第百四十七話 裕子の想い②
ただそれも一瞬のことだった。
「確かに光希さんは素敵な人で仕事も出来た。でも私と直希さんは愛されてなかったのよ……それでも、ここには高校生の直希さんと幼稚園の頃の祐希との家族の思い出は詰まってる」
「それならどうして?そんな思い出の場所を穢す様なことをなさったんですか?」
「直希さんが大学生になった頃、あの人勝手にここを自分の好きなように改築してしまって……私の居場所がなくなったわ」
「え?」
「子供達の部屋は残ってるのに、ここは……私の部屋はこの書斎になった」
「そんな……」
「どう?分かったでしょ?他人の子供を育てさせておいて、家族になるのかと思えば、結局、切り捨てて逃げる……あの人は東京のうちにも帰って来なくなったのよ」
「……ずっと、寂しかったですね」
薫子が呟いた。
「……あなたに……あなたなんかに何がわかるのよ!!」
スケールが薫子めがけて振り下ろされ様とした時、
「きゃっ」
両手で顔を覆い目をギュッと閉じて俯くも、何も起きない。
恐る恐る目を開けると祐希が薫子を抱きしめていた。
「どきなさい!その子にはお仕置きが必要なのよ」
「薫子さんを傷つけないで下さい」
裕子は祐希の背中をどうにかして動かそうとする。
「祐希どきなさいっ」
裕子が祐希の濃紺のカラーシャツの背中を掴んで薫子から引き離そうとした時、薄手の絹のシャツは簡単に破けた。
「遅くなってごめんね。君のことは俺が必ず守るから少しの間だけ我慢して」
薫子の耳元で祐希が囁いた。
そして祐希は裕子に向かって後ろも見ずに言う。
「俺は何されても構いません!でも、もうこれ以上薫子さんを傷つけたら許さない!」
裕子は何も言い返さないで祐希の背中を押したり引いたりを繰り返していた。
祐希は間を置いてから、こんな言葉を続けた。
「それに、こんな事を繰り返したら、またあなたが辛くなるだけなんじゃないんですか?」
その言葉に裕子は、祐希を薫子から引き離そうとする手を止め苦々しい顔つきになると、机に戻ると何かを探し始める。
薫子は祐希に向かって
「琥原くん?……」
「もう少しだけ我慢すれば、あの人落ち着くと思うから……」
その時、薫子が少しの隙間から裕子見て
「駄目っ!!」
祐希のガードから前に左手を伸ばした。
その言葉に祐希が振り向いた時、裕子は手にハサミの片刃だけの様な形のナイフを持っていた。
「どきなさい祐希」
「どきません」
祐希と裕子の会話に薫子が言う。
「いやダメ!そんなのダメ!やめて!」
それを無視して更に強く彼女を組み伏せる様に祐希は抱き寄せた。
頭を下げられた薫子にはその時、何も状況が見えなかったが、頭の上の方で知ってる声がした。
「母さん、また事件になりますよ」
裕子が祐希の背中めがけて振り下ろしたナイフの刃を直希が左手で下から握っていた。




