第十二話 ドキドキの正体
国鉄渋谷駅高架下。
果物屋の横から高架上に伸びている階段を上がると
「え?公園ですか?」
と薫子が聞く。
「宮下公園って言うんだ」
と祐希。
渋谷の雑踏の中から、いきなり木々が生い茂る国鉄の線路高架上に続く公園。
「渋谷じゃないみたいでしょ?飲み物でも買ってこようか?喫茶店にでもと思ったけど、それよりかいいと思って」
祐希が薫子を気遣う。
「息苦しくなくなりました……大丈夫です、でもこんなところ渋谷にあるなんて知りませんでした。」
緑に囲まれてところどころにベンチもある、電車の音も車道の音も人々が行き交う喧騒も別世界の様に遠くに聞こえる。
「ちょっとベンチに座らない?」
薫子が風と木々のざわめきに感動している時に祐希が声をかける。
「え?でも、もう大丈夫ですから…お役も終わったことですし、私そろそろ失礼して…」
と返すと、
「実は今日俺、本当はどうしても三枝さんに話したいことがあって後を追いかけました!だからこの後話をきいて欲しいんです、ダメかな?」
『ズルい…そんなの嫌って言えない』
薫子の右手首は祐希が掴んだままだった。
「ベンチまだ雨で濡れてるけど、今日俺この前の三枝さんを見習ってスポーツタオル持って来てるんだ」
と、祐希は背中に背負っていたDバッグから大きめの長いタオルを出して半分に折るとベンチの向かって右半分に置こうとしながら、
「ここに三枝さん座って」
と言った時、その手を遮る様に薫子は右手でタオルを掴んで尋ねる。
「タオル濡れちゃうし……琥原さんはどうするんですか?」
すると祐希はニコニコしながら
「いいのいいの洗濯すればいいんだし、俺の心配はしないで」
と返す。すると薫子は、そのタオルを広げると
「濡れてもいいなら、こうしましょう!」
ベンチに2人分の席を作った。
「ごめん、有難う」
祐希が先に背中の荷物を下ろして前に抱き抱える様に左側に座る。
「こちらこそ…失礼しますね」
と薫子も腰掛けてDバッグを膝に置いた。厚みがあるので雨は染みてこないものの大きめなタオルなわりには2人で座ると肩や腕が少し触れているくらいの距離感だった。
そして祐希が深呼吸を一度したかと思うと
「あのね、これから話すことは自分でも分からない気持ちを整理しながらの話になるから分かりにくかったら申し訳ないんだけど……」
「はい」
薫子が祐希の方を見た時、思ったより顔が近くて慌てて前を向いた。
「えーと、まずはお願いがあって滅茶苦茶恥ずかしいから、そのまま前向いたまま俺の方は見ないで聞いてくれる?」
祐希に言われ薫子は素直にそのままの姿勢でこくりと頷いた。
「三枝さんと初めて会った日、実は俺、大学に退学届取りに行ったんだ」
「えっ!?」
驚きのあまり祐希の方を見てしまうと、冷静な感じで
「はい、前向いて下さい」
と言われ、薫子は
「ごめんなさい」
と向き直す。
また祐希がポツリポツリと話始める。
「それだけで帰るつもりだった……でも、講義室を一度だけ覗いて行こうと思って……」
『あの時…?』と薫子は思う。
「講義室の開いてた扉から入った途端、左横あたりから凄い風に煽られて一瞬目を閉じて、風が吹いて来た方を見たら三枝さんが机のものが飛ばされない様に齧りついてるのが見えた」
「あの時は私は背中側から机が動くほどの風で慌てて物が落ちない様に押さえてたんです」
と齧りついてた発言に物申す。
「ごめんごめん、でもあの時の風って俺らだけしか気づかなかった気がしなかった?」
「え?そう言われると……皆さん何も押さえたりしてませんでしたね。」
「で、その机に齧りついてた子が顔を上げた時、俺、目が離せなくて…」
『私も…』と薫子も考えていた。
祐希は続ける。
「そんなに見たら失礼だって思ってたのに目が離せなかった……三枝さんは俺が香山とハイタッチした音で何かに弾かれたみたいに俯いたけど、その前の席が俺の席だと思ってたから、ずっと三枝さんを見つめたまま席に着いたんだ俺」
『そうだったんだ』
「授業の間、三枝さんが気になって気になって気になって大学やめるのやめるか?とか、とにかく明日から連休に入るけど、いきなり連絡先とか聞けないし、どうする俺ってグルグルになっちゃって……気づいたら消しゴム落ちて来た」
