第百十一話 警戒しないと……だったのに
金曜日。
今日は午後からは建築図学の座学が二限続く。
建築史の古代ギリシャやローマの柱のオーダー"ドリス式、イオニア式など"についての講義を受ける。
三限が終わった時、琥原くんが席からいなくなるのと同時くらいに櫻井さんがやって来た。
「急にで申し訳ないんだけど、今日の五限の時間から後、空いてるかな?」
「あ、はい」
「じゃ、四時半頃、意見交換会は旧校舎の製図室に集合になったから、宜しくね」
「あ……はい、分かりました」
「じゃ!」
櫻井がそそくさと講義室を出て行くところをぶつかりそうになった祐希が戻って来たのが見えた。
が、絶対こちらを見ない。
『この前、助教授室のところで会ってからだよね……やっぱり変に思われたのかな?もう本当に駄目なのかな?私達。でも私が琥原くんの"初めて"を信じられなかったのがいけなかったんだから……私のせいなんだから……』
と、思う薫子。
五限開始時刻近く。
通い慣れた旧校舎の製図室に向かう。
意見交換会が催されるには、人の流れもなく辺りは静まり返っている。
ただ講義室には明かりがついていたので、徐々に人が増えて行く様なルーズな集まり方なのかもしれない。
「失礼します」
声掛けをして前扉を開けて中に入ると、そこには
製図台の前に置かれた椅子に腰掛けていた三揃の背広姿の直希が、
「やあ、三枝さん、よく来てくれたね!」
満面の笑みで出迎え、席を立つと薫子の近くに歩み寄る。
「え?あの、あの、三年生の先輩方は?」
「まあまあ道々話すから、まずは移動しよう」
何気なく背中を手で押されて製図室から出る。
「あの、どちらへ?意見交換会ではないなら失礼したいのですが……」
「君を待っていたのに?」
わざわざ顔を覗き込んで直希に見つめられる薫子。
「それでも…」
「場所が変わっただけだよ、ご心配なく。さあ、行こう」
「えっ、でも」
「ほらほら時間がないから」
直希に急かされて薫子は言いなりになるしかなかった。
旧校舎の裏手には教員専用の駐車場がある。
いきなりそこに連れて行かれると
「乗って」
と言われる。
深いメタリックグリーン色の車、BMW528iの助手席のドアを開けられた。
「あの!どちらに行かれるんですか?」
「行き先のこと?」
「はい」
「うーん、言って分かるかな?とにかく意見交換会に行くには車じゃないと時間に間に合わない」
「え?私は言われたお時間通りに伺いましたが」
「あぁ、そうだね。でもそれも僕が車で送る前提での話だから、まあとにかく乗ってもらえると助かるんだが」
薫子は、悩む。
『考えて薫子、おかしいよね?こんなの。車で移動なんて何処に連れて行かれるかも分からないのに』
直希はそれを察したのか
「困ってる?」
と聞いて来た。
そう聞かれると、疑っている様で
「あ、いえ。ですが、助手席は大事な方を乗せるお席だと思うので私は後部座席でお願いします」
「大事な人はいないし……スモークガラスだから、外からは見えないから安心して」
と直希が言うも
「それでも後で先生にご迷惑をお掛けする様な事になっては困りますので」
助手席を断固拒否した。
「仕方ない。ではこちらにどうぞ頑固なお嬢さん」
笑いながら直希は、後部座席のドアを開いた。




