最終章 生放送を止めるな!
「小俣の言う通り。我々は今、報道特別番組の真っ最中だ!」
小俣の叱咤を真摯に受け止め、高崎が喝をいれた。
「分かりました。現状を整理しましょう」
佐野が受け取る。
2電のブザーが鳴る。竹重が電話に出た。
佐野の仕切が始まった。
「我々は今この瞬間、スクープを目前にしています。小林さんが犯人の名前をゲットするべく、果敢に挑戦してくれてます・・・」
「佐野さん、中継先からです」と竹重。
「え、ああ、ハブちゃんか・・・今日はもう出番ないから戻ってもらって」
竹重、受話器を耳にあてながら、
「ええ、ええ・・・」
佐野が続ける。
「ただ、小林さんがいつ戻ってくるか、時間はよめません・・・銀さん、さっきのハイジャック事件史、原稿どうです?」
「もうちょい時間くれ・・・」
銀太郎、昭和事件史を見ながらワープロをたたく。
竹重、受話器を持ったまま、
「佐野さん、中継先でも小林さんの人気がうなぎ登りなんですって・・・」
「えっ?」
「警察は何をコソコソしてるんだ・・・小林頑張れって、言ってるみたいです」
佐野、少し考えて、
「局長、どうでしょう? 一回、中継入れてみませんか?」
「なに・・・」
「もしも本当に、警察が情報を隠しているなら、街の声をぶつけてみるのも一つの手かも知れません・・・それに、川久保さんも、おんなじことの繰り返しじゃ、もう限界だろうし、小林さんが帰ってくるまでのツナギとしても丁度いいです」
加藤が援護する。
「我々は今、小林さんに全てを託していると言ってもいいぐらいですからね」
「よし、行け!」局長の、ゴウ。が出た。
佐野が竹重に、
「中継入れるぞ。スタンバって」
「はい」
竹重、受話器を耳に当てる。
佐野、マイクに、
「川久保さん、中継入れます、ハブちゃん・・・どうやら中継先でも小林さんが人気らしいんです」
「スタンバイOKです」竹重が叫ぶ。
佐野、キューを振りながら、
「詳しく聞いてみてください」
スタジオの川久保、頷いて、
「ここでどうやら、中継先のハブちゃんと繋がった模様です。ハブちゃ~ん」
「はいは~い、タレ目でぽっちゃり、ハブちゃんで~す。ボッキーさん、こっちも大変なことになってます。聞こえますか?これ・・・」
「コバヤシ、コバヤシ、コバヤシ!」
中継先の群衆が、拳を突き上げながら叫んでいる。
「なにそれ、小林コールが起こってるの?」
川久保の声が裏返った。
「そうです。武蔵小山商店街の組合長さんが、商店街のスピーカーにラジオを流してくれて、みんなで一部始終聞いてたんですよ」
「ほお~、驚いたね」
「何人かにインタビューしてみたいと思います」
「ハブちゃん、よろしく」
「お父さん、何か言いたいことありますか?」
「警察は何を隠しているんだ! 国民には知る権利があるぞ!」
「出ました。国民の知る権利!戴きました」
別の人にマイクを向けた。
「お父さんはどうですか?」
「そりゃね。人質がいる事件だからね。下手なことできないのは分るよ。でもね、ここまで情報が出てこないなんてキナ臭いよ。時代は情報公開だよ!」
「ボッキーさん、今度は情報公開。戴きました」
川久保、一旦引き取って、
「確かに、いつまでたっても変わらぬお役所の隠蔽体質は、不信感を募らせるばっかりですからね。お父さん達が怒るのも無理はないですよ」
再び、ハブちゃんのレポート。
「今回のハイジャック、真相が闇に包まれてます。事件解決の近道は、情報公開の先にあるのではないか? という国民のご意見です」
「案外そうかも知れないね」
「ですから、ここは是非、小林さんに頑張ってもらいたいと、皆さんおっしゃってます」
「今、小林さんは皆さんの期待を一身に受け特命任務をこなしております。彼女のことです、必ずや結果を出してくれるでしょう。今後とも応援宜しくお願いします。と皆さんにお伝え下さい」
「分かりました。以上で~す」
中継終了。
川久保、しみじみと、
「う~ん・・私は今、事の重大さを改めて痛感した気分で御座います。・・・本日は番組の予定を変更してハイジャック関連の報道特別番組をお送りしております・・・」
サブコンでは、佐野が局長に目配せした。
「思ったより、うまくいきましたね」
「うん、今のは正解だ。よくやった」
「ありがとう御座います」
スピーカーから、小林さんの声。
「あの~、もしもし・・・」
帰ってきた!
