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100分の2の青写真《ブループロット》〜不便な時代もいいとこあるじゃんっ!!〜  作者: 優月菜


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外伝 月子と豊の物語 その⑦


「ふぅ……今日も何とか終わったな」


お正月以来、豊思い出すのは月子の着物姿と、ショールを肩にかけた時の細いうなじ。


『あーいかんいかん!また邪心が……』


カレンダーを見るとあと数日で月子の試験日だ。


元旦の挨拶に行った時のことが度々蘇る豊。

あの後、月窓宅に戻ると、親族が十数人ほどの集まりで、だいぶ盛り上がっていた。

というのも、月窓が、豊にいずれ跡を継がせるような話を出したからだ。


皆、もしやそれは!?月子と……と憶測をした為、更に盛り上がったらしい。

そこへ二人が戻ったものだから大変な騒ぎになる訳だ。


ただ、月窓は見込みがあるから跡をと言っただけと、後からつけ加えたが、月子と豊は、「さあさあ、お若いお二人はこっちこっち」とまるでお雛様のように祭り上げられ、豊においては、あちこちから盃に酒を入れられ、月子が隣から、いちいち紹介するも、いずれ何が何だか分からず、ただただ楽しいだけの大宴会になってしまった。



『まあ、とにかく月子さんには基礎からやり直して貰った甲斐があったな……』他の科目は、そこそこ問題がなかったから過去問を集中させたが、英語に至ってはテコ入れが必要なほどの大問題だった。かなりの時間を要したものの、その分、きちんと成績が上がるほどの効果も見られ、かえって手応えを感じたほどだった。


『聡明な人だからなぁ、それでいて面白い!』


豊は、月子に惹かれて行く自分を止める術が分からなかった。


『仕方ない、キレイだし……とにかく話をしていると尽きない』


宴会の合間にも、月子が隣から豊かに話しかけたそうな様子が見てとれた。


「先生、私、風立ちぬ読みました」

「そうですか?どうでしたか?」

「泣きました」

「あぁ、そうですね……確かに」

「死にゆく奥様にあれほどの気持ちの強さがあるなんて……本当にあると思われますか?」


豊はその切り返しに戸惑う。

小説を小説としか読まない自分は、そこまでは没頭していなかったからだ。


『今の気持ちを聞かれてるみたいだなぁ……』


「僕は小説としてしか読んでないし、僕自身が経験不足なので、よく分からないです。申し訳ない」

「え?先生、お付き合いされている方いらっしゃらないって事ですか?」


少し酔っている豊は笑いながら

「はっきりと仰るお嬢さんですね。まあその通りですがね」

「あ、すみません。先生、素敵だから、てっきりお付き合いされている方がいらっしゃるかと……」

『先生、笑顔がやっぱり素敵!』などと考えながらも、女性の影がないことを喜ぶ月子だった。



そして、待ちに待った月子の合格発表日。


わざわざ職場から少し離れた場所にある公衆電話に走る豊。

そして受話器を取ると月窓宅の電話番号を回すも……ふと、手を止めて、受話器をおろす。


『ご家族で今頃喜んでるか……?まさか……まあ、でも、むしろ連絡はしない方がいいか』


合否を確認するのをやめた豊に、月子から葉書が届いたのは少し経ってからだった。


仕事から帰るとまずはポストを覗く習慣がある豊。


「おや、これは?」


絵葉書だった。

水彩画の菜の花畑の後ろに見える山々とそれらを彩る夕焼け。


「朧月夜※1 か?……月子さんからだ!」


"森内豊様

前略

受験勉強中はお忙しい中、私のためにご尽力を賜りまして誠に有難うございました。

お陰様をもちまして、実践女子短期大学に合格いたしました。

お会いしてお礼を致したく存じますが、四月もお忙しいとのこと。

五月に入りましたら是非お会い出来るお時間を頂きたく宜しくお願い申し上げます。    かしこ


三枝月子



「うわっ!筆だ!しかも綺麗な文字……さすがに書家の娘さんだ!」


『どうする?返事?筆か?葉書か?手紙か?』

仕事に行く時、背広の内ポケットに月子からのハガキをしまっている。


時々、広げてはため息をつく豊の様子に、同僚もそろそろ気づき始めた。

その一人、里中が聞く。


「金でも困ってんのか?それ督促状か?」

「バカやろ!金なんか使う暇が無さすぎて余っとるわ」

「じゃ、なんなんだよ。ため息ばっかついて、先輩達も気にしてるぞ」

「いや……不得意分野が……」

「おいおい、大蔵省に東大の理1※2 出身ってだけでも稀有なのに、お前に不得意分野なんてあんのか?……あ!女か!」


「何だ何だ?この後忙しい時に楽しそうじゃないか?君達」


豊と里中のやりとりをニヤニヤしながら見ていた同僚達は、佐野がデスクから立ち上がったを見て慌てて仕事に戻る。


「課長!」

「手描きの絵葉書か?どれ?」

「あ、これは……」


豊は両方の手の親指と人差し指で掴んで、佐野に取られまいと必死になる。


「あ!」

佐野が窓の外を見た時に

「え!?」

と、豊はよくある手に引っかかって思わず手を離してしまった。


「ほお、これは素晴らしく綺麗な文体を書く人だな。は、もしかこの人か?君の教え子は」

「はあ、そうです」


佐野が豊が問題集の件で尋ねた経緯を知らない里中は、聞き耳を立てている同僚の代表を担うつもりで聞いてみた。


「教え子って?」

「里中!」

「はい、課長!」

「今日、これから森内を帰らせてもいいか?」

「は?そんな僕の一存ではなんとも……」


佐野は辺りを見回すと

「おい、斎藤くん!」

「はい、課長」

「今日は日曜だし……この後、こいつに少し時間をやってくれ」


と、豊を指差す。


斎藤はこの銀行局総務課の佐野の直結の課長補佐だ。佐野の命令には逆らえない。


「はい、何とか回します!里中、来い」

「僕っすか?」

「お前、暇そうじゃないか」

斎藤が笑った。


佐野のお陰で豊は午後の仕事を少し抜けられることになった。

四月の総務課では日曜日でも仏事以外の異例なことだ。


佐野に促され、とりあえず身支度を整えると、一緒に総務課から出る。

これも佐野の思いやりだった。


「心ここにあらずでは困る」

「申し訳ございません」

「ははは、素直だな、とにかく合格お祝いにだけでも行って来なさい。あんな顔されてたら、こっちが悪もんみたいだからな」

「はあ」


困った様な顔をしながら、実は心の中で月子に会えるとニヤけていた豊だった。






※1 朧月夜 文部省唱歌 歌い出しが"菜の花畠に入日薄れ……"と情景が思い浮かぶような歌曲。

※2 東京大学 理科1 は理学部数学科。

大蔵省に入省するキャリアの大部分は東大 文1の法学部卒が多く総合職に進むものがほとんどの中の異例な存在。



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