外伝 月子と豊の物語 その④
午前零時にお手にして頂いた方!
お楽しみにして頂き有難うございます♪
ようやく前回、月子と豊は出逢いましたが……
さてはて、これからどうなっていくのか!?
もう少しお話しは続きます。
どうぞお楽しみ下さい☆
優月菜
『嫌な上司もいなくなり、仕事も順調!こんなに職務が面白いもんだとは思わなかった。佐野さんのお陰だな』
佐野はエレベーターの中で、もう少しだけ我慢をしてくれと豊に話してくれた銀行局総務課長だ。
その時の豊は仕事をすれば、年功序列で昇進を重ねて、円満退官ということで何の不満もなかった。
ただ、一緒に仕事をしたいと言ってくれた佐野は同期の中でも群を抜きトップを行く出世頭だった。
その佐野に見込まれた事をその時には何の記憶にも残していなかった豊だが、のんびりと仕事をこなして行きたかったのにと後悔することになる。
『あ、そうだった。書道どうするかな?師範には事情は話したけど、お前さん次第だって仰って貰ったからなぁ。それに僕はあの街が好きだし』
そう考えながら、次の日曜日も教室に行く豊。
あの夕飯以来、何故か必ず昼ごはんに誘われる様になった。
部活を引退した月子が日曜日に自宅にいる様になり、大学の受験勉強に入り、一緒に食卓を囲む。
豊が様々知識を持っていると話をしただけでも分かる月窓は、月子の勉強を見てやってくれないか?とその日はその打診してきた。
「あぁ、僕なんかでお役に立てれば」
「そうかそうか!月謝もはずむから宜しく頼む!」
「あ!それは困ります!あの仕事上、副業は禁止ですし、金銭授受はお断りしております」
春子が口を出す。
「森内さん、銀行員ですもんね……じゃあ、まあ、今まで通りって言えば変わりはないけど、お昼だけじゃなくて、お夕飯も召し上がって頂いて行くのではいかが?」
豊の目がキラリと光る。
「それなら是非!宜しくお願いします」
あと先を考えずに引き受けた家庭教師の仕事が、こんなにも苦戦するとは思いも寄らなかった豊。
そもそも豊自身は、そうそう勉強をした覚えもなく、東大に入学。
そして大蔵省に入省をした人間だ。
覚えることの苦労を知らなかった。
月子の部屋。
善福寺公園側に面した大きな窓の前に、程よい大きさの机が置いてある。
机の前には月子が座り、机の真横に豊は椅子を借りて座る。
もちろんドアは開け放たれている。
十一月、この時期、ある程度の学力はもう知れていて、どこを受験するかも分かっているはずだが、月子は何の目標も持っていなかった。
「とにかく短大なら、どこでもいいの」
「え?それは、どういう意味ですか?」
「森内さんには正直に話すけど、私、料理人になりたいの」
「料理人?」
「ええ、美味しいご飯を作る、教える方側になりたいの。でも、うちはほら父が書道家だし、私は一人っ子だし、将来は跡継ぎみたいな話もあって……」
「その話をしてないんですね?」
「うん」
「でもまあ、とにかく親御さんの意思を汲んで、まずは短大に行こうとは思っているって事ですよね?」
「はい、それは。少し遠回りしても人並みの学歴もあった方がいいと思うし」
「それなら、第一目標は短大入学でしょう。その本当の目的がバレないために」
「森内さん、有難う!話して良かった、です」
「あれ?急に丁寧ですね」
「だって先生ですから」
「は、あぁ、そうでした」
月子と話すと少し調子が狂う豊。
このあと驚愕の事実を知り、更に大狂いになることは、まだ気づいていなかった。
「じゃ、一学期の成績だけ、まずは聞かせてもらって良いですか?」
「え?勉強教えてもらうのに成績ですか?」
「得意不得意が分からないと、試験当日の作戦が立てられないですよ」
「あ、そうですよね……えっと、美術と体育と音楽、家庭科は5です」
「それは、すごい」
「で、国語が4で……」
「うんうん」
「……社会は3で」
「数学と英語と理科は?」
「2です」
「えぇっ!!?」
「すみません」
「あ、いや、だが、しかし、それは……英語は受験教科ですし……調理師なりたい方が理科が不得意となると……ついでに言わせ頂くと数学も調理には役に立つもので……例えば、200CCの水に塩をどれくらい入れたら、塩分濃度3%の溶液が作れるか?
とか……まあ塩、少々とかでもいいんでしょうけど……」
項垂れている月子。
「実践女子か昭和女子の家政科を狙うとして、受験科目は国語、英語、家庭科もしくは社会。国語と家庭科はご自身で知識を上乗せして貰うとして、僕と英語を頑張りましょう」
「短大に家政科ってあるんですか?」
「受験生なのに、何仰ってるんですか?」
「すみません……料理人になりたいしか考えなくて、とにかく短い大学を出て、修行にって」
「家政科だったら、調理の勉強もできますよ」
『この人って何者?辞職願を毛筆で書きたいって言って入門したって聞いて、変な人ってイメージしかなかったけど』
「さて、始めましょう」
「はい!宜しくお願いします」
返事は良かったが、月子の英語力は最たるものだった。まずは単語を覚えていない。
熟語は論外。
現在形、過去形、未来形すら怪しい。
短大の受験日は翌三月上旬。
その日まで気が抜けないと豊は思うも、この後例年年末過ぎるまで自分自身も仕事の気が抜けない時期が来る。
そろそろ毎週日曜日に来られていた書道も時間を取れない可能性も出て来るとは分かっていた。
次の週、豊は訪れた時、今後、時間がとれない可能性の話を月窓に伝えた。
その代わりと言っては何ですがと、差し出したのは月子用の手書きの問題集。
実践女子にターゲットを絞って、豊が自ら用意したものだった。
「君、寝てるのか?いくら頼んだにしても来られないからって親切にも度を越してるぞ」
「いえ、月窓師範にも奥様にも大変良くして頂きました。そのご恩をいつかお返し出来たらと思っておりましたので、自分にとりましては時節到来ですので」
「いやはや、本当にお前さんは変り者だとは思ったが」
月窓が笑う。
「もう一つ実はお話しておきたいことがありまして」
豊の神妙な顔つきに月窓は身体を強張らせた。




