第2章 コメンテーター全滅!
「この番組は予定を変更して、ハイジャック関連のニュースをお送りします。繰り返します・・・」
サブコンにラジオ番組編成局・局長の原田浩三(58歳)が入って来た。
入ってくるなり吠えた。
「よ~し、いいか! コーナー 全部飛ばせ! 曲もCMも一切なしだぞ!」
「おんなじことの繰り返しでいいからな、ハイジャック関係のニュースだけ流せ!」
「これから新情報がガンガン入ってくる筈だからな! わかったな!」
佐野は、いきなりの局長登場に一瞬怯んだ。
「あ、はい・・・」
返事だけして固まった。
局長は佐野に向かって、どうした! と言わんばかりに、
「中にも伝えろ!」
と怒鳴った。
佐野、マイクに向かって、
「川久保さん、コーナー全部飛ばします。今後、曲もCMも一切流しません。おんなじことの繰り返しで構いませんから、ハイジャックのニュースだけで押し通してください。情報は・・・今からこちらが集めます!」
スタジオでは川久保が、アナウンサーらしく原稿を読む。
「繰り返します。本日、十一時四十五分頃、羽田空港発函館空港行きの大日本航空999便が山形県上空でハイジャックされました・・・なお、飛行機はそのまま函館空港に着陸はしたものの・・・」
高崎が、スタジオからサブコンに走って戻ってくる。
「局長、どうされたんですか?」
「いいか高崎、お前は報道センターと密に連絡とって新情報をガンガン持ってこい。情報はスピードが命だ!」
「分かりました!」
高崎、走って出て行く。が、すぐ戻ってきて、興奮を抑えきれず、
「局長!」
「何だ!」
「大変なことが起こりましたね!」
「その通りだ!」
「ここは頼みましたよ!」
「分かった。早く行け!」
「はい!」
高崎は走って出て行った。
佐野が竹重に向かって、
「竹重、高崎さんのフォローして」
「はい」
竹重も走って出て行く。
局長は両手をポケットに突っ込んで、
「佐野、お前も一端のディレクターを名乗りたかったら、こういう修羅場をくぐんなきゃ駄目だぞ」
「局長はあるんですか?」
佐野は、恐る恐る聞き返した。
「ああ・・・よど号だ」
云わずと知れた日本初のハイジャック事件。
1970年3月31日、日本航空351便「通称:よど号」が、
共産主義者同盟赤軍派を名乗る九人によってハイジャックされた事件である。
「すっげ~・・・」
佐野は思わず口走った。
局長が続ける。
「まだあるぞ。ダッカ・ハイジャック事件。あれは日本赤軍の犯行だったな・・・さ~て、今度は何処のどいつの仕業だ。この野郎・・・」
この辺りの歴史的な事件に携わったマスコミ人は、誰もがそれを武勇伝にしたがるものだ。局長も本当はいろいろ話したくって仕方がないのだが、今はグッとこらえた。
スタジオの川久保が繰り返している。
「繰り返します。本日、十一時四十五分頃、羽田空港発函館空港行きの大日本航空999便が山形県上空でハイジャックされました・・・なお、飛行機はそのまま函館空港に着陸はしたものの・・・」
サブコンにいる局長、佐野のマイクを掴んだ。
「そうだ! 新情報がないうちはおんなじことの繰り返しでいい、繰り返せ。止めるな! ぶっ倒れようが何しようが喋り続けろ!・・・ふう~」
局長は背広を脱いでネクタイを緩め、腕まくりを始めた。
が、何かを思い出したようだ。
「オット、そうだ。今日の予定は全部キャンセルだ・・・佐野、すぐ戻る」
出て行った。
加藤が漏らした。
「ビックリしましたよ。局長が現場に来るなんて・・・」
「俺も初めてだよ」と、佐野。
銀太郎は飄々としながら、
「俺は初めてじゃないよ。若い頃、俺が最初についた番組のディレクターが、パラさんだったからな・・・」
銀太郎は局長をパラさんと呼ぶらしい。
小俣がスタジオから走ってサブコンにやって来た。
「佐野さん、私、どうしましょう?」
「えっ?」
