第五十一話 タメ口と鼻血
そして数日後のとある日。
「梅雨入りしたんだってなー」と木元。
「でも、あそこだけはピーカンって感じ?」
薫子の席の方を向いて立ったまま話をしている祐希の後ろ姿を見ながらニヤニヤする香山。
久しぶりの女子大生の入学に色めきだった工学部内は年次を問わず、講義室を覗き来る男子学生で混乱を引き起こした時期もあったが、さすがに祐希のこともあり落ち着きを取り戻した感が出て来た。
まあ一年生の間では、まだまだブツブツ言う輩もいることにはいたが……。
この時草壁だけは心配そうに
「女は女に情念燃やすからさぁ、仲良きことは良きかなだけど、そろそろ大学中に噂も広まってるはずだからカコちゃんが心配なんだよな」
「でもあの二人片時も離れないし大丈夫じゃないの?」
香山が言うと木元が小指を立てて
「大丈夫だって、一応文学部の方は聖奈に見張って貰ってるからさ、何かあれば連絡来るはず」
しかし草壁は
「いや、絶対はない」
その予言が数日後当たるとは、ピーカンのはずの当の二人も思ってはいなかった。
その週の木曜日。
製図室に移動する時、最近はまた木元達も一緒の五人で移動する様になり、後ろに少し離れて祐希といた薫子。
そしていつもの女子トイレの近くで
「ちょっと寄りますからお先に行ってて下さい」
断る薫子から荷物を預かりながら祐希は意を決した様に彼女に尋ねた。
「あのさ」
「はい?」
「いつになったらタメ口きいてくれるの?」
「タメ口?」
「あ、えっと友達同士の会話…"です"とか"ます"とかないやつ……」
「え?……それは……どうしたらいい…のかな?」
立ち止まって祐希のことを小首を傾げて見上げる薫子に狙い撃ちされた様な衝撃を受けた祐希。
その瞬間
「琥原くん!そのまま顔を上げて下さい!」
薫子に言われ
「あ、はい」
顔を上げると薫子がタオルハンカチを出して
「これ鼻に当てて持って下さい、下向いたらダメです!」
祐希の顔に当てる。
少し前にいた三人が慌てて戻って来て
「どうした?」
「なに?なに?」
二人に話しかける。
薫子が真面目な顔でこう答えた。
「琥原くん、右の鼻から鼻血が出てます」
ポケットから出したティッシュで詰め物を作りながら話すと木元が気をきかせて
「カコちゃんはお手洗い行ってきな。祐希の面倒は俺らで見とくから」
他二人もうんうんと頷く。
「でも……」
「男の子はね、好きな子にカッコ悪いとこ見せたくないもんなんだよ」
薫子の耳元で囁く。
「あ、分かりました!お願いします」
祐希は自分の置かれた状況を把握しかねて
「え?え?カコちゃん?」
香山と草壁に両腕を取られ連行される様に廊下をそのままの格好で歩かされて行く。
その時木元が今度は祐希の耳元で
「お前鼻血なんか出して、相当溜まってんじゃないの?」
囁きながら笑った。




