第五十五話 本当はどっち?
着替えを取りに薫子は製図室に向かう。
よく分からない感情が駆け巡る薫子。
『私のこと好きって言ってくれるけど……手を繋ぐ以上の事はまだないし……それって、もしかして本当に女性で本当の事言えないから手を繋ぐまでしか、まだ出来ないとか?そもそもお付き合いして、どのくらいでどんな風になるのが"普通"なのかな?高校時代おませさんだった友達からの情報は当てにならないし……』
『暑がりの人は確かにもう半袖の人もいるのに、琥原くんはいつもTシャツの上に長袖のシャツの重ね着をしていて暑くても袖を捲るくらいだし……もしかして、あんな綺麗な顔してるのも女性だから?
パパみたいなヒゲもないし……』
一方、製図室に来る途中、トイレに文学部の女子が乱入してるのに気づいた鈴木が祐希に
「こはらっち、多分だけどカコちゃんピンチだぞ」と、どれだけ急いだのか息を荒げて駆け込んで来た。
「え?何のこと?」
「僕が女子トイレの前通った時、文学部の女子がスゲー勢いで十人くらい出て行ったんだけど、すぐに一人だけ戻って来てトイレに入って行った。でもまあさすがの僕も女子トイレには入れんから、お前に伝えようと思って」
少し離れた製図台の木元が気づく
「え!あ、カコちゃんまだ来てなかったのか!」
「……っ!」
それを聞いた祐希が席をすごい勢いで立ち上がる!
が、後ろ扉から薫子が
「いやぁ、参りましたぁ」
髪をハンカチで拭きながら入って来た。
その場にいる全員がただならぬ状況であることを察したにも関わらず薫子は
「トイレの水道の口が上向きになってるのに気づかなくて、ハンドルがキツく閉まってたのを思いっきり回したら噴水みたいに水が出ちゃって……」
自分の荷物から製図用の着替えを出し
「琥原くんに荷物預けて正解でした!でなきゃ今ごろ全部濡れちゃってたかも……急いで着替えて来ます!」
誰にも口出しできないほどの早口で喋ると小走りに出て行ってしまった。
その後を祐希は追いかける。
追いついて薫子の腕を取るも
「カコちゃん、本当は何があったの?」
「講義に遅れます!先に戻って下さい!」
薫子は女子トイレに入って行ってしまった。
祐希はその場でしゃがみ込み、思い直すと女子トイレと廊下を挟んで向かい側にある休憩スペースの窓際で薫子のことを待つことにした。
薫子はトイレの中で着替えながらも自分でも何が何だか分からずに涙が出て止まらなかった。
『カコ、何が気になる?何が心配?どうしたらいい?どうする?』と自問ばかり。
着替え終わると涙も止まっていることに気づいて顔を洗う。
そしてトイレから出ると、反対側の窓際に横向きに立っている祐希の姿が目に入った。
『綺麗な横顔……そう言えばパパが、男はな、ここに仏様がいるんだぞって言ってたな……』
喉仏のことだ。
『あまり目立たないのかな?分からないや…』
肩幅はある様に思えるが、祐希は全体的に線が細い。
祐希が急にこっちを向いたので、見ていたことを気が付かれないように、わざと左を向いて歩き始めた。
「カコちゃん」
「あれ?先に行って下さいって言ったのに……鼻血止まりました?」
「何かあったんでしょ?何があったの?」
「何も……ただドジっただけですよ」
足早に急ぐ薫子。
「カコちゃん……話してよ」
「今日は私の方が先に帰りますからね!では!」
薫子は祐希を置き去りにして製図室に走って行ってしまった。




