第百五十話 一緒に帰ろう
「申し訳ないが見送りはしないよ」
「分かってます。早く病院に行って下さい」
兄弟の最後の会話は簡潔だった。
薫子は祐希に背中を押されて部屋を出る時に、少し考えたが後ろを振り返るのをやめた。
何か言葉をかける事も顔を見ることも、むしろ直希に薫子への未練を残す様な気がしたからだった。
玄関室で祐希が
「ちょっと待ってて」
と言って戻って来た、その手には薫子が、あの日置いて帰ってしまったモンベルのジャケットとプルオーバーがあった。
「私は今日セーター着てるから、ジャケットだけで大丈夫。プルオーバーは琥原くんが着て」
「俺はライダースジャケットを着るから大丈夫」
「ダメだよ。いくら何でも、そんな薄いシャツだけじゃ……まさか、あの時裕子さんの注意を私から逸す為にわざとジャケット脱いでから部屋に来たの?」
『相変わらず鋭い』と祐希は思う。
シャツにライダースジャケットだけで鎌倉に向かってしまったのは、あのとき薫子に出かけるように見せかける為で、部屋に戻るはずだったからだが、シャツだけで裕子の前に現れたのは彼女の言う通り、彼女への執着心を裕子から引き離す為に考えた事だった。
「違うよ……じゃプルオーバーは俺着るから」
プルオーバーに頭を入れて、ライダースジャケットを手に取ると祐希はブーツを引っ掛けるように履きながら玄関扉を開けた。
玄関ポーチの真横にバイクがあった。
祐希は、ジャケットを着込んだ薫子を軽々と抱き上げると後ろのシートに乗せて、ヘルメットを被らせた。
『軽い……前よりも』それが自分の責任だと思い知って辛かった。
エンジンをかけると祐希は小さくバンザイをする。
薫子は祐希のライダースジャケットの中に手を入れて、その中で固く両手を握った。
廊下の窓際で、祐希と薫子の様子を見守る、寂しげな直希の姿があったことを二人は知らない。
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途中、数回休憩を入れるも二人は少しぎこちなく話が出来ないでいた。
遅めの昼食を取るも会話がない。
数回目の休憩の後、バイクに戻ったとき、祐希は思い切って今頃とは思いながら薫子にこう言った。
「一緒に帰ろう」
「うん」
薫子が嬉しそうに頷いた。




