外伝 月子と豊の物語 その①
100分の2の青写真をご覧頂き有難うございます!
「外伝 月子と豊」は、皆様既にご承知の通り、三枝薫子の両親の物語です。
"二人の出逢い"は、祐希と薫子のお話に入れ込めないほど、想いがあり過ぎて、外伝として追加させて頂くことに致しました。
もしかしたら本家より面白いお話かもしれません(笑)
短いお話ではありますが、月子と豊の人柄と馴れ初めが分かるものとなっております。
お楽しみ頂ければ幸いです♪
優月菜
「もぉー、本当嫌んなったなぁ!」
松内 豊、22歳独身。
大蔵省 銀行局奉職2ヶ月目。
上司に恵まれず、毎日、嫌々出勤する日々。
当時、独身寮の様な扱いで中野の民家の離れをあてがわれていた。
散歩が趣味の豊はたまたま吉祥寺という街に来てみたが、武蔵野の情緒を残すこの街がどこか長閑で懐かしく思えてならない。
このところ日曜日ごとに訪れては、井の頭公園手前の"いせや"で焼き鳥とビールでウサを晴らしては、翌日、また新たな気分で出社を試みるも、必ず、その上司の言われのないイヤミで心を打ち砕かれていた。
後日の日曜日。
井の頭公園のボートの中で寝転がり、一人青空を見上げる豊。
「なーんか、ひとりぼっちって感じ」
学生時代の友人達は、会社員生活が充実しているらしく、たまに夜の飲みの誘いはあるが、日曜日は彼女と過ごすらしく、全く連絡がない。
「うーむ」
豊はかねてより、そもそもこの仕事が合わないのか?上司との折り合いが悪いから仕事がつまらなく感じるのか?悩んでいた。
大蔵省に入省した時には、東大出の次世代のトップを取る男と見込んだ上層部もいたらしいが、それも今の銀行局では生かされている様な気がしない。
「辞めるか!」
どうやら心を決めたらしい。
「頼み込みに行こう!」
何やら思いついた事もあるらしい。
そして……
ここは書道教室を営む、書道家の自宅兼教室。
木戸門の上には、"月窓庵"とかなりの達筆で記された扁額※が掲げられている。
この木戸門の風流な佇まいに豊は魅入られ、吉祥寺に来れば必ず散歩コースに入れていた。
豊が思いついた事、それは……。
木戸門を開け中まで入る。
階段を八段ほど上がると、引き戸の玄関。
そろりそろりとその戸を開けた豊は中に向かって声を掛けた。
「ごめんください!」
中から出てきたのは歳の頃は四十代後半か?作務衣姿の粋な雰囲気の男性。
上り框の上から声を掛けて来た。
「何だね?」
豊は玄関の中には入らず、まずは引き戸の外から話し始めた。
「はい、私、森内豊と申しますが、折り入って、月窓先生にお願い致したい儀がございまして、いきなりで誠に失礼と思いながらもお伺いをさせて頂きました次第です。月窓先生とお見受け致しますが、少しお時間頂けますでしょうか?」
「ここまで入ってきて、今更だろう。まあ中に入りなさい」
「有難うございます。では、こちらでお話をさせて頂きます」
玄関の引き戸を閉めると、そのまま豊は話を始めた。
「実は、私この四月より、とある銀行に勤めて始め、このあたりのご用伺いをさせて頂いてる者です」
『嘘です、ごめんなさい』と思う豊。
「営業か?なら間に合っているが」
月窓が応える。
「いえ、本日は私的なお願いで参りました」
「私的なお願い……ほう、それは何だね?」
「期の途中からのご教授は頂けないのは承知の上でございます。それでも、すぐにでも書道をお教え頂きたく、お願いに参りました」
「看板に偽りなしだよ。途中からは引受けん!」
「そこを何とか!」
豊は大きなお辞儀をする。
「途中からでは、他の生徒さん達の迷惑にもなるから、引受けないことにしている。来年の春まで待ちなさい」
豊は頭を下げたまま
「それでは間に合わないのです!どうかひとつ、宜しくお願いします!」
「間に合わない?何か知らんがダメと言ったらダメだ!さあ、帰った帰った」
月窓はそこにあった下駄を履くと、豊の身体を回れ右させ引き戸を開けて、外に出そうとした。
豊は持っていた手土産を月窓に無理矢理手渡すと
「今日のところは失礼しますが、また来週も伺います!」
と言って帰って行った。
玄関の引き戸の中から月窓が見張っているのを確認すると、木戸門の前でまた丁寧にお辞儀をし、出た後にもう一度、頭を下げて木戸を静かに閉めて豊は帰って行った。
玄関の中に戻ると、上り框に妻の春子が立っていた。
「あなた!一人でも生徒さんを増やして頂いた方が有難いんですけど?」
「いやダメだ。大人は特に途中からでは足並みが揃わん」
「何か理由もありそうだったのに……また来週も本当に来るかしら?」
「もう来んだろうよ。ほれ、何か置いて行った」
「あら、"神田精養軒"のお菓子、月子が喜ぶわ。若いのに気が利くこと」
そんな会話が月窓夫妻の間でされていたことは、豊が知り得るもなかった。
そして翌週の同時刻。
豊は、今度はきちんと背広を着込んだ上で、横浜の老舗煎餅店"花見煎餅 吾妻屋総本店"の煎餅を手土産に訪ねて来たが、やはり月窓に追い払われた。
そしてまた翌々週の同時刻。
まて豊は背広を着込み、今度は"虎屋の羊羹の一本もの「夜の梅」"を持って馳せ参じたが、やはり月窓は首を縦には振らなかった。
よく翌々週の同時刻。
『どうせ、ダメなんだろうけどな……ちょうど一ヶ月だし、今日で駄目なら諦めよう』と、豊は考えながらも、この入門というハードルを超える為に、上司の嫌がらせにも耐えられたということもあり、忍耐力を学べたのが不幸中の幸いかとも思い始めていた。
「こんにちは!森内でございます。本日も懲りずにお願いに参りました。月窓先生、おいでですか?」
玄関先で声を掛けた。
すると中から月窓が自ら木戸を開けて
「入りなさい」
と声をかけてくれた。
※扁額 建物の門や室内の鴨居などの高い場所に掲げられる、横長の額縁(または看板)のこと