「拾って渡しただけなのに両手で受け取って、"すみません、有難うございます"って言われた時に近くで目を見て声も聞けた時、扉を入った時の心臓の高鳴りが倍以上それ以上になって口から心臓飛び出すって、こう言う時に使うんだなって思った」
「心臓ドキドキしてたんですか?」
「うん、ものすごく……だから、返事が"うん"としか言えなくて凄く恥ずかしかった……でも、話かけたくてどうしても何かきっかけが欲しくて、そう言えば三枝さんノートってまとまってて読み易いって聞いてたの思い出して勇気を奮って声をかけさせて貰ったんだけど……ちょっと怒らせちゃったよね」
「あの、私も少し話してもいいですか?」
「えーと、どうぞ」
「あの時、私、ドキドキがバクバクになって自分の身体がどうかなっちゃったんじゃないかと思って、実は早く琥原さんから離れたくて急いで帰ろうと思ったんです……」
「え?三枝さんもドキドキしてたの?」
「はい、ものすごく……」
「俺から離れたかったんだ?それってどうして?」
「今まで体験した事ないドキドキだったから怖くなっちゃって……琥原さんから離れたら収まるかと逃げようとしたんです、ごめんなさい。」
「そうだったのかぁ」
祐希は空を仰ぐと、
『変なやつって思われた訳じゃなかったんだ』と安心した。
「そしたら、今もドキドキしてる?」
「……してます」
「でも俺といて嫌じゃない?」
『俺期待し始めてる…』と祐希は思った。
「え?」
「木元に言われたでしょ?友達選べって」
「あ、はい」
「二人でいても大丈夫?」
「はい」
「誰でもいいんだけど、男に限定したとして二人きりになって大丈夫なヤツって他にいる?」
「……それ、私も考えてました」
「で、どう?」
「多分いません……多分じゃなくて、いません」
「本当に?!」
「はい……」
真っ直ぐ前を見たままの二人の会話はお互いの表情は見えない。ただ、薫子も祐希も恥ずかしげな雰囲気であることと言葉を選んでいることだけは分かる。
「俺は今、ものすごく嬉しいし、俺も三枝さん以外の女の子と二人きりは無理なんだ……まだ話した時間は少ないけど……」
と言って祐希は一呼吸置く。
「それでも俺、三枝さんのことが好きです!大好きです!それで良かったら…….俺とお付き合いしてくれませんか?」
薫子は正直物凄く驚いた。
『いきなり、これって告白って言うヤツだよね?え?え?私に?』
「……ちょっと待って下さい……それって……」
『このドキドキしたり考えただけでバクバクするのって……私、琥原さんのこと好きって事だったの?
好きになるとこんな風になるなんて誰も教えてくれなかったから……分からないんだけど』
隣では答え待ちで、横目でチラッと様子を伺うと顔は真っ赤で、尻尾が垂れてるのがが見える気がする。薫子は同じ気持ちなのか確かめる。
「自分の気持ちが自分で分からなかったんですけど、好きって誰か特定の人に対してドキドキしたり胸がギュッてなったりキュンってしたりすることがある事なんでしょうか?」
「うん!俺は三枝さんと出会ったその日から、ずっとその状態で……でも自分の気持ち話したら三枝さんとはもう友達でもいられなくなるかもしれないと思って堪えて堪えて、いい友達でいようと頑張ってたのに、木元が友達を選んで沢山の他の人とも交流した方が社会経験値上がるって三枝さんに話したって言うから……もしかしたら俺のいなかった三週間の間に三枝さんの近くに既に友達以上になりたがるヤツがいるかもしれないって思ったら居ても立ってもいられなくて……ごめん、自分勝手にベラベラ話して」
「あ、あの木元さんからのお話は基準にはなりましたけど、琥原さんは元々規定外で……」
「規定外?」
「私もお話ししたい……一緒にいると楽しいし他の誰よりも……もっと琥原さんのこと知りたいって思ってたから……でも、琥原さんは私の事をどう思ってるのかは分からなかったので、今お気持ち聞かせて頂いて私も自分の気持ちがはっきりしました……琥原さんといつも同じ事考えてたって……初めてお会いした時から私も琥原さんが気になって……これが好きってことなら……好きです」
