第十六話 送られて
「大学の裏の弓道場の門から帰ってたんだね?」
と祐希が聞くと薫子が小さく頷く。
「それでいつも駅方面に行かないから、かき消す様にいなくなるって話だったんだ」
「それもそうですが、近過ぎるから父から通学経路は信用出来る人以外には知られない様にしなさいと言われていたので……でも帰りが遅くなる時はバスで帰るので私が駅まで琥原くんを送ります!」
「僕は今信用出来る人になってないのかな?」
祐希に言われた薫子はぶんぶんと首を横に振った。
「じゃ、もう裏道の方まで来てるんだし歩いて帰らない?」と祐希。
「え?でもそしたら琥原さ…琥原くんの帰りが遅くなっちゃいます!それでなくても吉祥寺までまた来てもらってるのに」
「俺は男だから大丈夫!それよりカコちゃんが疲れてるなら我慢するけど……俺はもう少しまだ一緒にいたいんだ……だめ?」
「ダメじゃないです」
「じゃ、決まりね……えーとどっちに向かえばいいの?」
聞かれた薫子は
「でも本当に十五分くらい歩きますよ」
「カコちゃんがイヤなら……」
祐希のシュンとした顔に薫子が弱いのは、もう祐希も心得てる。
「では、宜しくお願いします」
ちょっと悩ましい顔をしながら薫子はお辞儀をした。
「善福寺公園の方だったんだね?」
「はい」
杉並区善福寺川あたり緑が多く、武蔵野の古き良き時代の香りを残す街。どこか遠くからソナチネを弾いてはやり直すピアノの音が聞こえてくる。
女子大通りを過ぎて四軒寺の交差点を過ぎると善福寺公園の上池の方側に出ると薫子の家はもう近い。
その時薫子が
「少し回り道してもいいですか?」
と聞くと祐希は嬉しそうに
「もちろん」
と答えた。
上池に沿って下池公園の方に向かう。
善福寺公園の周囲の道は歩くだけでも良い散歩道だ。公園内の舗装されていない池の周りは朝夕は犬の散歩連れの人にたくさん会う。
そこを二人で歩く。
「足元気をつけてね」
と祐希が言うと
「琥原くんも気をつけて下さいね」
と薫子。
そして上池と下池の間あたりで
「ここから戻ってもいいですか?」
と薫子。
「うん、上池の近くなんだもんね、そこまでは送るから」
また歩き出す。そしてその時
「明日なんだけど、もし良かったらデートしない?」
祐希が何気なく言った。
「え!!?」
突然の申し出に薫子は下を向きガチガチに固まってしまう。
「カコちゃん?」
と祐希が覗き込むと
「デートって……」
ようやく口から言葉が出た。
「もし良かったら上野に行かないかな?と思って」
薫子は目が覚めた思いだった。『上野』それは建築を学ぶものの聖地とも呼ばれる場所の一つ。
様々な建築様式の建物がある。
「行きたいです!」
「え?そんなに行きたいところだった?」
「ものすごく行くのも久しぶりなので、是非!」
「えーと、俺と出かけるよりも上野に行くことの方にものすごく意味ありそうだね?」
苦笑する祐希。
「あ!そんなことは……でも上野は私の建物愛が芽生えた場所だからかもです」
「え?建物愛?」
初めて三枝一家が上野に出かけたのは、幼稚園の年中になって少し経った頃の薫子を上野動物園に連れて行くのが目的だった。が、父の気まぐれで新緑の美しい頃なので上野公園の緑の木々もちょっと見て行こうと行った先で. 東京国立博物館 表慶館に出会ってしまったのだ。
そして東京都美術館、東京文化会館などに目を奪われた薫子は、当時人気だったお猿の電車に乗るのを忘れた。
「そういう訳でして……その後は自分だけではいけない歳でしたし、あとは勉強ばかりしてて、どこにも行かなかったんで……」
と理由を聞いた祐希は
「幼稚園の頃のカコちゃんもすごく可愛いかったんだろうけど……今の建物愛語るカコちゃんもすごく可愛い」
クスッと笑った。
「じゃ、明日行こう!」
「えーと、どこで待ち合わせとか……」
「多分行き方分からないんでしょ?」
「何で分かるんですか?」
「うーん何となく……箱入り娘っぽい」
「そんなこと!……」
「あるよね?何線で行くとどこに行くとか、あまり分かって無さそうな気がしたんだよね」
「……渋谷から帰る時も何とか線でって琥原くんに言われても実は分かってなくて、渋谷ってそんなに電車通ってるんだってビックリしました」
「やっぱり、そんな気した、でも電車の切符の清算とかは、よく分かったね?」
とからかう様に祐希が続けると薫子は
「それくらいは分かりますよ!値段表見て買うんですから遠くに行けば高くなるくらいは……もう、恥ずかしい……」
「ごめんごめん…じゃ明日吉祥寺駅まで迎えに来てもいい?」
「え?でもそんな…」
「じゃ、上野の西郷さんの前でって分かる?」
「いじわるですね……」
薫子の赤らむ顔を見て祐希は笑いながら
「明日10時頃、31のあたりで待ってるよ」
「え?ちなみに琥原くんはどこから通学してるんですか?本当に大丈夫ですか?疲れませんか?」
「今の俺は最強だから!むしろこのままずっと一緒にいたいからバイバイする方がつらいよ」
「え?バイバイですか?琥原くんの口からそんな言葉が出るとは思いませんでした」
今度は薫子が笑うと、祐希が怪訝そうに
「俺って、どんなイメージなのかな?プリン好きって言うと、えっ?って言われたり」
「イメージはバイバイするのがツライよりは、別れが辛いよとかですかね?あとプリンよりはブラックコーヒー?」
薫子が言うと祐希は吹き出し笑いをしながら
「コーヒーは苦いからカフェオレ派なんだけど」
「あ!私も」
祐希は嬉しそうに続ける。
「俺達、食べ物も好きな物が似てる気がするんだけど、さっきのサンドイッチ、玉子もハムチーズも美味しかったけど、断然、玉子派でしょ?」
「え?分かりました?」
「だってニコニコしながら食べてたし、野菜ハムチーズの方がちょっと多めに残してた」
「琥原くんといると何でも美味しそうで食べてみたくなってしまって……残してごめんなさい。でも食べて頂いて助かりました。せっかく作って頂いた食べ物を残すって失礼ですもんね。」
薫子の言葉に
「俺の方が身体大きいし、あのくらい食べられるから全然いいんだけど……本当カコちゃんって本当気遣いの人だね……いつもそんな風に思ってるの?」
「あの私、赤ちゃんの頃すごく小さく生まれて、たくさんの方々に助けられて今があるって両親からたくさん聞かされてて、それとご飯の前の"頂きます"は命を頂く事だからねって……だから日々感謝なんです……大学に入れてからは今日もたくさん学べて良かったって」
「そうなんだ、なんかすごいな……俺なんか四月中大学行くか辞めるかダラダラ考えてて……」
「でもそれは琥原くんにとっては考えるための大事な時間だったんでしょう?」
と真面目な顔の薫子を見て、祐希が頭をかきながら
「ごめんなさい」
と言った。
「え?どうして私に謝るんですか?」
「四月から大学にきちんと来てればカコちゃんとそれだけ早く出会えたのに、今日一日バカだな〜俺としか思ってませんでした」
祐希に見つめながら言われた薫子は頬を赤く染めながら『本当は私もそう思ってたよ』と心の中で呟いた。




