第百六十三話 お詫びの挨拶・加筆・修正あり
今年の冬は厳寒になると予想されており、既に毎日寒い日が続いていた。
そんな十二月の最初の日曜日の昼下がり。
突然、稲垣家の人達が三枝家を訪ねて来た。
月子が門扉を開け、玄関へと誘導する。
直希を筆頭に、裕子、祐希と続いて中に入る。
玄関の上り框では、直希が一人で訪れた時と同様に豊が腕組みをして仁王立ちで待っていた。
「いきなり、何の前触れもなく本日はどの様なご用件ですか?」
豊がまた憮然とした態度で対応する。
薫子は二階の階段手前の廊下で息を潜めて成り行きを伺い、豊に目配せをされ月子は玄関から上がらず、ドア前で、そのまま待機している。
直希が話し始める。
「突然、ご訪問を致しまして誠にに申し訳ございません。母の体調のこともあり、早々にお詫びに上がらせて頂きたく思うところ、遅くなりましたことをまずはお詫び申し上げます」
三人揃って頭を下げる。
豊は変わらぬ態度で
「それは、もう済んだことです。しかも何らかの手回しがあったのか噂にもならず、お互い忘れてしまった方が良いものかと思っていましたが」
「そうは参りません。お嬢さん、またご両親様におかれましてはご不安な思いをさせた事、お詫びのしようもございませんが、私共の誠意だけはお汲み取り頂きたいと……」
「誠意とは?」
「こちらをお納め頂きたく存じます」
直希は手持ちの風呂敷包から老舗銘店の木箱の菓子折りを出すと頭を下げて豊に差し出した。
「こちらは何の誠意でしょうか?」
「お嬢さんのお心に傷を残した事とご両親様におかれましてはご心配をお掛けしたお詫びでございます」
「結構です」
「……!?」
直希は慌てて再度深々と頭を上げて言葉を続ける。
「どうかお受け取り下さい」
「いえ、結構です」
「どうしてもお受け取り頂けないのでしょうか?」
「本来、迷惑をかけた人が謝るのが筋ではないのですか?お宅のお母様は渋々着いていらした様に思えますが、違いますか?」
「母はまだ心を病んでおりまして、ただただお詫びだけでもと今日はどうにか出かけて来られたので、私が代わりにご挨拶させて頂くことに致しました。それが三枝様のご気分を害されたのであれば、私の至らぬこととお許し下さい」
確かに最初の挨拶の時には裕子も一緒に頭を下げたものの、後は自分とは関係ないことの様に立っていた。
直希が頭を下げた時、祐希も一緒に頭を下げるも、裕子だけはそっぽを向いて手元の指輪をいじったり、手持ちのクラッチバッグを触ったりしていたのだ。
「それにしても……では何故、稲垣さんではない琥原君が一緒に謝るのかな?」
豊は祐希に話を振った。
「それは薫子さんを不安にさせた原因の発端が僕にあるからです。本日は兄に僕が無理を言って同行させて貰いました。この度は薫子さんの気持ちも考えずに僕が身勝手な行動をしたことで、薫子さんの体調不全や精神的な苦痛を引き起こして追い込んで、この様な事態を招くことになりました。本当に申し訳ございませんでした」
「うん、分かってる。でも、もう君はその事は薫子本人に謝ったよね?」
「あ、はあ。ですが、本日はご両親様にも……」
「それは本人同士の問題だからね」
豊はニコニコしながら言った。
「え?でも」
その時、豊が祐希に過大なる寛容な態度を取るのを見て直希の祐希への溺愛スイッチが入った。
「三枝様。当方の弟祐希に対するお言葉と私共に対するお言葉使いのお違いは何なのでしょうか?大蔵省の次期大臣官房審議官と目される様なお方が、一介の大学生の方に肩入れされるとはどう言ったご事由か伺いたいものです」
「え?その立場だと好き嫌いも言えないのなら、僕はそんな役職お断りだ」
「え?何を仰って……」
「とにかく!謝罪は謝罪として、言葉で受け取りました。お帰り下さい。月ちゃん、外までお送りして」
「はい」
月子は玄関を開け放つと、裕子が我れ先に出て行くのを直希が慌てて持って来た"お詫びの品"を抱えたまま、豊に一礼すると追いかけるように出て行く。
その後を祐希が
「かえって申し訳ございませんでした」
頭を下げて出て行こうとした時、
豊が慌てて
「祐くんはさ、いつでも家に遊びに来ていいんだからね」
小さく声をかけた。
「有難うございます」
祐希はこの家族と巡り会えた奇跡に胸の高鳴りを抑えられなかった。
その後、玄関に戻って来た月子に豊が呟いた。
「本当の金持ちって怖いねぇ……」
「何?なんで?」
「さっきお兄さんが持って来た木箱、その筋では有名な二重底の菓子折りだよ」
「二重底!!まさか……噂の」
「お菓子だと思って受け取ったらアウト」
「ひぃー!本当に存在するんだったんだ?」
「普通に店に並んでる木箱だけど重そうなんだ。検分させて貰ったことがあるから確かだよ」
「いったい幾ら……」
「しっ!それ以上は話したら……壁に耳あり障子に目あり」
ここに大人の社会の暗闇の縮図が持ち込まれるとは思いも寄らなかった豊は、早めに本当の勤め先を薫子に話そうと決めた瞬間だった。




