第百十六話 散りばめられた星
「緊張してるね。大丈夫、意見交換会に来たのだから、この四十階にあるラウンジに行くだけだよ」
エレベーターホールに向かうと、ロビーの華やかさを背に、重厚な扉の高層階専用エレベーターに直希は薫子の背中を押す様に乗り込む。
ボタンを押すと、静かな振動とともに重力が体にのしかかり、デジタル表示の数字が目まぐるしく更新されていく。
扉が開いた瞬間、そこには星を散りばめたような夜景が広がっていた。
そこはトップ・オブ・レッドヒルというラウンジ。
三百六十度全面強化ガラス越しのパノラマ夜景が最大の特徴で、新宿のビル群や東京タワー、赤坂の街並みを見下ろす造り。
重厚な木目調の内装と大きめのテーブル、深い赤や紺の色交じりの絨毯、そして低めのソファ。
照明は極限まで落とされ、テーブルのキャンドルライトが夜景を引き立てている。
門番のような予約係を飛ばして、責任者と思われる男性が歩み寄ると
「稲垣様、お待ちしておりました。お席にご案内いたします」
と言われた。
「ここに手を」
直希から左腕を差し出され薫子は仕方なく、そこに右手を掛けた。
もう既に満席と言っても過言ではない、大人の社交場。
決して騒々しくもなく、だからと言って会話が途切れることもなく歓談している賑わいを感じる。
そのテーブルの合間を直希と薫子が案内を受け移動して行く先々で、薫子に視線が注がれるのを感じて直希は高揚した。
その中には「あら、稲垣先生じゃなくて?」と言う女性の声もあったが、ほぼほぼ、直希の腕に手を軽く乗せた薫子の堂々とまた優雅でしなやかな歩みに男性陣のほとんどが「ほぅ」と目を奪われているのが分かる。
『祐希、お前はいつもこんな視線を浴びていたのか?しかもお前の彼女は凄い女性だ。あんなに店では恥じらっていたのに、この状況に柔軟に対処できるとは……』
薫子が、高級ホテルの大人の社交場の雰囲気に圧倒されながらも最低限のマナーを披露出来たのは、父親の仕事の関係上の付き合いで、お祝いやら記念パーティやらに連れて行かれたり、母親が営む料理教室ではその腕を見込まれて出張宴会係もしており、その手伝いをした経験があったからだ。
直希は、年若い薫子のことを侮っていた自分を恥ずかしく思う。自身が大学1年生の頃、こんなところにいきなり連れて来られたらどうしただろう。
今では馴染んだ背広でさえ、当時はどう歩けばどう見えるかさえ分からない子供だった様な気がする。
そして二人は、窓際に配置された二人掛けのソファ席に案内された。
一ヶ月以上先まで予約が出来ない噂の"恋人シート"だ。
直希はさりげなく自分の左側に薫子を座らせた。
外に広がる東京の夜景は、どこまでもどこまでもキラキラと明るく、煌めく星空の様で、それを見つめる薫子は子供の様に警戒心を忘れしまっていた。