「本当に?!マジ両想い?!」
前を向いたまま両手で真っ赤な顔を隠しながら大きな声でワアワア言う祐希に対して、くそ真面目に前を向いたままの薫子が冷静に確かめる様に
「でも大学辞めるつもりだったんですよね?」
と聞くと、祐希も真顔で前を向いたまま
「うん、確かにあの時まではね」
と答える。
「あの時?」
「連休中に三枝さんのノートを借りてノートまとめたり、製図の製作やらせてもらって……一年生のうちからここまでやらないと建築士にはなれないのかって思ったら、他にやりたかった勉強よりも建物に対する忘れかけてた熱って言うか、愛って言うか……思い出して……逆に何で辞めようと思ったのか忘れちゃって」
「あの、自惚れてお聞きする訳じゃありませんけど私のせいじゃないんですよね?」
と真っ赤な顔で尋ねる薫子。
また祐希の顔がみるみる間に赤くなったと思ったら
「それは最大の理由の一つであります!」
と答えた。
薫子はそれを聞いて一呼吸置くと、ちょっとはにかみながら頬を紅く染め、ただ前を向いたまま
「では一つお願いがあります。」
「何?」
「もう一度、顔を見てお付き合い申し込んで頂けませんか?」
「うんうん、何回でも何万回でも言う!じゃ、三枝さん、こっち向いて」
祐希が嬉しそうに言うと薫子は祐希の方に少し膝を寄せる様に体の向きを変えた。『顔近っ!でもやっぱり瞳が綺麗』とお互いに思いながら
「三枝薫子さん、改めてお願いします!俺とお付き合いして下さい!」
と見つめ合ったままの二人。
「はい、宜しくお願いします」
と薫子はすぐ答えて小さくお辞儀をした。
その後はしばらく二人とも耳まで赤くして、また前を向いてバッグを抱きしめたまま、"両想い"の余韻に浸ったっていた。
しばらくして
「あっ!そうだ!これ受け取って下さい」
祐希が抱えているDバッグから小さな紙の手提げ袋を出すと薫子に渡そうとする。
「え?これって」
「俺、三枝さんをどこかに誘う口実が全く思いつかなくて……さっきの店のペンダントがカップルの間で、ちょっとした話題になってるって聞いて、三枝さんに似合いそうだなぁとは思ってたんだけど、先にストレートに好きって伝えて撃沈したらって考えたら、後で嫌な思いさせなくて済むかな?とかいろいろ思っちゃって、ごめん支離滅裂だな俺……」
「えーと、じゃ、可愛い感じでピンクが好きな知り合いの子って……」
祐希が口を押さえて真っ赤になりながら
「もちろん三枝さんのことです」
と言いながら渡されて薫子も真っ赤になってるのが自分でも分かったが祐希の想いが嬉しかったので
「嬉しいです……有難うございます」
遠慮なく受け取る事にした。
「出してみていいですか?」
と祐希に聞くとうんうんと頷く。
袋から喫茶店で貰うものよりも厚みのあるマッチ箱を2段重ねたくらいの箱を出した。
「えっと店員さんがリボンは飾りで箱はコンパクトみたいに開くって言ってたよ」
「そうなんですね」
どうやら前の部分を上げると横の部分が斜めに2つに分かれてコンパクトが開く様に開く仕掛けらしい。
そこには王冠をかぶるようにピンクの苺のヘタ部分に隠す様に着いているマルカンにチェーンが通されて布地が巻かれた台紙の切れ目に掛かっている。
「やっぱり可愛い」
薫子の瞳がキラキラ輝く。
「つけてみて」
「え?いいんですか?」
「だって三枝さんにつけて貰いたくて選んで貰ったんだよ」
「嬉しい……つけて貰っていいですか?」
箱からペンダントを外そうと台紙をはずした時、
「あれ?もう一つチェーンが」
「それね……俺の」
「え?」
「実は女の子のペンダントはトップに王冠のチャームが付けてたら彼氏がいるって事なんだって」
と恥ずかしそうに祐希が言うと
「このチェーンはちょっと女性用より太めだし長いですけど何もついてないんですね……」
「それは……まさか三枝さんが俺の事好きって言ってくれると思わなくて……」
「あ、もしかして……女王冠?」
「!!」
どうやら薫子はあることに気づいたらしい。