当然、川久保が受ける。
「あ、もしもし、小林さん、小林さん・・・」
「はい・・・」
「良かった~・・・無事に戻ってきた」
「え、何のことですか?」
「うん?・・・そうか、戻ってくるのは当然ですよね・・・なんか大袈裟に考えちゃって・・・すいません」
「どうかしました?」
「いや、何でもないです・・・ところで、小林さん、どうでした?」
「それが、うっかりしまして・・・」
「はいはい、そうでしょう(声が弾む)」
「名前を見たんですよ」
「うっかりね。うっかり・・・」
「ちょっと、読みづらくて」
「はい・・・」
「字がにじんじゃって・・・」
「はあ・・・」
「ノートもボロボロになっちゃったんで」
「ノートがボロボロ?」
「テーブルもビショビショになったから・・・でも、すぐ雑巾持って来て拭いたんですよ・・・」
「雑巾?・・・小林さん、もしかして」
「お水こぼしちゃったんです。私・・・」
「あら~・・・」
「だって、難しいんだもん。うっかり見るの。うっかり、うっかりって考えてたら・・・うっかりお水が、一気に全部・・・やだ、もう~・・・」
「こばやしさ~ん・・・」
川久保、椅子からずり落ちる。(桂三枝師匠の如く)
小俣は十字を切って祈っている。(神様・・・)
サブコンでは、局長と高崎が、
「みろっ!これがこの女の本性なんだよ・・・何にもわかっちゃねえ」
「まったくその通り」
「もう、俺は騙されねーぞ」
「あのおんなぁ・・・」
銀太郎は笑いがこらえ切れない。
「くくくくく・・・」
竹重が近寄って来て、
「銀さん! 不謹慎ですよ」
「分かってる、分かってる。怒られちゃうよな・・・くくくくく・・・」
一方、スタジオでは小林さんが、
「あ、そうだ、忘れてた。ちょっと待ってて貰えます?」
「どうしました?」
「いや、お水をこぼした時に、隣の席の人にも引っ掛けちゃったんですよ。背広が随分濡れちゃって・・・」
「あちゃ~・・・」
「こういう時はクリーニング代とか、色々あるんで、名刺とか貰って店長に報告しなきゃいけないんですよ」
「そりゃそうですよね」
「ちょっと、名刺貰って来ますから・・・」
サブコンで、高崎が嘆いた。
「こんなの報道特別番組とは言えませんよ・・・」
局長の決断が下る。
「佐野、もういい。電話を切れ」
「すいません・・・自分の判断が間違ってました」
「佐野、お前の責任じゃない。プロデューサーは俺だ」
「バカ言ってんじゃない。責任は俺にある」
「局長・・・」
と、高崎と佐野が同時に呟いた。
スタジオでは、小林さんが帰って来た。
「もしもし・・・へえ~、あの人こんな偉い人だったんだ。衆議院議員だって・・・」
「えっ! 小林さん、今なんて言いました?」
川久保が喰いついた。
小林がさらっと言う。
「衆議院議員」
「それって、今貰って来た名刺ですか?」
「そうですけど・・・」
「もう一度、その名刺の、肩書きと名前を全部呼んでもらえます?」
「衆議院議員、運輸省・運輸政務次官、石渡新平」
サブコンで、局長と高崎が同時に叫んだ。
「石渡だ!」
「石渡がいるぞ・・・どういうことだ?」
高崎が気付いた。
「あ、局長、石渡の地元は函館です!」
「そうか、野郎、遊説しに行ってたんだ」
「それに空港は運輸省の管轄です」
「政務次官ともなれば駈けつけなければならないからな・・・」
「ってことは、情報は全部、奴のもとに集まっている筈です!」
「よし!・・・今度は間違いないか?」
「間違いないです!」
高崎の目が光った。
局長、マイクを掴んで、
「川久保、石渡を捕まえろ! 電話に出させろ。公人だ、遠慮はいらねえ。とっ捕まえて洗いざらい全部吐かせるんだ!」
川久保、ペットボトルの水をグビグビッと飲み、ドンと置く。
「小林さん、石渡さんへ、この電話へ出るように言って頂けますか? こちらはBBSラジオ報道特別番組ですと伝えてください」
「はい」
「それから・・・」
川久保、少しためらうが、サブコンにいる局長に向かってキビスを返した。
「局長!記者クラブ通さなくてもいいっすよね!」
