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一縷の望み

一刀は、静を抱きかかえながら、閉ざされた門を睨みつけた。


「完全に、やられた」


童流が力だけでなく、知恵と状況を完全に手玉に取り、やり込められたという事実に、一刀は屈辱を感じていた。


松本は、歯ぎしりをしながら、どうすることもできない現状に苛立ちを募らせた。


「どうすんだ。ここに用事があったんだろう。手出しできねえ」


彼らの任務であったはずの情報収集は、童流の芝居によって完全に阻止された。

睡蓮は、鎌を収めたまま、冷徹な自己評価を下した。


「一枚も二枚も上手だったな。戦闘でどうにかなると思っていた我々が甘かった」


悪魔の力が暴力だけではないことを、彼らは神戸の異人館で、痛ましい形で思い知らされた。


童流は、彼らの命を奪うのではなく、彼らの目的を阻み、精神を打ち砕くという、合理的な判断を下した上での勝利を手に入れたのだ。


一刀たちは、傷ついた仲間と打ち砕かれた自信を抱え、神戸の異人館の門前を、屈辱的な敗走の地として後にするしかなかった。


一刀は、このまま引き下がるわけにはいかないと、最後の手段に出た。


静と松本を後方に待たせ、彼は自身の身分(刀司としての裏の身分ではなく、表向きの武家としての身分)を明かし、長崎奉行家臣の屋敷の主、すなわちお館様への接触を試みた。


彼は、公的な手紙の取次を求め、正式なルートで屋敷内に入ることを目指した。


しかし、その試みは、童流の完璧な芝居によって完全に打ち砕かれた。


お館様は、溺愛する養女シズルの証言を全面的に信用し、可愛がっている娘を襲おうとしたと見られる一刀たちに対して、激怒していた。


一刀は、面会を拒否されただけでなく、烈火のごとく怒ったお館様から屋敷への出入りを永久に禁じられるという出禁の処分を受けた。


目と鼻の先に難儀の蓋の手がかりがあり、悪魔が潜んでいるにもかかわらず、彼らは一般社会のルールと、悪魔の巧妙な策略によって手出しができないという、絶望的な事態に陥った。


閉ざされた門の奥、わずかな隙間から、童流シズルの顔がのぞいた。


彼女は、まだ涙の跡があるかのような幼い顔で、満面の嘲りの笑みを浮かべた。


童流は、自分の手のひらの上で刀司たちが踊らされていることに心底満足し、彼らの無力さを最大限に楽しんでいるようだった。


一刀たち一行は、物理的な力ではなく、社会的な力と狡猾な策略によって、完膚なきまでに敗北したのだった。


完全に袋小路に追い込まれ、出禁となった一刀たちは、異人館の門前を離れるしかなかった。


「とりあえず今日は引き下がるしかねえ。静もこの様だしな」


松本は、気を失っている静を指差し、今は戦闘どころではないことを強調した。


「と言っても、ここに寝泊まりするつもりだったんだろう? どうするつもりだ、一刀」


宿泊場所さえ計画が狂った現状に、睡蓮は冷静に問いかけた。


「仕方ない。野宿でも――」


一刀がそう言いかけた、その時だった。


路地の奥から、けたたましい吠え声と共に、何かに追われている人影が飛び出してきた。それは、数匹の痩せた野犬に追い立てられている外国人だった。


一刀たちがその顔を見た瞬間、既視感を覚えた。


朝方、港で静に流暢な日本語で声をかけてきた、あの男だ。


一刀たちは、その男を見捨てることはできなかった。


一刀は即座に短刀の柄で地面を叩いて犬を威嚇し、松本が体を使って野犬の群れを追い散らした。


野犬の群れが一刀たちを恐れて逃げ去ると、外国人の男は息を切らしながら、心底安堵した様子で一刀たちを振り返った。


助けられた外国人は、息を整えると、深々と一刀たちに頭を下げた。


「重ね重ね、ありがとうございます!」


彼は流暢な日本語で、自分の名前を名乗った。


「私の名はトーマスと申します。朝方、港でお会いした方々ですね」


トーマスは、安堵の表情を浮かべた後、野犬に対する恐怖を訴えた。


「私は犬が大の苦手でして……。それに、我々が暮らしている異人館の周りには、なぜか野犬が非常に多くて困っているのです。これでは外出もままなりません」


トーマスが口にした「異人館」という言葉は、一刀たちの今の状況にとって、偶然とは思えない接点を感じさせた。


トーマスは、一刀たちに感謝を述べた後、切羽詰まった現状を打ち明けた。


「実は、もう一人、明日こちらの港に着く予定なのですが、この野犬のせいで迎えに行くことも難しい。そして、今晩の食事の用意も、私一人では……」


一刀は、静の介抱と今後の拠点を確保する絶好の機会と捉え、協力を申し出た。


「なら、食事の用意をできる者もいるのですが、体調を崩してしまいこの通り」


一刀は、気を失っている静を指差した。


トーマスは、一刀の言葉に理解を示し、思いがけない提案をした。


「私一人で引き継いだので、よろしかったら住まいにどうぞ。広い家で、人も少なく困っているところです」


トーマスからの提案は、野宿を避け、静を休ませる場所、そして情報収集の拠点を一度に得ることを意味していた。これは、出禁という最悪の状況から、予期せぬ光明を見出す重要な転機となった。


しかし、それぞれの心情は複雑だった。


一刀は、この状況を新たな情報源と捉え、フレンドリーで社交的な態度でトーマスに接した。敵の策略により正規ルートが閉ざされた今、非正規のルート、すなわちトーマスとの関係を築くことが重要だと理解していた。


松本は、異人(外国人)の住居に身を寄せることにやや緊張し、用心深い態度を崩さなかった。彼は、悪魔の策略を目の当たりにしたばかりであり、警戒心が非常に高まっていた。

睡蓮は、この状況を受け入れることを、自分に言い聞かせるようにしていた。今、最優先すべきは、静の安全確保。そして、作戦の立て直しのため、トーマスへの恩義という不確実な状況に乗るしかないと判断した。


「ありがとうございます、トーマスさん! 実は本当に困っていまして。どうぞ、お言葉に甘えさせてください」


一刀の快活な返事を受け、トーマスは安堵の笑顔を見せ、一行を彼の住む異人館へと案内し始めた。


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