第百六十四話 旅立ち
「本当に見送りに行かないの?」
「うん」
「どうしても?」
「うん」
直希は大学を休職し、裕子と共にしばらく英国に行くことになった。
直希の左手の傷は癒えたものの、裕子の精神面はまだまだ不安があり、英国であれば留学経験のある直希が共に生活をするのに不便がないからと彼女の静養地として選んだのだ。
そして明日がその出発日。
薫子と祐希は今、新宿の祐希の部屋で一緒に冬休みの課題をこなしていた。
「成田からアンカレッジ経由のJALに乗るんだよね?確か十三時発の……見送りも二時間前には着いてないと検問とかあってロビーにも入れないみたいだから、十一時に着くとしたら……スカイライナーが一番早く行けるよね?」
「カコちゃん、手が止まってる」
製図台をニ台横並びに窓際に設置して、二人で既存の有名住宅の図面のトレースをしている。
「あのさ、ちょっと休憩しない?』
薫子が祐希の後ろから抱きつく。
「しない」
「祐くんのカフェオレ飲みたいなぁ」
「……」
祐希の部屋は廊下を中心にとは言っても、カーペットが敷き詰められているので明確な仕切りはないが、右側はフラットな空間部分とは別に数段の階段を上るとバーカウンターの様なキッチンがある。
カウンターには足高の丸椅子が二個。
ちょっとしたテーブルは置けそうだが、何も置いておらず、端の方に間接照明の大きな月の様なランプが一つ直置きされている。
その下階段部分は隠し収納になっていた。
カウンターの丸椅子に腰掛けて、二人でカフェオレをすする。
「祐くんのカフェオレが一番美味しい」
「本当?」
「うん」
薫子がカップを手にカウンターに肘をついている祐希の肩にもたれかかる。
「あのね……」
「うるさい」
祐希は薫子の口を唇で塞いだ。




