第百四十一話 意を決して
招待された時間は午前十一時。
その三十分前から薫子は稲垣家の広さに驚きつつも遠巻きに祐希の姿を探してウロウロしていた。
すると……
裏手のガレージへの出入り用の扉から、祐希が革ジャン姿でヘルメットを持って出て来たのが見えた。
慌てて後を追う薫子は大きな声で祐希を呼び止めた。
「琥原くん!!」
その声に祐希は驚いた様に肩で息をしながら振り向くも、声のトーンは低く
「何か用?」
「話をしたいの」
「俺、急いでんだけど」
「五分でいいから、お願い」
「五分……で?」
「私、琥原くんが好きです」
「……何、言ってんのか自分で分かってる?」
「分かってる。あの時はちょっと私、勘違いしてあなたの事、傷つけたと思う。でも、私は琥原くんじゃなきゃ嫌なの。琥原くんじゃなきゃダメなの」
「は、今頃?悪いけど俺もう彼女いるし。パーティーなんか鬱陶しいから彼女と出かけるんだ。じゃ」
やはり目も合わせないまま、薫子を振り切る様に建物に沿って歩いて行ってしまった祐希の後ろ姿のその先に赤いヘルメットの流星が見えた。
「……そっか、あれはもう私のじゃないんだね」
薫子は近くの東屋のベンチに腰を下ろす。
力が入らない。
また涙も止まらない。
そんな時、声を掛けて来た人がいた。
「三枝さん」
「聖奈さん?」
「わぁ、覚えててくれたんだ?」
「はい……ごめんなさい。こんな顔で」
涙を拭う薫子。
「泣くのは当たり前だよ」
「え?」
「祐希、頭はいいんだけどバカなんだよ」
そして聖奈からこの後、事実を聞かされる。
「さっきのヘルメットだけ見える様にして持ってたの私だから」
「え?木元さんとは?」
「もちろん別れてないよ!だって婚約者だし」
「え?婚約者?」
「私達の気持ちありきの上での親同士の利害関係があってね。木元ちゃんとはずっーとラブラブだよ」
「そうですか。それは何よりです」
「あぁ、いけない!脱線した。ごめんね!とにかく祐希が三枝さんが来てるの気づいて自分と話をしに来たと思うから、どうしても手伝ってくれって言うから、何かと思えばって、さっきみたいな事になっただけだから!祐希は本当はあなたの事、大大大好きなんだからね」
「え?」
「あいつ、お兄さんのことも大好きでね。自分より優秀でお金持ちの直希さんの方が三枝さんを幸せに出来るって思い込んでるんだよ」
「私の幸せですか?」
「私達はさ、本当に幼稚園からの幼馴染だから四人で口を酸っぱくしてまで、カコちゃんの幸せはカコちゃんにしか分からないんだって言ってんのに分からないんだよ。あのトウヘンボク」
「本当に?琥原くんは私のこと忘れてないんですか?」
「うん」
「……」
「あぁ、泣かないで。てかさ、あまり長くここにいない方がいいよ。祐希は部屋に戻っただけだから本当に女の影も形もないから安心して欲しいんだけど……あなたドレス送られて来たんでしょ?さっき知り合いに裕子さんが内緒であなたにドレスを贈ったって話してたの聞いちゃって、裕子さんに見つかったら大変な事になるから早く帰った方がいいよ!あの人怖い人だから」
「はい、ここにいない方がいいですよね」
「うん、私も手伝いをちょっと抜け出して来たから戻らないと……気をつけて帰ってね」
「有難う、聖奈さん」
薫子に手を振りながら聖奈は走り去った。
「帰ろう……」
嬉しさをかみしめながら立ち上がるとちょっと眩暈がした。
まだ貧血が続いているのだ。
その時背後から怒鳴り声何した。
「あなた!なんで私が用意したドレスを着ていないの!?」
今、最も会ってはならない相手。
裕子だった。