「これって、今日の番組潰れるって事ですよね・・・私、居てもいいのかな?」
「え? どうだろう?・・・帰ります?」
佐野もいまいち判断しかねている。
小俣、両手を小さく振りながら、
「いやいや、帰りたいとかじゃなくて、私、雰囲気的に邪魔じゃないかなって」
加藤が割って入る。
「別に邪魔って事はないでしょ」
「全然、全然」
佐野も賛同する。
「だったら私、ボッキーさんのフォローしようかしら」
「はっ?」
小俣の言葉がピンとこない佐野。
「だって、曲もCMもないって事は中の人間にとって見たら大変なことだから、ずっと喋り続けなきゃなんないんでしょ。いくらアナウンサーでも・・・」
「ああ、そうか」
佐野はようやく理解しかけた。
「来る原稿、来る原稿、整理したり、お水渡したり、多分そんな事必要になると思うのよ」
「あ、助かります」
今、一番冷静なのは小俣なのかもしれない。と、佐野は思った。
その小俣がまた不思議なことを言い出した。
「私は喋らないほうがいいでしょ?」
「え? どうなんだろう?」
佐野は固まった。
今度は銀太郎が割って入る。
「いいんじゃない。喋っても」
「うそ、駄目でしょ」と、小俣。
「問題ないよ」
「だって私のキャラって不謹慎でしょう」
「ボッキーだって不謹慎だろ、立派に」
「ボッキーさんは一応アナウンサーだから」
「お下劣アナウンサーだぞ」
小俣と銀太郎が白熱しだした。
佐野が二人を制して、
「分かりました、分かりました。小俣さんはとりあえず、喋んない方向で」
「うん、その方がいいと思う」
「川久保さんのフォローに徹して下さい」
「じゃあ、これ持っていく」
小俣は、テーブルにあったペットボトルの水を3本持って、スタジオに戻る。
銀太郎はスタジオに戻っていく小俣を目で追いながら、
「ビショ子、喋ればいいのによ~。その方が面白いと思うけどな。俺は」
「銀さん、余裕だな」加藤が感心した。
「こういう経験あるんすか?」佐野が聞いた。
「ないよ。放送中にハイジャックは・・・さすがに」
銀太郎はさらっと答えた。
「うそ~、銀さんもないの?」
と、佐野が弱気をさらけ出した。
「おいおい、今回ばっかりは俺に頼られても困るぞ」
「あ、ずるいな。それは逃げだ」
佐野がムキになった。
銀太郎を構成作家としてこの番組に起用したのは佐野である。
これまでもベテランの銀太郎と組んで何本か番組をこなしてきた。
佐野にとって銀太郎は運命共同体のような存在だ。
似たような感覚を銀太郎も持ち合せてはいた。
が、それはそれ、雇われる側と雇う側の一線は消し去ることは出来ない。
頭のどこかでいつも、仕事を貰っている。という負い目がある。
銀太郎は急に腰が低くなった。
「旦那、それはないっすよ。平時なら、平時なら何でもやりまっせ。今回これ有事だもん・・・それとも、有事手当て出るの?」
「もう、水臭いな~」と、佐野。
「構成作家の出る幕はねえだろうが。あったら予定調和だぞ、そんなもん」
「そりゃそうだけど」
「ビシッと仕切って、『ディレクター佐野ここにあり』ってとこ見せて下さいよ。出来得る限りのご協力はさせて頂きますので・・・」
「お願いしますよ・・・」
両手で頭を掻きむしる佐野。
銀太郎が二・三歩下がって距離をとり、口に手をかざした。
「こんな現場、一生に一度あるかないかだぞ。佐野の舵取り、よ~く、観察しちゃお」
「やめて下さいよ。変なプレッシャー」
佐野は肩を回し始めた。
「どっちにしても、いいネタになるぞ。小説の・・・」
加藤が喰いついて、
「銀さん。小説書くんですか?」
「俺だって、いつまでも構成作家に甘んじてはいられないからな、夢は直木賞よ」
「かっこいい」
加藤の羨望の眼差しが光った。
そこへ、報道センターから高崎と竹重が帰ってきた。
「はあ、はあ、はあ・・・まだ、何も・・・」
報道センターとは、ニュース番組を制作する専門の部署だ。
