第百二十八話 意外な馴染みの店
「おっ、若君!お久しぶり!」
店内から声が響く。
背の高い小さな丸テーブルそのほとんどが路上にランダムに並んでいる。
もちろん立ち飲みの店なので椅子はない。
その一つを選ぶと、直希は薫子に店内に貼られているたくさんのメニューを指差して聞いてくる。
「何がいい?」
「えーと、お任せしてもいいですか?」
「うずらの玉子は好きかな?」
「あ、はい」
「ここのは味を染み込ませてあってね、美味しいんだよ。あとは定番の盛り合わせを頼んで、君の舌に合う様だったら気になるものを追加しよう。それと意外にも焼き鳥にはジンジャエールが合うんだけど、どう?」
薫子は頷いた。
大将から"若君"と呼ばれた直希に親しみ感がある事を察した薫子が言う。
「直希さんが、焼き鳥屋さんのお馴染みさんだなんて驚きです」
「君の中で僕はどんな人なの?」
直希は笑った。
そして直希は気を遣うかのように何気ない話題を持ち出した。
「そう言えば春に緑の風の洗礼は受けたかな?」
「緑の風?ですか?」
「毎年、あの大講義室を使う一年生が浴びる儀式の様なものでね。必ず、君の座っている席の縦列の学生のほとんどが慌てふためくんだ」
「それって突風のことですか?」
「そうそう、座学で何かしら拡げてる時なんて、そりゃ大変なもんさ。両手で押さえたところで何の意味もないほどに紙が舞うんだ」
「それ今年は、多分私だけです」
「え?君だけ?」
「机も動くほどの突風に煽られて、両手で机にしがみつきました!でも他の方達は何もなかったかの様にされてまして」
「そんなこと例年は無かったけど……」
直希は不思議そうな顔をする。
「そうなんですか……」
薫子は、偶然にもその突風が吹いた時に、初めて講義室に来た祐希もその風の方向を向き、自分と見つめ合うことになった事を思い出していた。
むしろその話題は薫子にとって胸を締め付けられる様な話だった。
しばらくして大将自ら、先に飲み物を持って来てくれた。
「若君、とんとご無沙汰でしたけど、これはこれは可愛らしい方をお連れで!犯罪になりませんか?」と笑う。
どうやら明るい店主の冗談は万国共通の様だ。
「大将、そろそろその若君はやめてくれないかい?僕ももう三十なんだし」
「いやいや、稲垣の旦那と一緒に二十歳の祝いをこちらでやって下さんなった時からのお付き合いですからね!今更呼び方は変えようがないってもんです。それとも、そちらのお嬢さんを娶られて"殿"になられるんって言うんじゃあ、話は別ですがねぇ!」
と大笑い。
「いや、まあそれならそのままでいいよ」
直希は恥ずかしそうに返した。
「あれまあ、違うんですかい?そりゃ残念!」
と言いながら自分のおでこを叩くと、大将はジョッキに入ったドライジンジャエール置いて笑いながら厨房に戻って行った。
『飲み物……この前あのホース・ネックにお酒が入ってだんだよね』




