第百七十話 ハワイのお土産話②
「佐野さんはね。僕の恩人なんだ」
豊が大蔵省入省一年目。
運悪く、かなりの曲者の上司の下で働くことになり、四月の末には最早辞めることしか豊の頭の中にはなかった。
横浜生まれの横浜育ちの豊の趣味は散歩。
たまたま吉祥寺を訪れ、この街の過ごしやすさを気に入り、ちょいちょい訪れては気晴らしをする様になった。
帰りには立ち食いの焼き鳥屋"いせや"で、一人でぶつぶつと上司の悪口を言いながら焼き鳥をつまみにビールを飲むと言うのが、いつものコース。
「そんな時、佐野さんがもう少しの辛抱だって言ってくれたんだけど……もう本当に限界まで来てて、でもただ辞めんのも悔しくて」
「何故か、辞職願を毛筆で書こうっ思ったんだよね?パパは」
「吉祥寺の街散歩で趣きのある書家のお宅を見つけちゃったからね。それが月ちゃんのお父さんの書道教室だったんだ」
「本当変な人でね。父は期の途中からは教えない人だったのに毎週日曜日にご指導下さいって頼み込みに来てね。父が根負けしたらしいの」
「まあとにかく書道を"いろは"から始めさせて貰って、そろそろ漢字をやってみるか?って師匠に言われた頃、意地悪な上司の汚職が発覚して、そっちが辞職しちゃった訳」
「上司の方のほうが辞職……その時に動いて下さってたのが佐野さんなんですか?」
「さすが祐くん、鋭いね!その通り!でなきゃ、今頃、僕はここにいなかったかもしれない!それで……祐くん、ハワイから戻った時に成田空港で再会したんだよね?」
「あ、はい。その佐野さんと」
「その時、レミーマルタン渡されたんだよね?」
「そうなんです!それはびっくりして……何で僕が帰る日をご存知なのか?とか一切知らないはずなのに、到着出口を出たところにいらして"よぉ、お帰り"って、手提げ袋を差し出されて」
「やっぱり」
薫子が続ける。
「その佐野のおじさんご夫婦がハワイ旅行の後、九月の上旬にお土産を届けがてらって遊びに来て下さった時に聞いた土産話がガイドをしてくれた好青年の話だったんだよね」
「怖い怖い」
「縁がありすぎ」
三枝夫婦が二人でブルブルしている。
薫子は興奮状態で後を続けた。
「さっきの祐くんから聞いた話しの通りで、佐野さんはお昼ご飯を一緒に食べた時、祐くんをビールに誘ったら大人っぽく見えてたのに、まだ未成年って聞いて驚いたらしいの。その時に出た話が、彼女のお父さんはブランデー好きで、お土産に買えたらいいんですけど未成年だからダメなんですよねって、それでとりあえずレミーマルタンを免税店で買って帰ったんだって」
「それを覚えてくれったって事だったんだよね?本当に驚いた」
豊が続けて聞く。
「ちょっと雰囲気違くなかった?」
「そうですね。ハワイの時と違ってパリっとされた背広姿で、お付きの方がいた様な……」
「あの人、ちょっと偉い人なんだわ。その日から海外出張だったんだよね。とにかく何か祐くんにお礼をしたくて、とある筋の情報から祐くんの帰航便を確認した上で君に会う為に時間調整したらしい。祐くんがすごく驚いてくれたのが、また嬉しかったらしいよ」
「確かに、たまたま出張でとは仰ってましたけど、そんな僕のためにお時間をとは、そこまでお聞きしてませんでした。僕も、もう驚きの方が勝っちゃって、何が何だか」
薫子が後を続けた。
「レミーを渡して、"ハワイの時のお礼だからお代はいらんよ"って言ったのに、当たり前の様に"高価なものですし、大切な人のお父さんに差し上げるものと考えているので、頂いたものをお渡しする訳には行きませんから"って、"お時間ありますか?"って確認された後、わざわざ"ちょっと失礼します"って、いなくなったと思ったら封筒を持って戻って来て平身低頭で差し出されて受け取らざるを得なかったけど後で中を見てみたら、むしろ多めのお金が入ってたって」
「それは、円だから切れのいい数字にしただけで」
「旅行の後で聞いた話の時はご夫婦でべた褒めで、その後の職場ではレミーを渡した時の話を佐野さんから聞かせて貰った時にも、その殊勝な態度にすごく感心してた」
「そうそう。最初にご夫婦でいらした時に祐くんだって分かってたら自慢できたのにね!残念」
豊に続けて月子が笑った。
「そうだ!祐くんを見せびらかす為に佐野さんをまたご飯に誘おう!」
「そうねぇ、もうこれからお仕事は忙しいから……お正月あけたらかしらね?」
「二人とも気が早いね!来年の話したら鬼が笑うって言わないっけ?」
祐希一人が照れ笑いしていたが、三枝家三人は楽しそうに笑い合っていた




