ」


「ラッキー」

 川久保と小俣、思わず声が出た。

 小俣はすかさず手で口を押さえる。


 川久保、襟を正して、

「っと、失礼しました。この番組は生放送でお送りしております・・・」


 佐野がマイクで、

「ちょっと待って下さい。川久保さん! 盗み見るのはまずいです。うっかり見ちゃったことにして下さい」

 佐野の脳裏には先程のヤラセ疑惑が残っていたのだろう。不正は嫌だ。


 スタジオの川久保、佐野の指示に頷いた。

 入ってきた竹重から、ファックスの束を受け取る。

「小林さ~ん、かと言って、盗み見るのはまずいです。なんと言っても生放送ですから・・・」

「生放送じゃなかったらいいんですか?」

「いや、そういうことじゃなくて・・・次にお水を注ぎに行ったら、その時小林さんはうっかり見ちゃうんです。うっかり・・・」


「え~、うっかりですか・・・」

「そりゃもう、うっかりでしょ・・・小林さん得意じゃないですか」

「やだ~、もう、さっきの電話のこと?」


「小林さん、あれから更に応援ファックス来てますよ。(バラン、バランとファックスの音を聞かせる)すっごい量ですよ。み~んな小林さんのこと応援しておりますよ」

「そういうことなら、任せてください」


「すいませんね~、変なこと、お願いしちゃって・・・」

「何ですか? 変なことって」

「いや、ですから、うっかりノートの中身を・・・」


「やだわ~、アナウンサーさん、私がこれからする事は、お水のおかわりが必要かどうか、お客さんを回ってくるだけの話ですわよ・・・」

「そうですよね。いつものことですよね~」


「(タカラヅカ調で)そう、それが、第三次産業サービス業である私達、ウェイトレスの本分ですから!」

「いよ、その調子!」

「私も段々、自分の役割を理解してきました・・・それでは、行って参ります!」


「行ってらっしゃい、小林さん!・・・さあ、面白くなって参りました。果たして犯人はいったいどんな人物像なんでしょうか?・・・本日は番組の予定を変更してハイジャック関連の報道特別番組をお送りしておりま~す。繰り返しま~す」


 サブコンでも異様な盛り上がりをみせる。


 まずは、局長と高崎。

「いいぞ、おんな! なんかいきなり頼もしくなったなぁ~」

「そりゃもう、あの娘は出来る子ですから」


 そして銀太郎と加藤。

「やっぱオモロイよ、あの姉ちゃん」

「なんか宝塚みたいになってましたよ」

「相当なヅカファンなんじゃねえか。じゃねーと、出ねえぞあれは」

「どんどんキャラの厚みが増していってますね」


 竹重が佐野に新たなファックスの束を持ってきた。

「佐野さん、またこんなに」

「今ので、さらに加速したな」

 佐野と竹重でファックスのチェックを始める。

 そこに、銀太郎と加藤も加わる。

「しかし、大人気だな。小林さん」

「どれどれ」


 加藤がその中から一枚取り上げて、

「ほら、小林さんの声が可愛いだって・・・分かるなぁ」


「あ、イラスト付きだ」

 竹重が見つけたのは、大きな瞳の女の子がニコっと笑ってる、顔だけのイラストだ。

 小林さん想像図とあった。


 加藤がそれを見て、

「小林さんって美人なのかなあ・・・」

「やだー、そういうの」

 竹重が煙たがる。


 今度は銀太郎がイラスト付きを見つけた。

「またあったぞ。こいつはうまい」


 そのイラストは、まさにプロ並みの迫力だった。

 スリムで足の長い萌えキャラ風の小林さんが、

 メイド服を着て、右手には拳銃、左手にはアイスを持っていた。

 加藤が気付いた。

「見て下さい。このアイス、半分溶けてますよ」

「芸が細かいなあ~」


 局長と高崎も参加してきた。

「どれどれ・・・大したもんだな」


 サブコンにいる全員でファックス鑑賞会になって来た。


 加藤がもうひとつ、見せた。

「これ見て下さい。この下手なイラスト」

「わあ、ブスだな。これは可哀そうだろ、小林さんが・・・ははは」

「こいつは面白い。ははははは・・・」

 全員で笑いながらイラストファックスに釘付けになった。


 小俣が、スタジオから走って来て一喝した。

「何やってるんですか!」

 全員、背筋が伸びた。

「あ、いや、ちょっと。ファックスをチェックしてて・・・」と佐野。


「さっきから緊張感なさ過ぎじゃないですか?・・・飛行機には人質がいて安否も不明なんですよ!」

 小俣の、ど正論だった。

「ボッキーさん、見てください。孤軍奮闘してます」

 ガラスの向こうを指した。


 スタジオの川久保。

「え~繰り返しになりますが、本日、十一時四十五分頃、羽田空港発函館空港行きの大日本航空999便が山形県上空でハイジャックされました・・・なお、飛行機はそのまま函館空港に着陸はしたものの・・・」


 小俣が続ける。

「大体、局長がいて、何でこんなに現場が緩んでいるんですか?」

「・・・」

 局長、言い訳出来ず。


 小俣、叱咤する。

「しっかりして下さい!」

 そして、スタジオに足早に戻った。


 一同、沈黙。


 誰も喋らないサブコンの中で、

 ガラスの向こうの川久保だけが、機械のように原稿を読み続けていた。



 第3章 終


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