「ああ、構わねえ!」
局長も答えた。
大手マスコミには原則的に約束事がある。
国会や中央省庁、政党や警視庁等に取材する際には記者クラブを通す。ということだ。
記者クラブとは大手マスコミが任意に組織した団体である。
目的は、お上からの情報を横一線で同時に貰い受けることである。
つまり、どこか一社だけが抜け駆けするのは、無しにしましょうよ。
仲良くやりましょうよ。スクープ合戦なんてやってたら、結局潰しあいになりますよ。
と、云わば護送船団の世界だ。
この場合、運輸政務次官に取材したければ、本来なら記者クラブを通すのが普通だ。
局長は、大手マスコミ企業の取締役である。
経営者の立場からすれば、記者クラブを擁護するのが当たり前である。
でなくては、自社の既得権を失いかねない。
普段なら「記者クラブを通せ」と言っただろう。
だが、この日は違った。
ハイジャック事件に引き寄せられるように、呼ばれもしない現場へ舞い戻り――
その瞬間、止まっていた血が、一気に巡り出した。
スクープは、目の前にある。
記者クラブだの、横並びだの――そんなものに従っている場合じゃない。
(くだらねえ!)局長はそう思った。
川久保もまた、同じだった。
日頃から記者クラブに疑問を抱いていた男が、あの瞬間、迷いなくマイクに乗せた。
生放送で確認する――
それは、自分の首を差し出すのと同じ行為だ。
だが、川久保はやった。
局長は、それを見た。
一瞬の逡巡。
だが――頷いた。
自分の立場も、進退も、すべて飲み込んだうえで。
川久保、座り直して、
「小林さん、これは、BBSから正式なるインタビューの要請である。とお伝え下さい」
「分かりました。ちょっと待って下さい」
暫し、静寂が流れる。
スピーカーから小林の声。
「行ってきました・・・今、そんな暇はないと・・・」
川久保、鼻で笑い、
「ふ、やはり、そう来ましたか・・・じゃあ、こう伝えてください・・・この番組は生放送中です。石渡さんがそこにいらっしゃることは、多くの有権者がすでにご存知です。さらに、その有権者の多くは、国民の知る権利を主張しています。ですから・・・」
「小林さん! 小俣潤子が呼んでいると言って下さい!」
驚いた小林。
「誰ですか?」
「この番組のアシスタントをやってます、小俣潤子と申します。石渡新平に小俣潤子が呼んでいると言って下さい!」
川久保も驚いて、
「ちょっと・・・」
「いいから任せて!」
小俣のキレが半端ない。
「何やってんだ、あいつは?」と局長。
「小林さん、小俣です。小俣潤子です。早く行って!」
「はい」
暫しの間。
だれかが電話に出た。
「もしもし・・・もしもし・・・」
「出た! 石渡だ!」
「どうなってんだ?」
「潤子か?」
「石渡さん、突然で申し訳ありません。お伺いしたい事があります」
「取材か? よせ、こんなところまで・・・後でこっちから電話する・・・」
「お気をつけ下さい。この電話は生放送で流れてます。オフレコにはなりません」
「なに?」
石渡の声が跳ねた。
サブコンでは、佐野と加藤が、
「石渡が・・・」
「不倫相手だったんだ・・・」
局長が高崎に、
「なに!・・・お前、知ってたのか?」
「いええ、知りません、知りません」
スタジオで小俣と石渡の会話が続く。
「石渡さんがそこにいらっしゃることは多くの有権者がすでにご存知です。更にその有権者は、国民の知る権利を主張しております。犯人との交渉は進んでいるんですか? 質問に答えて下さい」
「バカな・・・今は言えん」
「私の質問に答えて下さい」
「今は言えんと言ってるだろうが・・・」
「あなたは、いつもそう・・・私の質問に答えなさい!」
「ちょっと待て・・・」
「奥さんとは、いつ別れるの!」
「何のこっちゃ!」と局長。
「あんたの左利きなんか、別に嬉しくはないのよ、こっちは!」
「おい!」
「パンストびりびり破けば、女が感じると思ったら大間違いよ!」
「やめろ!」
悲痛な叫びの石渡。
「何を言ってんだ、こいつは!」焦る局長。
――私の質問に答えてよ!
