第八十二話 祐希の秘密
しばらくすると祐希がグレーのNIKEの前空きスウェット素材のスポーツウェアに裸足のままドアを開けて入って来た。
「ちょっと寒くなって来たね、暖炉に火つけるね」
薪を組みながら、
「あとの濡れてる服はどうしようか?」
薫子に問う。
「えーと、乾かせる場所ないかな?着て来たトレーナーがあるから中だけ乾かせるといいんだけど」
「あ?あぁ、ランドリールームに折りたたみ式の干し台があるから、そこに干して来る?あ、それと手前がトイレだから使ってね」
「有難う!分かった、使わせて頂くね」
薫子は一人でランドリールームに向かった。
薫子が戻ってくると
暖炉に橙色の炎がゆらゆらと揺れている。
祐希はソファの座面に寄りかかりながら段通に足を投げ出し直座りをしていた。
その隣に薫子は少し間を空けて腰を下ろす。
すると祐希が暖炉の炎を見つめたまま言う。
「さっきはごめん」
「え?」
「カコちゃんがどっかに行っちゃうのかと思って」
「ううん、声掛ければ良かったのに私の方こそごめんなさい」
「いや、今日、カコちゃんに話しておきたい事があって、実は滅茶苦茶緊張してる」
「え?」
「寒いかもしれないけど、ちょっと一緒に来て貰ってもいいかな?」
「あ、うん」
「あ、これ履いて」
祐希自身は裸足のくせに薫子にフワフワの毛糸の靴下を差し出した。
「これ、手編み?」
「俺がスリッパ嫌いだったから……小学生の頃のスリッパ代わり」
「そうなんだ、可愛い靴下だね!裏張りまできちんとされてる……お母さんが編んでくれたの?」
「俺の両親は……もういないんだ」
「え?……お二人とも?」
「うん、まあ、その話もしなきゃとは思ってだんだけどね」
「ごめんなさい。知らなくて」
「いいんだ。こっちだって話してないんだから」
「でも……」
「まあ、とにかく一緒に来て」
祐希に靴下を履く様に促されたあと、手を引かれて連れて行かれたのは玄関から見ると右手側の二つのドアのうち手前側の部屋だった。
中に入ると、雰囲気は一変した。
部屋の奥、天井まで届くほどの本棚にはぎっしりと洋書が収まっていた。
その前には重厚なデザインの一枚板の机が存在感を放っており、その上には"設計士"が使う様な大きな三角定規やテンプレート、曲線定規などが置かれている。
またペン入れには様々なロットリングやスケール、羽根ブラシなどが刺してあった。
壁は机より暗めの落ち着いた黒に近い茶系の色味の木材が張り巡らされ、まるで英国《イギリス》のドラマに出て来る様な重厚なお屋敷の一室の様な佇まい。
だが窓らしきものがない。
天井は高く天窓から陽が差し込んでいるのみだ。
「元々はベッドルームだったのに、この部屋の持ち主は、わざわざ窓を潰してあそこからだけ……月明かりが入る様にしたんだ」
「何故?」
「それはもう聞けない……父さんの部屋だから」
「……」
薫子は言葉を失った。
「俺がどうして中学生の頃、みんなと一緒に着替えが出来なかったのは……これが理由で」
祐希は天窓の真下で薫子の方に背を向けるとスウェットのジッパーを開けると背中だけ見える様に服を下げた。
ちょうど両方の肩甲骨の上あたりに、無数の何かで打たれた痕が刻まれている。
古傷の様にも見えるが、明らかに折檻の痕だ。
少し離れたところに立っていた薫子には、それが羽根をむしり取られた痕の様に見えて、涙が溢れて来た。
服を戻すと振り向かないまま祐希は話し始める。
「俺は……」
その時、薫子は祐希の背中に走り寄り顔を埋めると耳も当てていないのに彼の心臓の音が響いているのを感じて
「いいよ、今はまだ……こんなにドキドキして
緊張するほどの大変なことなんだよね……琥原くんが落ち着いて話せる時が来るまで待ってる……」
祐希が振り向くと、薫子も泣いていた。
抱きしめると、そのまま泣き崩れた。




