第七十三話 ワガママ言わない
後に残された薫子と祐希。
何となく重苦しい雰囲気の中、池の鯉がピシャッとと飛び跳ねた。
その音に目が覚めた様に薫子が
「我儘言ってごめんなさい」
頭を下げて謝ると祐希も
「俺も我儘言ってごめん」
頭を下げる。
そして目が合って少し笑う。
「明日は忙しいよね?」
薫子が聞くと
「荷物はもう送ったんだけど、部屋を二ヶ月空けるから、冷蔵庫を空にしたり大掃除に近いことをして行かないとなんだよね」
「お手伝いしに行ったら迷惑?」
その時、ちょっと間が空いたのを薫子が読み取って
「ごめんなさい。無理だよね」
「ごめん。捨てるものとか種分けしながらだから」
「そうだよね……分かった。明後日は出発日だから夜便でも落ち着かないもんね?」
「うん、そうだね」
『本当はそうじゃなくて一緒にいたいよ。でも』
抑えきれない気持ちが爆発しそうなのを何とか堪えている祐希。
「じゃあ、今日うちまで送って貰うはいい?」
「もちろん」
夕焼けが広がる空を見上げて、二人は微笑み合った。
そしていつもの帰り道。
善福寺公園の側道を歩いていると、たまにランニングしている人や犬の散歩をしている人とすれ違う。
「公園の中を歩こうか?」
祐希が声をかけた。
さすがに公園内は人気がない。
「あのね、俺、さすがに手紙は無理なんだけど、毎日一枚ずつハガキ送るから」
「え?ハガキ?」
「ただ、出してから、こっちに着くまでに4日から1週間くらいかかるらしいから、最初の一枚目は少し届くのに時間が空くかもだけど……」
「毎日?」
「うん、毎日」
「本当に?」
「うん、本当に」
「楽しみにしてるね」
薫子が頬を紅くして喜んでいるのを見て、届いたハガキが形を成すまでに、どう思うのか?が楽しみな祐希だった。
月曜日の夜。
約束通り一昨日、家まで送ってくれた祐希は、木戸の横に隠れて薫子のおでこにキスをしたあと、後ろ姿を見送っていると振り返って手をぶんぶん振って帰って行った。
『9時だ、無事出発したかな』
ハワイに行ったことのない薫子は想像しかできないが、青い海と白い砂浜、ビキニ姿の綺麗な女性しか思い浮かばない。
それでも絶対ビーチとプールには行かないと言った祐希の言葉を信じると決めたからには、明日からの課題をこなすスケジュールを確認してベッドに入る。
もちろん、お供はピーちゃんだ。
必ずベッドに一緒に上がろうとして、まるで赤ちゃんを寝かしつけるお母さんの様に添い寝をしてくれる。
「お陰で淋しくないよ。ピーちゃん」
頭を撫でるとピーちゃんは嬉しそうにクンクンと鳴いた。