ラジオから小俣の絶叫が響いた。
それは、タクシーのラジオからも。
畑仕事のお婆さんの、腰の携帯ラジオからも。
ラーメン屋のカウンターの上に置いてあるラジカセからも。
武蔵小山商店街のスピーカーからも。
良く晴れた午後のひと時に雷鳴が轟くように鳴り響いた。
電話の主が小林さんに代わった。
「もしもし・・・石渡さん、行っちゃいましたけど・・・」
「小林さん、そいつはね私の不倫相手なの。奥さんと別れるって嘘ついて、この3年間、私の体を弄ぶだけ弄んだ男なのよ」
「何ですって許せない! そんなのは女の敵です。私がやっつけてきます」
「お願いします!」
「イテッ!」
遠くのほうで石渡の声が響いた。
小林、帰って来て、
「つねってきました! 小俣さん、何千分の一かも知れないけど、仇は私が撃ちましたよ。SPが私を逮捕しようとしてるけど、全員つねってやりますから! なによ!」
「小林さん、有り難う、有り難う・・・」
小俣、泣き崩れる。
サブコンの一同は、目を見開いている。
「佐野、何なんだコレは!」
怒髪天を衝く局長。
「何なんだって言われても」
佐野も狼狽してる。
「ふざけるのもいい加減にしろ! 何の放送なんだコレは! ハイジャック事件の報道特別番組なんだぞ。挙句の果ては政治家のくっだらねえ下ネタ話じゃねえか――大体、あのバカ女から始まったんだ。アイスが溶けるとか、ランチタイムとか、お水こぼしちゃったとか――すっとぼけたことばっかりぬかしやがって」
「彼女は頑張ったほうですよ」
「あんな奴は首にしろ!」
「首にするも何も、素人さんですよ。こっちが協力を仰いだ」
「じゃあ、小俣を首にしろ!」
「やめて下さい。そんな事言うのは!」
「今すぐ電話を切れ! 曲でもCMでも何でもいいから入れろ! 電話を切れ! 小俣はクビ!」
――トップダウンだ!
「いい加減にしてください!」
佐野が立ち上がった。
「何でもかんでも、トップダウンで、どれだけ現場が泣いていると思ってるんですか!」
「何だと」
「この番組だってそうです。数字を取れ、数字を取れ。下ネタでも何でもいいから数字を取れ! 局長のトップダウンで始まったんです。・・・アナウンサーの川久保さん、女房・子供がいるのにお下劣引き受けてくれたんすよ。今じゃ、中学二年のお姉ちゃんは学校に行きたくないと言っている。・・・加藤の親父さんは厳格で、この仕事をやめろと言ってます。・・・竹重なんか、これ始めてから局内でセクハラばっかり受けてますよ。昨日も一人で泣いてました。・・・最たる者が、小俣さんです。元々グラビアアイドルだった彼女が身を削って話をすればするほど、リスナーは喜ぶ。本当は敬虔なるクリスチャンなのに、不倫までして頑張ってるんです。私生活も思想信条もあったモンじゃない。彼女が今、あんなに苦しんでいるのは、局長のトップダウンから始まったんじゃないんですか!」
佐野が振り切った。
高崎、佐野の前に回り込んで、両肩を掴んだ。
「佐野、分かった、分かった・・・」
「やりますよ。やりますよ俺たちは。それでも仕事ですから・・・今日だって、みんな一生懸命やってんだ・・・だから、こんな時ばっかり、あんたのその、思い出したような理想を押し付けるのはやめてくれ!」
佐野、さらに振り切った。
高崎は佐野を掴んだまま、うなだれた。
「佐野、佐野・・・」
「高崎、あとはお前が仕切れ」
局長、出て行く。
佐野、椅子に座って呆然とする。
銀太郎もうつむいて座っている。
スタジオでは小俣が泣きじゃくっている。
川久保は小俣に手が付けられなくて、どうしていいか分からない状態だ。
竹重が高崎に詰め寄った。
「高崎さん、小俣さんを!」
ふとスタジオに目をやると、小俣がまだ泣きじゃくっている。
