出会い
一刀たちに連れられ、トーマスが暮らす異人館の一室。
そこで静は、気を失って以来、初めて意識を取り戻した。
彼女が目覚めたのは、ふかふかの羽毛が詰まった、西洋式の大きなベッドの上だった。
「……あ、ここは……」
悪夢のような戦闘の記憶と、童流に突きつけられた残酷な現実から解放され、その極上の気持ちよさに、彼女はしばらく夢見心地でまどろんでいた。
(なんだか、雲の上みたい……)
静は目覚めると、彼女を囲んでいた一刀、松本、睡蓮の顔を見回した。それぞれ異なる反応をしている。
「人の気も知らないで……」
松本は呆れ気味に、しかし少しだけ安堵を滲ませて、静を見つめた。
一刀は、トーマスとの接触という幸運と、静の無事に、心底安堵した。彼の表情は、肩の荷が降りたように穏やかになった。
「目が覚めたか、静。よかった」
睡蓮もまた、静の顔色が幾分か良くなっているのを見て、緊張を緩めた。彼女は、静の精神的な衝撃を心配していたため、まずは体調の回復を優先できる状況に安堵していた。
「無理をするな。まだ横になっていたほうがいい」
静は、見慣れない部屋と豪華なベッドに戸惑いながら、周囲を見回した。
「って、ここは??」
一刀は、彼女の質問に簡潔に答えた。
「異人館だ。と言っても、予定の場所の少し離れた場所のだけど」
一刀と睡蓮は、静が気を失っていた間に起こった一連の出来事を説明した。
静は、一言一句漏らさず、静かにその説明を聞いた。
彼女は、自分が気絶している間に、事態がさらに絶望的な状況に陥ったこと、そして自分自身を襲ったトラウマの元凶がまだ生きていること、そして一刀たちが手出しできない状況に追い込まれたことを全て理解した。
静の表情は、先ほどの安堵から一転し、深く気落ちした様子を見せた。
(私が倒れたから、余計に足手まといに……)
自分の無力さと、悪魔のあまりにも巧妙で非情な手口に、静はただ唇を噛みしめるしかなかった。
静が気落ちした様子を見せていると、心配したトーマスがそっと部屋の様子を窺いに来た。
「姫、目覚めましたか?」
彼は、何もできない自分を気遣うかのように、水の入った桶と手ぬぐいを下げて、部屋の隅でうろちょろしていた。
松本は、異人であるトーマスへの警戒心は残しながらも、静への純粋な気遣いに少しだけ目を細め、礼を言った。
「あぁ。大丈夫そうだ、ありがとう」
静は、トーマスの呼称に意識が向かった。
「姫……だって」
彼女は、悪魔に心を砕かれたばかりにもかかわらず、トーマスの心からの敬称に内心悪い気はしなかったようで、まんざらでもない様子で微笑んだ。
その場違いな反応に、睡蓮は静かに呆れを覚えた。
夜が明け、トーマスの異人館で一夜を明かした一行。
静は、目覚めの後の気落ちを払拭するかのように、トーマスの台所を借りて、手早く食事の用意を始めた。
彼女の手料理は、異人館の質素な食材を使ってはいたが、旅の疲れと戦闘の緊張で疲弊した一同の心と身体を温かく満たした。
朝食を済ませた一行は、トーマスが迎えに行く予定だった人物と情報収集のため、港へ向かった。
しかし、彼らが港の検問所に近づくと、昨日シズルの屋敷で出禁を言い渡したのと似たような表情の役人が、すぐに彼らを制止した。
「おい、貴様らまた来たのか。懲りない連中だ。鑑札のない連中はここへは通せんぞ!」
役人は、いかにも怪しい一刀たちを露骨に警戒し、入港者を迎え入れるエリアへの立ち入りを拒否した。
その時、一刀たちと行動を共にしていたトーマスが、一歩前に出た。
「持ってます」
トーマスは、自分の身分を示す鑑札を自信満々に提示した。
「私の部下。鑑札私ので充分、オーケー?」
トーマスは、流暢な日本語に英語を混ぜた独自の言い回しで、一刀たちを自分の使用人として押し通した。役人はトーマスという異人の存在と、彼の鑑札に戸惑いながらも、これ以上の追求は避けるしかなかった。
こうして、一刀たちはトーマスの庇護の下、任務遂行のために港の奥へと踏み込むことができたのだった。
トーマスの機転と鑑札のおかげで、港の検問を抜けた一刀たちは、入港者を待つエリアへと入った。そこは、様々な国籍の異人たちが行き交い、活気にあふれていた。
睡蓮は、周囲を警戒しながら、トーマスに尋ねた。
「異人だらけだな。どの男だ、トーマス?」
トーマスは、目を細めて、雑踏の中を注意深く見渡した。彼が探している人物は、まだ船から降りていないか、あるいは人混みに紛れているようだった。
そして、数秒間の捜索の後、トーマスが特定の人物を指差した。
「あの男、あの男です! 間違いない」
トーマスが指差した迎えの男は、上陸して早々、港の屈強な男たちとトラブルを起こしていた。
静が、その様子を見て声を上げた。
「喧嘩してるわ、一人で大勢の人と!」
その男は、見た目には特別強そうには見えず、細身で知的な雰囲気があった。
「強そうには見えねえが」
男は、大声で、港の男たちと口喧嘩を繰り広げていた。彼の生意気な態度に、怒り心頭に発した港の男たちの一人が、積み荷の丸太を振り上げ、殴りかかった。
しかし、男は驚くほど軽やかに動き、振り下ろされた丸太は、一発も当たらなかった。
トーマスは、その状況を見て心配そうに言った。
「彼は大丈夫。ただ、相手が心配です」
トーマスは、喧嘩慣れしているらしい迎えの男の実力を知っているようだった。
「もし、彼がここで日本人を怪我させたら、私もここでの仕事がしづらい。それに――」
トーマスは、男の身を案じるというよりは、彼の乱暴な行為が自分たちの経済活動に悪影響を及ぼすことを恐れていた。