自らの取材や通信社から来る大量の情報を精査して世に送り出す。
テレビモニターを一列に並べて、各局の番組をチェックするのも大事な役割だ。
どの局も大きなニュースは他局より先に流したいがため、それによってお互いを監視していると言っても過言ではない。
その報道センターにも今のところ目新しい情報は入ってなかった。
さらに、局長が戻ってきた。
「どうだ高崎、犯人から要求きたか?」
「まだです」
「人質の安否は?」
「分かりません」
「犯行声明は出てないのか!」
局長が怒鳴った。
「出てません・・・すいません・・・」
高崎は所在なげに答えた。怒られた気持ちになった。
局長、暫く考えて、
「ちっくしょ~・・・よ~し、こうなったらコメンテーターだ。誰か捕まえろ! ハイジャックに詳しいヤツがいいな。真田だ。真田ニュース丸を捕まえろ! あいつなら大抵の事は喋れるからな」
真田ニュース丸とは、最近売れっ子のニュースコメンテーターである。
テレビで見ない日はないくらいだ。
だからこそ、佐野が、
「しかし、これから来てもらえますかね。そもそもスケジュールが空いているかどうか・・・」
何を言ってるんだ。とばかりに局長。
「バカ! 電話で捕まえればいいんだよ。ラジオなんだから! ヤツの居所を突き止めて、スタジオと繋ぐんだよ電話を!」
「分かりました。おい、真田ニュース丸を探してくれ!」
佐野が加藤と竹重に指示を出した。
「はい!」
竹重が加藤に向かって、
「真田さんの事務所って何処でしたっけ?」
加藤が黙り込んだ。
佐野がそれを見て、
「加藤、俺の机の上にタレント名鑑ある」
「よっしゃ!」
加藤は走って出て行った。
竹重も一緒に出て行った。
高崎もジッとしていられず、
「報道センター、行ってくる」
走って出て行った。
局長がマイクを掴んで、
「川久保いいか、今、コメンテーター用意するからな、頑張れよ・・・真田ニュース丸をぶっこんでやるからな。あいつは普段から俺が可愛がってやってんだから・・・こういう時にこそ役に立ってもらうからな」
スタジオの川久保。ガラス越しに頷きながら、ニュース原稿を繰り返し読んでいる。
喋り続けているだけに明らかに疲労の色が隠せなくなってきている。
加藤と竹重が走って帰って来た。
「佐野さん、タレント名鑑どこにあるんですか?」
「もう、机の上がグチャグチャです」
佐野、しれっとした表情で
「え? あるだろう・・・」
竹重に別のスイッチが入った。
「大体、缶コーヒーが並び過ぎ。しかも飲みかけ。一本倒れてこぼれてるじゃないですか」
「うるさいな~」
加藤、割って入って、
「だから、タレント名鑑はどこなんですか?」
「机の上にあるよ。えーと・・・もうっ!」
佐野、立ち上がって走って行った。
加藤と竹重も、あとに続いた。
佐野達のドタバタしている様子が気になったのか、
スタジオの川久保が不安そうな視線を送って来た。
局長、マイクで、
「川久保、こっちを気にするな。お前はいいんだ。ニュース原稿に集中しろ。真田ニュース丸を探しているから・・・何とかつなげ。いいな!」
佐野、加藤、竹重、タレント名鑑を持って帰って来た。
局長、思わず、
「なにをバタバタしてるんだ。お前らは!」
「すいません!」
加藤、急いでページをめくって、
「どれだ? どれだ? え~と・・・」
「早くしろ・・・」と、局長
「他局に取られるぞ・・・」
「分かってんのか、お前ら!」
局長の苛立ちが増していく。
「これだ、事務所これ。電話!」
加藤がタレント名鑑を開いて、竹重に見せる。
竹重がサブコンに備え付けてある電話機2号(通称:2電)の受話器を取って掛ける。
が、一旦切る。
「もう~」と、漏らした。
竹重、苛つきを隠し切れずに、もう一度掛け直す。
が、
「・・・繋がりません・・・」
「話し中です」
一瞬の沈黙。
――くそっ!