高崎と竹重がスタジオに向かって走り出す。
「佐野さん、どうします?」
加藤が聞いた。
佐野は未だ呆然としている。
「佐野さん! 佐野さん!」
加藤、佐野の肩を掴んで揺する。
我に返り、スタジオの様子を見る佐野。
小俣が泣きながら、
「ごめんなさい。ごめんなさいい」
と叫んでいた。
「曲だ。曲入れよう」と佐野。
「でも、曲もCMもなしなんじゃ・・・」と加藤。
「いいから早くしろ!」
「何の曲を!」
「何でもいいよ! 早く」
加藤、適当にCDを取り出しセットする。
佐野、マイクに向かって、
「川久保さん、一回曲に逃げます!」
川久保、大きく頷く。
曲が掛かった。
うらみま~す
中島みゆきの『うらみ・ます』だった。
加藤、頭を抱えて、
「よりによって、こんな曲を・・・ああ」
銀太郎はサブコンで、座ったまま、うつむいている。
スタジオでは竹重が小俣の背中をさすりながら、
「小俣さん、小俣さん」
「とりあえず外に出そう」
高崎と川久保で、小俣を抱えてスタジオを出る。
放送としては曲が掛かっている。
中島みゆきの『うらみ・ます』だ。
高崎と川久保が、小俣を抱えてサブコンに戻って来た。
竹重も戻って来たので、スタジオは今、もぬけの殻だ。
加藤が川久保に変わって小俣を抱え、高崎に、
「どうしましょう?」
「控室のソファーに寝かせよう」
その時、おもむろに銀太郎が立ち上がった。
「小俣! よくやった。――おめえの放送はおもしれえ。誰がなんと言おうとおもしれー」
「銀さん・・・うわ~ん・・・」
小俣、更に号泣する。
小俣には銀太郎の真意が伝わったみたいだ。
高崎が怒鳴る。
「銀さん、いい加減にしろ」
「バカヤロウ、おもしれーから、おもしれーって、言ってんだ!」
竹重、銀太郎に詰め寄り、思いっきりビンタを張った。
バシっと音がした。
「女の気持ち考えて下さい」
「そういうつもりじゃねーよ・・・」
と銀太郎。一旦座る。
高崎が加藤に、
「もういい、行くぞ」
「はい」
小俣を抱えて、二人は出て行く。
川久保はうろたえて、
「佐野、どうする、このあと・・・」
「どうしましょう・・・」
「やばいぞ、立派な放送事故だ。こんなの・・・」
「ええ・・・」
「ビショ子のヤツ何やってんだ! 我を忘れやがって、あいつらしくもない・・・だから程々にしとけって言ったんだ。身も心もボロボロになるまでのめり込みやがって、ネタ作りの域なんかもうとっくに超えてやがったんだ・・・」
川久保が嘆く。
「そんな言い方やめて下さい」
竹重だ。
「私知ってました。・・・いえ、相手が誰だかは知りませんでしたよ。唯、女同士でたまに話し込んだりすると、自分の行為が神様の教えに背いているって、ひどく悩んじゃう事もあって・・・でも、相手の事はどんどん好きになっていっちゃう感じで・・・『奥さんと別れる』って言葉はやっぱり信じたくて・・・なのに、男の人って嘘つくから・・・」
加藤が帰って来た。
「佐野さん、そろそろ曲終わります」
「だから、そんなに悩んでたなら言ってくれれば良かったんだ」と川久保。
「なまじっか、不倫コーナーの受けが良かった為に無理して」と佐野。
「仕事熱心ですから・・・」と竹重。
真剣な眼差しの三人。
加藤は焦った。
「佐野さん、曲!」
「繰り返しとけ!」
「また? この曲を?」
「いいから」
「いくらなんでもこれは」
「それどころじゃないんだよ」
川久保がしみじみと、
「仕事と恋と神様・・・そんなにもあいつを追い詰めてたのか。俺たちは・・・」
中島みゆきの『うらみ・ます』がエンディングに差し掛かった。
うらみま~す あんたのこと 死ぬまで
加藤はためらった。
本当にこの曲を繰り返していいのか?
