第百六十二話 どうしてホテルに住まい?
「そう言えば、このホテルに住んでるんだよね?」
薫子に聞かれ祐希が話し出した。
「うん。遺言信託財産ってヤツで、鎌倉とここ、それと幾らかの金銭……あとはホテルを建てる時に父の設計図を使ったら入る設計料」
「設計料?」
「木元のご両親が経営してる系列のホテルが都心に何棟かと全国の主要都市にもあって、高級ホテルと、ここみたいな都市型ホテルと、ビジネスホテルをやってるんだよね。三十年くらい前から、そのほとんどは父が設計したもので……」
「たくさんあるよね?でも……確か」
「そう、父は俺が中学に上がった頃にイタリアで交通故で亡くなったから……でも設計図だけは、その都市に合った建物を想定したものを何棟か描き溜めしてて、今その図面の所有権の全ては木元のお父さんにあるんだ」
祐希は淡々と話を続ける。
「まあ、実際は建築している間の監督したり設計図通りにことが運んでるかどうかは父には、もう確認できないことだから……本来なら、そんな事ないはずなのに、木元のお父さんとの間に父との信頼契約みたいなものがあったらしくて、とにかく父の設計図を使用したら設計料が俺の口座に入金される様になってる」
「そうなの……」
『光希先生の設計料って、いったい幾らくらいになるんだろう……しかも何棟ホテル建てたの?』
薫子はどのくらいの資産になるのか考えるだけで恐ろしい気分になる。
「ここについてはさ。まるで自分がいついなくなってもいい様に支度して逝ったみたいだなって木元の父さんに言われた時には、何で!?って思ったけど……俺のいる場所を作ってくれたのかもなって思った」
「それは?」
薫子が小首を傾げた。
「父は、亡くなる前に自分で設計した、この部屋をこのホテルの設計料と交換に、自分の住いとして使う権利契約をしたんだ」
「え?ホテルに住むための権利?」
「ホテルも老朽化したら、普通の家と同じだから、十〜十五年目あたりで改修を入れたりするけど、建物自体の大がかりな改築が必要な二十五〜三十年目あたりの時までって期間限定でね。今もう既に建立から十年は過ぎたから……」
「そうか…… その時には祐くんも大人だもんね」
「そうだね。いつまでも親に頼ってんなって事だよね」
「……一人で寂しくなかったの?」
「うーん、あの頃は兄さんが留学してたから稲垣の家にいても独りみたいなもんだったし……いつか兄さんは裕子さんのご実家の後を継ぐ為に改姓もする事になってたから、一人になる心構えはあった」
「改姓?!」
「そう、だから裕子さんは兄さんを結婚のタイミングで、ご実家の跡継ぎにさせようと躍起になってた。でも俺にとっては……もし、その時に稲垣姓を名乗ってたら裕子さんとの関係はもっと複雑になったはずで……言わば全くの他人が同姓ってことになるから」
「光希先生は、それを思って祐くんの事、琥原姓のままにした」
「うん。最初は兄さんと苗字が違う事が嫌だったけど……父の想いが分かったのは最近」
「それで本来なら十八歳になったら受け取るはずだった信託財産も裕子さんが、俺にした事を自分自身が辛かったからだとは思うけど、弁護士さんを通じて手続きして早めてくれたおかげで、高校に入学して、すぐにこの部屋に住める様にしてくれたことには感謝してる」
そして、実はハワイのホテルが"本当の最後の作品"だったと祐希から聞かされた薫子は心から驚いた。
「え!そうだったの?そんな前にコンセプトを考えて、図面引いたって事?」
「木元のお父さんも、なかなかハワイのホテルが実現しなくて悪かったなって報告くれて、これが最後の設計料になるからって言われた時にハワイでのバイトを思いついちゃって……」
「見てみたくなった」
「うん……でも、父の偉大さを知るのも怖かった……けど、カコちゃんと一緒にいる方が何倍も怖かったから」
「ハワイに逃げたんだよね」
薫子の頬がぷぅっと膨らんだ。
祐希はそんな薫子も可愛くて、また思わず抱き寄せた。