誰彼となく叫んだ。
「あ、そうだ・・・」
局長が何を思い出したかのように、自分の脱いだ背広のポケットに手を突っ込んだ。
そして、携帯電話を取り出した。
「これで、真田の携帯に直接掛けて見よう」
最近、局長には会社から携帯電話が支給されていた。
重役クラスにはいつでも連絡が着くようにと義務付けられた処置だ。
売れっ子の真田も携帯を持っている。
さらには、局長の携帯には、真田の番号も登録されていた。
局長はすっかり忘れていた。
なにそれっ? て感じの空気が場を包んだ。
局長、メモリ検索して竹重に渡す。
「ここを押せば、真田に掛かるから」
「はい・・・」
竹重、ぶっきらぼうに返事して、しぶしぶ携帯を受け取りそのまま掛ける。
「バカ。そのまま掛けてどうすんだよ。スタジオに繋ぐんだぞ、その電話。2電か3電から掛けろよ!」
佐野が竹重を怒鳴りつけた。
「あ、そうか。すいません」
竹重は携帯を切った。
局長の携帯から真田の携帯に掛けても、その電話をスタジオに回す事は出来ない。
ラジオ局の電話が絡んでいないとスタジオには回せないのである。
携帯同士で繋がっても意味がない。
佐野は舌打ちした。
とは言え、今重要なのは真田を押さえることであり、まずは連絡を取ることだ。
携帯同士で繋がったとしても、再度かけ直せばいいことである。
だが、当時は携帯を持つ生活ではなかったので、そういう、今では当たり前のような感覚は持ち合わせてなかったのかも知れない。
竹重が携帯でそのまま電話しようとしたら、佐野がその様な理由で怒り出したのだ。
「ったく、使えねーな」
佐野は吐き捨てるように言った。
今朝から積もり積もった苛立ちもあっただろうが、明らかに余計な一言だった。
竹重がムッとして佐野に詰め寄り、叫んだ。
――私は道具じゃ在りません!
佐野は呆気にとられた。
場の空気も一瞬にして凍り付いた。
出た! と加藤は思った。
(佐野さんやっちゃったよ。こんな時にバカだな。竹重も竹重だよ。ったく)
局長が口を開いた。
「何だ、どうした?」
加藤、すかさず竹重を引っ張って、
「(局長に)何でもありません・・・(竹重に)あれは口癖だろ、単なる」
「だって」
「とりあえず、電話!」
「分かってます! 2電から掛ければいいんでしょ!」
竹重の怒りは治まっていなかった。
銀太郎が恐る恐る口を開く。
「何でもないって事はないんじゃないのかな? 今のは・・・」
竹重、怒りを露わに、2電の受話器をとって携帯の画面で、番号を確認しようとした。
が、手を止め、今度は局長に詰め寄った。
「局長!」
「はい」
局長の背筋がピンと伸びた。
「真田さんの番号、もう一回出して下さい!」
竹重、携帯を突き出した。
「はいはい・・・」
もう一度メモリ検索する局長。
「何だか知らんが、大丈夫かお前ら?」
加藤が答える。
「大丈夫です、大丈夫・・・(竹重に)なあ・・・」
竹重、あきらかにムッとした顔で、
「すいません・・・」
と、つぶやいた。
佐野は思った。
(局長ずるいぞ。あんたも少しは責任感じろよ。そりゃ、竹重にあたり散らした俺も悪いけどさ。元々はあんたが真田、真田ってけしかけてドタバタしたんじゃねーかよ。みんなで真田に連絡とるために必死で駆けずり回ったんじゃないか。それがどうだよ。しまいにゃ、この携帯から直接掛けて見ろって、なんだよそりゃ。このきっかけは誰が作ったんだよ。しらばっくれんじゃねーよ!)