いや、いいはずがない。と思い、
佐野にすがりついた。
「さのさ~ん!」
すると、三人同時に振り返った。
「しつこい!」
加藤はかつて味わった事のない疎外感に襲われた。
「こんなことで悩んでいるのは、俺だけか・・・そっちに参加したいよ俺も!」
暫しの沈黙。
銀太郎が腕組みをしながら、喋り出す。
「佐野・・・俺はお前の優等生ぶってるところが気にくわねえ」
「なんすか・・・」
「テメエ、さっき、あれでパラさんにぶっちゃけたつもりか?」
「銀さん、どうしたの?」と川久保。
「黙ってろ・・・何でテメエは自分の事を言わねーんだ――え、佐野」
「何でって・・・」
「川久保や小俣、加藤や竹重を引き合いに出しやがって――卑怯な野郎だテメエは!」
「あれは、私達の代弁をしたんであって・・・」と竹重。
「そんなかっこいいもんじゃあねえ!」
銀太郎、立ち上がって、
「お前よ、佐野。この間俺と飲んで、ベロベロになって、こんな番組やってっから彼女の家に挨拶も行けねえって言ってたなあ」
「あ、あれは・・・」
佐野、口籠る。
「あれがお前の本音だろうが」
「・・・」
「この番組を一番蔑んでるのは、テメエなんだよ! 自分の事を棚に上げ、周りはこんなに苦しんでるんですってか――この期に及んで、よく猫被れるな――テメエにこの番組やる資格はねえ。辞めちまえ!」
「おい、銀さん」と川久保。
「下ネタなめんなよ・・・今日の小俣、おもしれーなー・・・俺もこの業界30年近くやってるけど、こんなおもしれえ放送はじめてだ。あれが、捨て身で、体当たりで、下ネタにぶつかっていった野郎の集大成だぜ・・・ハイジャックなんかよりも数倍おもしれえ。極上の人間ドラマじゃねーか!」
「銀さん・・・」と竹重。
「俺は今日の事、胸張って小説にしてやる。見てろよ・・・直木賞とってやんぜ」
銀太郎がグッと、佐野を睨んだ。
高崎が走って入って来る。
「飛行機に動きがあった。犯人が投降したそうだ」
アナウンサー川久保が、ニュースを読み上げる。
スタジオ内には川久保が一人だ。
「繰り返し臨時ニュースを申し上げます。本日、午後三時四十二分頃、函館空港ハイジャック犯が説得に応じて投降しました。犯人は無職の男で単独犯でした。男はビニール袋に入った液体をサリンだと主張しましたが中身はただの水でした。当初はオウム信者における、先月逮捕された麻原彰晃の奪還が目的かと懸念されましたが、オウムとの関係は否定されました。ゆえに動機などは不明。説得にあたったのは偶然機内に乗り合わせていた、元神奈川県警の兵頭六郎さん。現役時代は『落としの六さん』と異名を持つほどの方です。犯人はラジオでニュースをチェックし過敏に反応。『何かあったらサリンを撒くぞ』と脅していたそうです。マスコミに情報が遮断されていたのはそのようないきさつからで、兵頭六郎さんからも報道規制の指示が出ていたようです。犯人の背後関係はまだ不明ですが、ともわれ、乗員・乗客57名は全員無事に解放され、怪我人なども出ておらず、事件は解決の方向へ向かっております。このニュースは引き続き、このあと四時からの『西川恭介・ダブルブレイク』で続報をお伝えいたします。それでは、このあたりで『函館空港ハイジャック事件報道特別番組』を終了いたします」
エンディングの曲が流れ、次の番組が放送を引き取った。
「OKです。お疲れ様です」
佐野がマイクに言った。
サブコンには佐野、高崎、銀太郎、加藤、竹重の5人がいる。
一同、お疲れ様です。といって、バラバラと動き出す。
加藤はCDなどの後片付けを始める。
竹重、スタジオに行ってテーブルの上を片付ける。
