外伝 月子と豊の物語 その⑨
「僕から先に言ったかった」
「え?」
驚いた様な顔で豊の顔を見つめる月子。
「初めて月子さんにお会いした時に、自分の出逢いたい方に巡り逢えたと思いました」
「本当ですか?」
月子の目が輝いた。
「はい、ですが……あの頃は実は仕事を辞めたくて習い始めた書道に気持ちが入り込んで、ちょうど日曜日に休める日もあって気持ちが浮ついていました」
豊はため息をつく。
そして思い切って今の気持ちを話すことにした。
「僕は実は銀行員ではありません。大蔵省に勤めていて国家予算に携わる職務を遂行しています」
「え!?」
「今は辞職を考えていた時期とは全く環境が変わり、仕事も順調です。そのだからと言う訳ではありませんが、こんな若輩者の僕にもやらなければならない職務がありまして……休みらしい休みもない状況です」
「それは私とはお付き合いも考え頂けないと言うことですか?」
「まだ成人も迎えていない貴女の楽しいはずの大学生活を楽しませずに……はっきり言えば寂しい思いをさせるのが分かっているのに、と言うことです」
「私がそれでもと言ったら、森内さんはお身体を休める暇もなくなると言うことですね」
『なんて聡明な!僕の休みをデートに使ったら、僕が休めないことまで考えてくれるのか?』
豊は月子のことを諦めきれない気持ちに傾き始めていた。
いっそのこと結婚して仕舞えば!?、だがしかし彼女は学生で自身の夢を持った女性だ。
「ひとつ、提案をさせて頂くことが出来れば」
と豊が言うと、食いつき気味に月子が返事をした。
「はい!出来ます!」
「まだ何も話していませんが……」
『こんなところが可愛いんだよなぁ、月子さんは』
豊は笑う。
そんな豊を見て月子は色白の顔を真っ赤にしながら
言った。
「あ、ごめんなさい!でも何でも出来ますから!
どうぞお話し下さい」
「もし、貴女の気持ちが変わらなければ、月子さんの二十歳の誕生日の日に、再会しましょう。その時にこれからの二人のことについて話し合いたいです」
月子は少し考えるとこう答えた。
「分かりました!考えなんて変わりませんから!
私、五月生まれなんで、来月もう十九になります。だから一年後ってことですよね?」
「五月の何日ですか?」
「五月三日です!」
「では、その日の午後一時頃にしましょうか?」
「はい!絶対忘れないで下さいね!」
声に出す返事はせずに豊は頷いた。
その言葉が月子を縛り付ける様なことはしたくなかったからだ。
「では、本当にこの辺で申し訳ありませんが僕は失礼します」
「あ、そうですよね。もうガマンは始まってるんですよね」
「……ん、そうなりますかね。ただ」
「ただ?」
「お葉書有難うございました」
「あ、あれは、森内さんにどうしてもお会いしたくて……何とかなるかもって勝手に……」
「でも、あのお陰で実は今日来られたんです。なので、お母様にお預けしましたが、実は合格祝いには僕の気持ちが入ってます」
「え?」
「どう受け取るかは貴女次第だったんですが……
まあ、とにかく受け取って下さい。じゃ、本当にこれで!また来年」
「はい、また来年」
月子は豊の姿が見えなくなるまで見送った。
家に戻って、すぐに月子に春子は豊が来たことを伝える。
すると公園での話を聞かされた。
「あらまあ、そんな先の話?森内さんお堅いと思ったら国家公務員だったのね……って、月子、あなたいつから五月生まれになったの!?」
「だって本当の誕生日だと、また更に半年以上あくのよ。今ですら一日千秋の想いなのに!」
「そうねぇ、気持ちは分かるわ……あぁ、これ森内さんから月子にって合格祝いですって」
紺色の包みに白いサテンのリボンがかかっていた。
月子は自室に戻るとリボンを解き、包みも切れないように丁寧に開く。
「これは、夜に月をイメージしてくれた包装よね?森内さん素敵」
独り言を呟く。
出て来た細長い濃紺のベルベットのケース。
月子は蓋に手を掛けて力を入れると蝶番が静かにきしみ蓋が持ち上がる。
内側に敷き詰められた白いベルベットの上に濃紺の万年筆が収められていた。
静かにそのケースから抜き取る月子。
手に収まるいい具合の太さだ。
キャップのクリップ部分と本体の後部だけが銀色だ。
月子は試し書きをしようとキャップを抜いたとき、そこに彫られた文字を見て思わず微笑む。
「Moon childって!月・子?森内さんっぽい!
可笑しい!あら、まだ何か入ってる」
万年筆ケースを開けた上蓋がわに、ちょうど収まるような大きさの無地のカードがはまっている。
月子はそっとそれを外して
「これが森内さんの言ってた気持ち?」
小さく深呼吸をするとカードを裏返した。
そこには
"また、お手紙下さい。待っています。
森内豊"
と書かれていた。
「何通だって書くわ!森内さん!この万年筆で!」
心に決めた月子だった。
さてはて、二人の一年後は如何に!!?
次回でこのお話は最終話となります。
結末は如何に!
どうぞお楽しみに♪