と、言える筈もなかった。
竹重、携帯の画面を見ながら、2電から電話する。
が、
「駄目です・・・留守電です」
真田ニュース丸が捕まらない。
一同、またしても沈黙。
そこへ、報道センターに行っていた高崎が走って戻って来た。
「はあ、はあ、はあ、局長!」
「何だ?」
「真田が・・・」
「捕まったか?」
「NHKに出てます」
「なに! あの野郎・・・畜生・・・」
「報道センターで全局モニターしてますから・・・」
「もういい、他を探せ。田原幸一郎、櫻井としこ、西部とまる、テリー五藤でもいい・・・誰かいるだろっ! 片っ端から電話しろ・・・よそに捕られるな!」
局長の号令によって佐野、加藤、竹重がタレント名鑑をめくって物色を始める。
高崎も、報道センターから新情報を引っ張って来るべく、またもや、走って出て行った。
銀太郎は、先程から自前のワープロをひらいて目の前に置き、分厚い百科事典の様なモノをめくり始めた。
めくりながら局長に、
「パラさん、ようは新情報が入って来るまで繋げばいいんでしょ?」
「おお、そうだ。誰かいるか?」
「じゃなくて、ツナギの原稿用意しましょうか? ハイジャック事件史とか・・・」
「ああ、それいい! 銀さんお願いします」
佐野が喰いついた。
「よし、銀の字、チャチャっとやれ」
局長のお許しも出た。
「了解」
銀太郎がワープロをたたき始めた。
銀太郎が見ていたのは『昭和事件史』という分厚い百科事典の様な資料である。
この日、銀太郎がたまたま持ち合わせていたものだが、思わぬところで役に立った。
ちなみに、この時代まだパソコンは普及していない。
ウィンドウズ95が発売されたのが、この年の11月。
今はまだ6月なのでそれすら世の中は知らなかった。
なので、構成作家やライターという職業の人は、ワープロを小脇に抱えて仕事場を訪れていた。懐かしい風景である。
佐野、加藤、竹重はタレント名鑑であたりを付け、片っ端から電話を掛ける。
が、コメンテーターらしき人物は一向に捕まらない。
スタジオでは、相変わらず川久保が同じ原稿を読み続けている。
「繰り返します。本日、十一時四十五分頃、羽田空港発函館空港行きの大日本航空999便が山形県上空でハイジャックされました・・・」
お忘れかもしれないが、現在、生放送中である。
局長がマイクを掴んだ。
「川久保すまん、真田には逃げられた・・・が、待ってろよ! すぐに別のコメンテーターを捕まえてやるからな。相変わらず新情報はないが、粘れよ・・・」
高崎がまた、息を切らせて報道センターから戻って来た。
何かのメモを握り締め、今までとは明らかに違う必死の形相だ。
それは、そこにいる全員に嫌な予感をもたらした。
果たしてハイジャック事件に進展はあったのか。
「はあはあ・・・局長」
「どうした?」
「・・・全滅です」
「なに!」
凍り付く一同。
局長、ゴクリと喉を鳴らし、息を呑んで、聞いた。
「ひとじち・・・がか?」
「はあはあ・・・」
高崎は息を整えて、握り締めたメモを、読み上げる。
「田原幸一郎、櫻井としこ、西部とまる、テリー五藤、黒種ヒロシ、嫌埼哲弥、顎山繁晴・・・名立たるコメンテーターは全てよそに持っていかれました・・・」
「そ、そうか・・・」と、局長。
「もう、紛らわしいです! 高崎さん!」
竹重が吠えた。
「全滅なんて言うから、てっきり人質とか・・・そっちの悪い方の事考えて心配したじゃないですか!」
佐野も続いて、
「そうですよ。僕は警察がやられたんじゃないかって思いましたよ」
加藤もさらに続く。
「僕の場合、警察だけではなく、自衛隊の出動まで考えちゃいましたから。なんたって全滅ですから!」
「あり得るぞ。自衛隊が出なければならない程、犯人は強力な武装をしているんだな」
局長が参戦して妄想が入り乱れる。
「飛行機の周りを、パトカーや戦車が取り囲んでいるんですよ。いいですか・・・」
加藤が両手を広げて腰を落とした。
スキージャンプの滑降のように腰をかがめ、飛行機の真似をする。
「ほら、竹重も・・・」
加藤は、竹重にも、自分と同じ格好をするようにと、促す。
「え、なに・・・」
竹重、従順に飛行機のポーズをした。
加藤は飛行機のポーズを一旦解いた。
今度は、竹重飛行機の周りを、ハンドルを握った体で回り始めた。
「台数にしてパトカーは、二十数台は来てるでしょう」
次に、止まって、拳をにぎって真っすぐに突き出した。
「戦車は、三台はくだらないでしょう」
戦車砲を真似た。
局長も、身を乗り出した。
「軍用ヘリはどうだ?」
「もちろん。周りを旋回してるんです」
加藤は、両手でオスプレイの様なダブルプロペラを表現しながら、
竹重飛行機の周りを回る。
「ババババババババ・・・」
プロペラ音が臨場感を醸しだす。
竹重、飛行機ポーズのまま、顔をクシャクシャにした。
「やだ~、映画みたい」
加藤、今度は竹重に背中をくっつけた。
「でも、それが全滅なんですよ。ボカーン、ボカーン、ボカーン!」
バズーカ砲の様な物を、みんなに向かって、エアで撃ちまくる。
局長、思わずよけながら、
「うわっ。ロケットランチャーか!」
佐野も腰をかがめて、加藤を指差した。
「ランボーかよ!」
加藤は、思いっ切り拳を突き上げた。
「ピンポン! 犯人はランボーなんです!」
竹重、飛行機ポーズのまま、絶叫した。
――なんたって、全滅ですからあああ!
