第三十話 夫婦漫才
「ただいま」
薫子が玄関に入ると、脚が悪いにも関わらずピップスは健気にも大急ぎで廊下を走って行き
「お帰り!あらパパも一緒?」
という月子の足にまとわりつく。
「お二人とも演技力なしだね。ピーちゃんがお腹を空かせてて可哀想だから早くご飯にしてあげて」
家族揃っての六時の夕飯前にはピップスはご飯を貰うはずなのに貰ってないのは一目瞭然だった。
誰も喋らない。
日曜日の夕飯だけは家族で一緒に食べることを帰りが遅めの豊が楽しみにしており、一週間あった出来事を一人で一気に話しをして、そこに月子か薫子が突っ込んで笑い合うと言う夕餉の時間が、まるでお通夜のようだった。
薫子が両親の様子を伺いながら一言。
「お葬式みたい」
「あら?本当ねぇ、ユウちゃん」
月子は豊のことをユウちゃんと呼んでいる。
それに応えるのを避けるように、豊はわざとご飯を口いっぱいに頬張った。
「で、今日はどこに行って来たのかな?薫子ちゃんは?」
月子がからかう様に聞く。
「聞きたいの?」
「聞きたいよねぇ、ユウちゃん。お小遣い前借りするくらいなんだから、どこに行ったかくらいは聞きたいわよね!」
引かない月子に豊が
「上野に建築物見に行ったんだって」
としれっと答えた。
「パパ!」
薫子が顔を真っ赤にして怒る。
「いいじゃん、もうさぁ月ちゃんだけ知らないのもおかしいでしょ?」
「でも……恥ずかしいじゃん」
「恥ずかしい様な事あったの?」
月子がにんまりすると豊が、
「はっきり言って、カコの彼氏君はものすごい美男子で好青年だった!まあ僕の方がカッコいいとは思うけど」
わっはっはっと笑う。
「ものすごい美男子で好青年!!」
月子が食いついた。
『あぁ始まっちゃった……夫婦漫才今日も長くなりそうだな……』とため息をついた薫子だった。
その顔を少し離れたソファの上で寝ていたピップスはその様子を見ていた。
「クゥーン」とお疲れ様というように鳴いたのを薫子は知らない。




