第六十話 志木先生との思い出①
そして二人はまた黙々と安土整備に戻った。
どうしてなのか教えてくれないが、薫子の機嫌を損ねていると思い込んでいる祐希はここで話していないことがあることがまだあったと判ったら、もしかしたら彼女に嫌われるかもしれないと言う想いもあった。
志木には会った時から話しやすさを感じ、こんなお願いをしてしまっても快く引き受けてくれるとは思っていたが……。
実は薫子には、まだ他にも話してない事がある。
そこへ薫子が授業始まりのギリギリの時間に装具をつけて物静かに射場に入って来た。
あくまでも祐希とは話しをしたくないと言う感じなのかもしれない。
ところが、志木を見ると態度が一変した。
「志木先生!?」
薫子は射場から草履に履き替えると的を所定の位置に立て掛けている祐希と志木のところに走ってやって来た。
「やあ、カコちゃ……じゃなくて三枝さん久しぶり」
「五代先生はお休みですか?」
「あぁ、とうとうお父さんになるらしいですよ」
「え?!陽子姉さん、お母さんになるんですね!」
「どうやら少し早まったらしくて、こんな弓道から離れてしまっている僕にお鉢が回って来るところを見ると、相当皆さんもお忙しいのでしょう。たまたま休みだったし、久しぶりに僕にも射たせて貰えるならと、お引き受けしたんですよ」
「志木先生にお会い出来るなんて思わなかったんで私はすごく嬉しいです!」
「三枝さんにそう言って頂けると僕も嬉しいですよ。大きくなりましたね」
「えー、一体いつの頃と比べてますか?道場に遊びに行ってた頃の小学生じゃないんですから!」
薫子が楽しそうに志木と話しているのを少しやきもきしているのを気取られまいと祐希が的を置いて行く。
そこで、はたと薫子が何かに気づいて
「ところで文学部の人達は?」
志木に聞いた。
「来てないんですよね」
「え?もしかして志木先生お一人で的貼りやって頂いたんですか?」
「あれはまあそうですが、琥原くんが早めに来てくれたので安土は一緒にやって貰ったんですよ」
「いえ、ほんの少しだけです。ほとんど志木先生にやって頂いて……」
謙虚な祐希に、いつもの薫子なら笑顔で何かしら言葉をかけるところだが、その言葉も見つからず、薫子は
「そうでしたか……有難うございます」
としか言えなかった。
祐希が少し笑みを返した後で、話題を元に戻す様に
「そう言えば、ちょっと思い出したんですが、一般教養の英語クラスはAとBがあって確か文学部が多いBクラスは休講でした」
「そうでしたか……うーむ、となるとあとは天気予報のせいかな?」
志木が思いついた様に言うと薫子が
「そう言えば今日の天気予報午前中から雨かもって言ってましたね」
祐希が続けて
「勝手に休講になると踏んだんですね。多分」
三人は苦笑いした。