一同、ビタッと止まって、なんだかよくわからない余韻に、浸った。
何となくやり切った。・・・気がした。
佐野が立ち上がった。
「結局、勘違いでしたけど・・・」
竹重が飛行機ポーズを解き、高崎に詰め寄る。
「もう、人騒がせにも程がありますよ! 高崎さん!」
「どうして、そうなるの?」
高崎が一言。
「大体お前はどこで何をしてんだ」
局長が高崎に問いただす。
「だから、報道センターへ・・・」
「おう、そうだ。事件の進展は?」
「それは一向にないんですが・・・」
「まだないのかよ。じゃあ、張り付いてろよ」
「だけど、コメンテーターは全員、他局に持ってかれましたから・・・それを知らせに。探してましたよね」
「おう、そうだ。早く言えよ。それを!」
「だから最初にそう言ったでしょ~」
「うん?」
局長は一瞬固まった。
「う~、くそ~・・・」
訳のわかりない唸り声が、局長の腹の底から漏れ出した。
他局には出し抜かれ、新情報も入ってこない、二重苦だった。
銀太郎は昭和事件史をめくりながらワープロを必死でたたいている。
佐野がすがる様に、
「銀さ~ん、ツナギ原稿まだですか?」
「今、やってるやってる。もう少しだ」
「銀さんは何を書いてるんですか?」
高崎が局長に聞いた。
「ツナギ原稿として日本のハイジャック事件史をまとめてくれるそうだ」
「なるほど。それはいい」
佐野が高崎に言った。
「こういう時の銀さんは頼りになるんですよ」
「知ってるよ。お前に銀さんを紹介したのは俺だぞ」
「あ、そうでした」
高崎が銀太郎に言った。
「俺もディレクターの頃、何回も窮地救ってもらったよな。なあ、銀さん」
銀太郎は、ワープロをカチャカチャ打ちながら、
「そうだっけ? 俺なんかが役に立った事あったっけ?」
高崎が局長に向かって、
「アレですよ。意外と謙虚で・・腕はいいですから」
「知ってるよ。お前に銀の字紹介したのは俺だぞ」
「そうでしたね」
今度は局長が銀太郎に、
「俺こそ、いろんな事お前に頼んだよな。銀、いつもすまんなあ・・・」
銀太郎、相変わらず、ワープロをカチャカチャ打ちながら、
「なにをおっしゃいますか。お三方あってこそ、私は食って行けてる訳ですから・・・もう少しですから、そっちも諦めないで誰か探して下さいよ」
「おお、そうだ。諦めるな。高崎、佐野・・・」と、局長。
佐野が銀太郎のワープロを覗いた。
「ところで、どこまで行きました?」
「あ、よせ」
銀太郎はワープロの画面を隠そうとした。
画面には、ぽつんと、
『よど号』
とだけ打ってあった。
「えっ? よど号って――書いてあるだけじゃないですか?」と、佐野。
高崎も画面を覗いて、
「あ、ホントだ。三文字だけだ!」
「日本のハイジャック事件史なんだから、よど号から始まるだろう」
銀太郎は、言い訳がましく答えた。
「そんなの誰でも知ってるよ」
「そうじゃなくて。何処がもう少しなんですか!」
「蕎麦屋の出前じゃないんだから」
佐野と高崎が熱くなった。
銀太郎も、熱くなって、反撃に転じた。
「分かってるよ! 俺だって取り掛かったばっかりだよ。なのに、あんたらギャアギャア傍でうるさいから、頭の中、とっ散らかっちゃって、まとまんないよ」
佐野がワープロをたたく真似をして、
「カチャカチャ打ってたじゃないですか!」
銀太郎も真似して、
「カチャカチャ打って、カチャカチャ消してたの!」
「で、残ったのがこの三文字?」
「どんな原稿だよ!」
「アホらしい!」
高崎と佐野、二人同時に、バンザイするかの如く天を仰いだ。
――いい加減にしろっ!