高崎が佐野に近づいて、
「佐野、俺はお前にかなりの負担を押し付けてたようだな・・・」
「ふう~、どうなんすかね・・・」
「鴨鍋つついて愚痴ってる暇があったら、もう少し会議に熱入れなきゃな」
「これ以上仕事増えるんですか?」
「まあ、そう言うなよ」
川久保がサブコンに戻ってきた。
佐野、高崎、銀太郎がいる。
淀んだ空気の中、誰もが浮かない顔をしている。
「お疲れさま」
「お疲れ・・・」と高崎が力なく返す。
「ビショ子、どうです?」
「事務所の社長が迎えに来ました」
「これから大変だぞ、こりゃ」
「相手がバリバリの若手政治家ですからね・・・」
高崎が吐き捨てるように言った。
「もう芸能レポーターが来てた。ハイエナだよ、あいつら」
「囲まれたんですか?」
「今日はなんとか裏から抜けたがな」
「こんな展開になるとはな・・・」
少し間が空く。
「番組・・・どうなります?」
「上が相談してる」
「何を?」と銀太郎。
「小俣のことだろうな」
「何で? おいしいじゃねえか」
銀太郎は鼻を膨らませた。
「このまま小俣で行ったほうが数字取れるぞ」
「まあ、そうかも知れんが・・・」
「何言ってんだよ。一躍、時の人だぞ?」
誰も、すぐには返さなかった。
「局長の『首にしろ』が響きましたかね?」
「いや、実際は局長が現場のキャスティングに口出しはしないよ」
「やっぱ、編成のお偉いさんが泡食ってるんでしょ。政治家がらみだから」
「あの辺は保守的だからな」
「バカじゃねーの、もったいねー。小俣おいしいのに・・・」
銀太郎は納得いかない。
「ま、何があっても、俺たちは小俣の味方でいるしかないよ」
「そりゃそうだ」
「明日は明日の風が吹くさ」
局長が入ってくる。
「高崎! ウェイトレスの小林さん、北海道警にしょっ引かれて、拘留中だそうだ」
「えっ!」
「暴行罪だと」
「そんな、つねっただけでしょ」
「今から取り返しに行くぞ」
「え、局長自ら?」
「俺とお前でだ」
高崎、ふふっと笑って、
「どこまでもお供しますよ」
川久保がすくっと立ち上がった。
「私も行きますよ。なんたって一番やり取りしているのは私ですから・・・その方が小林さんも安心するでしょ」
局長、高崎、川久保出て行く。
佐野、立ち上がって、
「局長! すいませんでした!!」
深々と頭を下げる。
局長の声だけが聞こえた。
「お疲れさ~ん・・・」
柔らかい声だった。
佐野は暫くお辞儀したままでいた。
「お疲れさま~」
ハブちゃんが手にいっぱいスーパーの袋を持って帰ってきた。
佐野、頭を上げて、
「お疲れっす・・・どうしたの、これ?」
「いや~、ビショ子さんのあの激白で商店街の奥様達が同情しちゃってさ・・・見てよ、こんなに・・・」
ハブちゃん、スーパーの袋をテーブルにドカッと置く。
竹重、袋を覗いて、
「わあ、すごい・・・コロッケがいっぱい」
加藤、別の袋を覗いて、
「こっちは野菜がこんなに・・・」
「これ全部、ビショ子さんにって」
銀太郎も袋を覗いて、
「ほら見ろ、小俣はおいしいんだって・・・」
「ビショ子さん、すごい人気だったよ。最初はほら、空港ウェイトレスの小林さん一色だったんだけど」
「小林コールおきてたもんな」
「あの中継良かったよ」
佐野が親指を立てた。
「うん、あの中継はハマったね」
銀太郎が鞄に荷物をしまいながら帰り支度を始めた。
「でも、あの、小林コールの中継後が、商店街もピークを迎えたよ。ビショ子さんの一件で大盛り上がり。嬉しかったのが、ビショ子さんを責める声は誰一人なかった。みんな『石渡の野郎許せねぇ』だったよ・・・で、奥様連中は(袋を持ち上げて)これモンだもん・・・」
