第百四十六話 裕子の想い①
「目が覚めたかしら?」
左ハンドルの前方座席から裕子がルームミラー越しに薫子を見ながら声をかけて来た。
気を失っていたのか?
頭がぼんやりすると思いながらも薫子は少し身体を起こした。
「ここは……?」
九月にハワイから戻った祐希に連れて来て貰った鎌倉の家だ。
「さあ、降りるのよ」
今度は後尾座席から引きずり下ろされた薫子だった。
家の中に入ると迷わず右廊下に進むと、一つ目のドアを開けて中に入る。
祐希が背中を見せてくれた書斎だ。
薫子はそのカーペット敷のフロアに背中から突き飛ばされた。
「悪いコはお仕置きしないとね」
裕子が笑いながら机の上やら、ペン立ての中から何かを探している。
まだ意識が朦朧として立てない薫子は何も出来ずに座り込んだままだ。
「あったわ」
裕子は嬉しそうに右手に長さは三十センチのステンレス製の細身のスケールを握っていた。
「これはね、光希さんが使っていたものなの。これでいつも設計図の線をそれはそれは綺麗に引いていたわ」
そう言って左手をそっと添える。
「さあ、腕を出しなさい」
薫子は何を言われているのか理解出来ずにいた。
「え?」
「直希さんの心を踏みにじって、祐希と話しなんかして。何故、直希さんじゃダメなの?」
「直希先生には確かに……結婚を前提にお付き合いをとお話は頂きましたが、私は琥原くんと先にお付き合いをしていました」
「でも別れたんでしょう?」
「……それは」
調べ尽くされているのか、それとも何処からかの情報なのか……。
確かに、祐希自身に先程振られてしまった。
それでも聖奈さんの話が確かなら、自分を信じて、ここは断言するべきだと薫子は判断した。
「私は琥原くんのことが好きです!将来のことはまだ分かりません。それでも今は琥原くんと建築士としての夢を追って一緒に歩んで行きたいんです」
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
ヒュンッと音を立てて、何が薫子の右頬をかすった。
後から頬がじんじんして来た。
「スケール……?それで琥原くんの背中もたたいたんですか!?」
薫子は怒りが沸々と湧いてきた。
「そうよ!……だってあの子がいけないのよ。小学生の高学年の頃、どんどんあの女に似てきて、癖っ毛が可愛かったのに、いつの間にか直毛になって……声変わりしたと思ったら、その声が光希さんにそっくりなのよ」
「まさかそんな事が理由で……」
「そんな事ですって!?あの女そっくりの顔のあの子に光希さんの声で"お母さん"って呼ばれるのよ……ゾッとするわ。直希さんは留学中で分かってくれる人は誰もいない……だから、ここに連れて来て……」
「ここで……なんて酷いことを」
薫子は涙が止まらなかった。
「しかも光希先生の書斎で大切なお仕事道具を貴女はそんな事に使ったんですね!」
「光希さんの大切な仕事道具……?」
裕子は神妙な面持ちになった。




