第十五話 プリンなら食べられる?
井の頭線車内、二人は並んで座っている。
祐希は大事そうに薫子の手を握ったままだった。
薫子の隣の席に誰も来ない様に端席を選んで電車を一本やり過ごしての乗車。
そして……
「三枝さんがそんな事しようとした日だったとは、本当にごめん」
謝る祐希に
「いえ、私が変な事してるだけなんで……こちらこそお気遣いすみません」
電車の切符を薫子が断っても勝手に連れて来たのだからと祐希が吉祥寺まで切符を購入してくれた。
そのやり取りで改札に入るまでにも時間がかかり、その理由を事前に聞いた祐希が何度も謝るので、その都度繰り返される何回目かの話に二人の会話を聞いている乗客がいたとしたら、初々しいと思うのか?先に進めと思うのか?
ぼんやり車窓を眺めている薫子に祐希が話しかける。
「あのさ、三枝さんのことこれから俺もカコちゃんって呼んでいい?」
「はい、もちろんです」
こくこく頷く頬の赤いままの薫子。
「俺のことは?名前で呼んでくれたりする?」
「それは……これと一緒くらいハードル高すぎです……」
重なり合うお互いの手を見つめると、少し寂しげな祐希に向かい顔を寄せて囁く様に
「琥原くんって呼ばせて下さい」
不意打ちを食らったかの様に祐希は顔を真っ赤にして、確かめる様に反芻して
「琥原くん、琥原くん…俺だけ、"くん"だね?」
「はい、そうです」
にこりと笑う薫子に祐希は心からこの子を大事にしたいと思った。
吉祥寺駅に着くと祐希が
「お腹空いたよね?何か食べたいものある?」
と聞く。先に移動して慣れ親しんだ吉祥寺駅周辺のどこかで何かを食べたいと言ったのは薫子で、あの時は胸がいっぱいで食べる気力がなかっだからだったが、実は今も胸がいっぱいのままだった。
左利きの祐希は自分が手を自由に使えるので薫子に構わず手を握ったままなことも慣れない薫子のドキドキが収まらないのも食欲がわかない理由なのかもしれない。
「まだちょっと…」
と薫子が言うと
「具合悪い?」
祐希が心配そうにする。
「そう言う訳ではないんですけど……」
「そう言えば、もうおやつ時間じゃない?お昼は飛ばして甘いもの、プリン食べない?」
提案された薫子の顔が少し驚いた様にしながらも口元が緩んだのを祐希は見過ごさなかった。
「甘いものは元気が出るからね!いいところ知ってるんだけど、そこでいいかな?」
祐希に聞かれ、薫子は嬉しそうに頷いた。
吉祥寺駅から少し離れた一軒屋が建ち並ぶ中、喫茶店を開業している店"SUNNY"がある。
五十代ぐらいの夫婦が二人で切り盛りしている。
祐希が慣れた様に押し扉を開けるとドアベルがチリンチリンと音を鳴らす。店中に入ると奥さんと思われる女性が方が
「いらっしゃいませ。空いてるお席にどうぞ。」
とこの落ち着いた喫茶店の雰囲気に合わせた挨拶をして迎えてくれた。
窓際に二人用テーブル二席、壁際にニ人用一席、
窓際から見ると、ちょうど目隠しの壁になる様な衝立の向こう側に四人用が二席がある、その向こう側は調理をするスペースの手前にカウンターがあり四席ほど腰高の椅子があり一人でもふらっと入れる様なこじんまりとした喫茶店。
だいたいの席が埋まっていたが運良く奥手にある窓際席が空いている。
客同士の視線が気にならない様に配慮もあり、全ての椅子自体の背面が高めの木造りの背もたれになっている。
「素敵なお店ですね……ここ私なんかが来て大丈夫ですか?」
薫子が席につくなり心配そうに言うと
「大丈夫、純喫茶だから」
笑う祐希。
奥さんがお水のコップとおしぼりを持って来た。
「あらあら琥原君お久しぶり。可愛いこの方は彼女さんかしら?」
と他のお客さんに聞こえない様に囁くと祐希が嬉しそうに
「今日からね」
と答えると慌てて薫子は椅子から立ち上がると
「三枝と申します、宜しくお願いします」
とまるで祐希の母親に挨拶するかの様に頭を下げた。
「あらあら、こちらこそ。琥原君はとってもいい子だけど、彼女さんも負けないくらいいいお嬢さんの様ね」
と笑いながら
「ご注文お決まりになったらお声掛け下さいね」
メニューを置いて立ち去った。
「何にしようか?まずはプリンね、ここのプリン不二家に負けないくらい美味しいよ」
と祐希。
メニューを横向きに置き二人で見ながら、
「焼きプリンなんですね…美味しそう」
「プリンアラモードを一人一個ずつとサンドイッチを一つ頼んで半分っこしない?」
祐希が提案すると、薫子が『それ!いい!』と思って、うんうんと頷く。
「じゃ、そうしよう」
と祐希がオーダーした。
「はい、お待たせしました。」
奥さんが、全部一緒にと祐希に言われたのでテーブルの二人の前に可愛い横長の脚付ガラス皿のプリンアラモードをそれぞれ一つずつ、サンドイッチの皿は真ん中に置く。
「では、ごゆっくり。」
奥さんが席を離れようとした時薫子が
「有難うございます」
と言うと
「あらあら、こちらこそですよ。琥原君、本当に素敵なお嬢さんね」
と祐希に声をかけると、
「本当に俺にはもったいないくらいで……」
顔を真っ赤にして答えるのを見てる薫子も真っ赤になった。
そんな二人を見て奥さんはニコニコしながら、
「あらまあ、こちらの方がご馳走さまね」
と立ち去った。
「サンドイッチもプリンも結構ボリュームがありますね」
と薫子が言うと祐希が
「学生に優しいお店なんだ」
「確かにメニューに載ってたお値段も…優しい。」
「食べよっか」
「はい」
二人は同時にいつものお昼時と同じ様に両手を合わせて「いただきます」と少し頭を下げた。
「もう食べられません……どうしましょうサンドイッチ半分も食べられないです」
とボリューム感満載のサンドイッチに音をあげる。
お互い気になるプリンを先に食べて、サンドイッチをつまみなから、最後にアラモードのフルーツを食べると言う食べ方をする事にしたが、薫子のお腹はサンドイッチの四分の1のあたりで残っているフルーツを片付けるくらいしか余裕が無さそうだ。
「俺食べちゃってもいい?」
と祐希。
『食べかけではないけど……いいのかな?お支払いの時どうすればいいのかな?』と自分の分の会計を考える薫子は思う。
「でも半分っこって……」
「またお会計がどうとか考えてるでしょ?」
「え!?」
「やっぱり、カコちゃん分かりやすっ」
祐希は瞬く間にサンドイッチを平らげた。
「ご馳走様でした」
店を出る時、店主も奥さんもドアの外まで出て見送ってくれた。
まあ祐希がテーブルから会計票を手にした時、薫子がすかさず
「あの半分払わせてください」
というやり取りがレジまで続き揉めているのを、喫茶店にいる皆が「付き合いたてだよねぇ」「可愛いねぇ」と温かい目で見ていたのを二人は気づかずいていなかった。
奥さんが
「じゃ今日は琥原君のおごりでね!」
今日はを強調してくれて、やっと薫子が引き下がったと言う状況の後のことだ。
店主と奥さんが振り向いてはお辞儀をして遠のいて行く祐希と薫子を見ながら小さく手を振りつつ
「琥原君、いい彼女見つけたね」
「いろいろある子だからね、幸せになってくれたらいいね」
と話していたのを二人は知らない。