「行くぞ、ハブ」
と言って、銀太郎が鞄を担いだ。
「あれ、二人で?」と佐野。
「今度私、一人会やりますもんで、構成を銀さんにお願いしてまして」
銀太郎がそっけなく、
「これから、打合せなんだよ」
「皆さん、お忘れじゃないですか?・・・本業は落語、三遊亭ハブ太郎で御座います・・・銀さんアレ、持ってきてくれました?」
「おお、ほれ」
銀太郎が鞄から昭和事件史を取り出して渡した。
新作のネタ作りの資料として、ハブちゃんが銀さんにリクエストしていたモノだが、今日は思わぬところで役に立った。
ハブちゃんがパラパラめくると、折りたたんだ紙が三枚出てきた。
タイトルに『ハイジャック事件史』と書いてある。
A4の紙にぎっしりと日本のハイジャック事件に関する歴史、系譜、背景ばかりでなく、事件によって見直された航空法などの付属情報もあり、充実した内容の見事な原稿だった。
「あ、それ・・・出来ていたんですか」と佐野。
「結局、使わなかったな」と銀太郎。
「ちょっと銀さん、これいいっすよ、これ!」
ハブちゃんが原稿を見ながら興奮してきた。
「これで、ハイジャック落語作りましょう。今日の経験もあるから、今度の一人会の眼玉になりますよ」
「分かった、分かった・・・だから、行くぞ」
といなす銀太郎。
加藤と竹重が揃って、
「見に行きたいな。ハブちゃんの一人会」
「来て来て、関係者席用意しとく」
「ハブ、行くぞ」銀太郎が急かす。
「はいはい・・・(佐野に)そう言えば、小林さん、あの後どうなったの?」
「行きながら説明してやるよ」
銀太郎、ハブちゃんを引っ張って出て行こうとする。
佐野が声を掛ける。
「銀さん!」
「なんだ?」
「俺、この番組続けたいっす」
「・・・」
「小俣さんと一緒に・・・」
銀太郎、軽く頷いて、
「ディレクター佐野・・・ここにありだ」
「それと、銀さんの小説・・・楽しみです」
銀太郎、口元がゆるんで、
「おう・・・」と一言。
ハブちゃんが割って入る。
「なに? このしんみりした感じ・・・」
「うるせえ」
銀太郎、ハブちゃんを引っ張って出て行く。
2電のブザーが鳴る。
竹重が受話器を取ると、相手は佐野の彼女だった。
佐野に取り次ぐ。
「もしもし・・・ああ・・・大変だったよ・・・いやいや・・・うん、うん・・・それより、日曜日の取材キャンセルになったから・・・うん・・・うん・・・」
加藤と竹重が目を合わせる。
佐野、二人に背中を向けて
「お父さんの好物って何? まあ、手ぶらって訳にも行かないよ・・・分かった。じゃあ」
佐野、電話を切る。
加藤と竹重、ニヤニヤしながら佐野を見る。
「何だよ」
「いや、なんでも・・・」
加藤は、ニヤつきが止まらない。
「へぇ~・・・」
竹重は、ソッポを向いた。
佐野も片付けを始める。
大体片付け終わったところで、佐野が、
「お前らさぁ・・・この現場好きか?」
加藤、少し考えて、
「嫌いじゃないっすよ・・・(竹重に)なぁ・・・」
「私は別に。仕事ですから・・・言いたい事はいっぱいありますけどね」
「じゃあ、鴨鍋でもつつきに行くか?」
佐野が聞いた。
加藤が竹重に、
「どうする?」
「聞きたいこともありますしね」
「今日は佐野さんに、付き合ってあげるか」
「いいですよ」
「なんだよ、それ・・・」
と、佐野。
「ここだけの話」
「出た」
「おいしい店、見つけたんですよ」
と言いながら、佐野と加藤と竹重が荷物を持って出て行く。
ラジオから、映画『スティング』のテーマが軽やかに流れていた。
終




