第百六十一話 公園のお砂場⑤
「え?何で?」
「独り言が聞こえて……直希さん"どんな顔するかな?"って楽しそうだった。それって琥原くんが来たら、どんな顔するかな?って事だったと思う」
「え?」
「でも結局、琥原くんは来なくて、一緒に来てた他のお友達から暑いしもう帰ろうぜって言われて"またね"って帰っちゃったけど、琥原くんと一緒で二度と来なかった」
「二度と来なかった?」
「そう二人とも」
「直希さんは覚えてると思うけど……」
「聞く気はないよ」
「そっか」
「それより何で覚えてなかったか?なんだけど」
「それそれ」
薫子は稲垣邸に乗り込む前に祐希との幼稚園時代の思い出に関して、自分が思い出さないとダメだと思うと言いながら、母は祐希との思い出とは告げずに"大切な事"を忘れてしまったのは何故なのか?だけ話してくれていた。
「私は雨が降っても毎週水曜日お砂場に行って、祐くんを待ってたらしいの。この後の話を、昨日、母から聞いたんだけど、その雨が元で風邪を引いて三日三晩高熱出して寝込んで治った後、お砂場に行ってたこと自体も忘れてしまったみたい」
「そうだったんだ」
「大学病院の心療内科って言うところにもかかったらしいんだけど、心を守る為に辛い思い出を忘れてしまうことがありますってお医者さんから言われたんだって。思い出すのは本人次第って、くれぐれも無理に思い出させようとしない様にとも言われたって母が言ってた」
「それにしても周りの人達が覚えてるのに、本人達がすっかり忘れてるって」
「母は、それだけ二人とも幼心にも辛かったんじゃないかな?って言ってくれた。私の方は、思い出すきっかけになればって両親が思って、実は、今もうちの庭に祐くんが作ってくれた泥団子が置いてあるの。でも私は作った覚えがないのにこれって誰が作ったのかなぁ?くらいにしか思ってなかったけど」
「え?今もあるの?」
「すごいよね!ものすごく上手に作ってあるから!でもね、お砂場で一緒に遊んでいた頃の私、少し溜まると一個壊してたんだ」
「何で?」
「城壁出来たら来てくれなくなると思って」
「一段じゃなくて二段三段って重ねる予定だったんだけど……なかなか先に進まなかったのは、そう言うことだったんだ」
祐希が笑うと薫子は恥ずかしそうに謝る。
「ごめんなさい」
「でも、それだけ一緒に遊びたかったって思ってくれてたって事だったんだよね?」
「うん、もちろん!だって本当に雨の日も風の日も通ったもん……」
「俺は正直何で忘れたのかは分からない……けど、今のカコちゃんの話を聞いてたら、二人の楽しそうな様子を見て、兄さんに遠慮もあったからなのかな?って思った。だから大切な時間だったのに記憶を封印したのかも」
「封印……そうだね、きっと。その頃は直希さんのことの方が、もっと大好きだったんだもんね」
「ごめんね。忘れたりして」
「え?それはお互い様」
薫子は笑った。
「カコちゃん……」
「ん?」
「俺のことも名前で呼んで」
「え!?」
薫子は驚きと戸惑いで真っ赤になっているだろう自分の顔を両手で隠した。
「ねぇ、兄さんのことは直希さんって、やっぱりおかしいよね?」
「だから、それは……致し方なく」
「致し方なく?何?」
顔を隠しているはずの両手を外された、そこには琥珀色の瞳が待ち構えていた。
「琥原くん?」
「呼んでくれるまで離さない」
そう言ったかと思うと祐希は薫子をギュッと抱きしめた。
痩せ型だと思っていた祐希は鍛えているのか、筋肉が程よくついており、腹筋も割れていた。
スウェットの上からでも、その胸板の厚みが分かって薫子はドキドキが止まらない。
「あの」
「……」
祐希は名前を呼ばないと応える気もない様だ。
「祐くん」
「ん?」
嬉しそうに応える祐希に薫子は
「運命って本当にあったんだね」
と言った。