局長が一喝した。
「いいから、銀の字は続けろ・・・なるはやだぞ」
「了解・・・」
銀太郎は、昭和事件史をパラパラとめくった。
局長。しゅんとなった高崎と佐野に向かって、
「お前らの、今の仕事はコメンテーターを見つける事じゃないのか・・・」
「人の事責める前に自分の役目を果たせよ。違うか?」
「その通りです・・・」
「だろう・・・こういう時こそ日ごろのお付き合いがモノを言うんだぞ。普段からお付き合いだけは大事にしろと言ってるだろうが。接待交際費。無駄遣いになってるんじゃないか」
「すいません・・・」
竹重が加藤に耳打ちする。
「自分だって、真田に裏切られたくせに・・・」
「やめろよ」
加藤、軽く肘打ち。
「なんだ?」と局長。
「何でもありません」と加藤。
「真田がどうした?」
竹重、苦し紛れに、
「いえ、別に・・・どうせなら真田ニュース丸さんが今日のゲストだったら良かったのになって――。 あ、ゲスト・・・」
高崎、佐野、加藤、銀太郎が、一斉に竹重を見た。
竹重が高崎に確認する。
「先ほど榊原さん、到着されてましたよね」
「そうか、その手があったか」
「どうした?」と局長。
高崎が答える。
「今日のゲスト、榊原なんですよ。榊原理恵子。今、来てますよ」
局長は無反応。
「いるじゃん、いるじゃん榊原が」
「いや~忘れてた」
「失礼ですよ。忘れてたなんて」
「ごめん、ごめん」
「高崎さん、ファインプレー」
佐野が、高崎にハイタッチした。
「こっちも」
と、加藤が手を上げた。
イエッイ。イエーイ。
「待て! 榊原理恵子に何の話をさせるんだよ! え!」
局長が一喝して、一同騒ぎを抑える。
「いいか、冷静に考えろ・・・ちょっと、お前らそこに並べ」
高崎・銀太郎・佐野・加藤・竹重の順で、五人が横一列に並んだ。
局長、背中を丸めながらジリジリと、皆ににじりよる。
「ったく、何の話をさせるつもりだ、お前らは? 思いつくもの言ってみろ!」
両手はポケットに突っ込んでいた。
局長が順番に顔を覗き込んでいく。
「お前から」
「バクチの話」
「お前は?」
「下・・・ネタ」
「お前は?」
「マンガの話ですか?」
「俺に聞くなよ」
「マンガの話です」
「お前は?」
「・・・(パクパク)」
「はあ?」
「・・・(パクパク)」
局長、首を振りながら、
「聞こえない」
「変な子育てです」
「出るじゃねえか、声が」
最後が竹重。
覗き込むことはせず、少しためて、
「お前は?」
「もう、ありません!」
即答だった。
「見ろ! 今は緊急事態なんだぞ。ハイジャックが起きて、我々は生放送中だ。こういう時こそ自分を見失うな。いいな!」
「はい!」
竹重が高崎に、
「じゃあ、榊原さんどうしましょう?」
「ちょっと、バラしてくる」
そう言って、高崎は出て行った。
銀太郎は、また、ワープロをたたき始めた。
スタジオでは、川久保が相変わらず一人で踏ん張っていた。
「ゴッホン――失礼しました。繰り返しになりますが、本日、十一時四十五分頃、羽田空港発函館空港行きの大日本航空999便が山形県上空でハイジャックされました・・・なお、飛行機はそのまま函館空港に着陸はしたものの・・・」
第2章 終




