第百三十三話 今度こそ脱兎のごとく
呆然としている直希。
それに気づきながらも薫子は席についている二人に向かって
「それでは、先生今日は本当に有難うございました。大提灯の中を覗いてから帰ります。では、先生、先生のお母様、お先に失礼致します」
身体の前で両手を合わせて、ゆっくりとお辞儀をした。
「ご機嫌よう、薫子さん。またお会いしましょう」
裕子は薫子に挨拶を返す。
「はい機会がございましたら是非。失礼致します」
社交辞令として言い残して立ち去ったはずだったが……。
薫子が店を出た後、裕子が直希に声を掛ける。
「直希さん、ねぇ、いいお嬢さんね。こちらの気持ちを汲むことがお出来になって」
直希は黙ったままだ。
薫子は、裕子が友人を待たせながらも直希の席に乗り込んできたのは、薫子自身を見るためか、自慢の直希を友人に見せびらかしたいのかのどちらかだと思い、いずれにしても先に帰る口実になると思っての行動をとったのだ。
「もう直希さんったら、分かりやすいわね。追いかけたらいかが?」
「いいんですか?」
この後、当然の様に裕子の友人達に挨拶をしなければ帰らせて貰えないと思っていた直希は驚く。
「いいわよ、あちらからは見えてないから」
「え?」
「偶然、お手洗いに行ったから、気がついただけよ。早くしないと逃げられてしまうんじゃないの?」
「すみません、ではまた」
「はいはい」
走り出す直希の後ろ姿を見ながら
「ちょっと若い様な気もするけど、ようやく"跡取り"が……」
裕子は薄笑いをした。




