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余地のない選択

三週間の静養を経て、静の高熱は下がり、一行は心身ともに回復し、旅立ちの日を迎えた。


宿で保護されていた幼子は、この短い期間で静にすっかり懐き、別れを惜しむように静の着物の裾を握っていた。静としても連れて行きたいのはやまやまだが、宿の女の尽力により、幼子はこの宿で奉公人として働くことが決まっている。危険にさらすよりはその方が賢明である、静は自分に言い聞かせた。


一刀たちは、幼子の穏やかな生活を願い、別れを告げた。


「お世話になりました。静も回復し、感謝いたします」


一刀が深々と頭を下げ、宿の女将に礼を述べた。

宿の女将は、静に抱きつく幼子の頭を撫でながら、厳しいながらも優しい目で一行を見送った。


「また、お会いしましょう。皆様の武運を祈っております」


一刀たちは、心に新たな決意を秘め、再び神戸へ向かう道を進んでいった。


町外れの道を進むうちに、彼らは今後のルートについて思案を始めた。


「私たちは、当初、源兵衛と難儀の蓋を追って神戸へ向かう予定でした」

静が口火を切った。


「しかし、忍びの刀司たちの存在を知ってしまった。一度は共闘を断られはしたが――」


睡蓮が続ける。


「もう一度会って説明するしか無いだろう。同じ目的なら仲間は多いに越したことぁない」


松本は腕組みしながら皆の顔色を伺った。一刀も無言で何かを思案している。


一刀たちが神戸と忍びの里のどちらを優先するか、重大な思案を巡らせていると、反対方向から来た一人の旅人が通りかかった。


旅人は、一刀たちの真剣な様子に気づき、親切心から声をかけてきた。


「もしや、旅の方々。お気をつけなされよ。あの奥の山道へ向かう道は、今、通れませんぞ」


奥の山道。すなわちそれは忍び里に向かう道。


松本が鋭く問い返した。


「何があった?」


旅人は、顔を曇らせた。


「数日前から、立て続けに大きな火事や、土砂崩れがありましてな。それに乗じて、盗賊の類いも出てきたとかで、役人が道を完全に封鎖してしまったそうです。近隣の村人たちも、迂回を強いられて困っておる」


静は、すぐに携行していた地図を広げ、確認した。


当初の目的地は、確かに神戸だった。しかし、赤目という強大な刀司の出現と、彼が所属する忍びの里を知った今、状況は大きく変わっていた。


「駄目ね。この封鎖された山道を使わない限り、忍びの里へ最短で向かうことは不可能だわ。遠回りをしようにも、険しい山脈を越えることになる」


「となると……」


睡蓮が言った。


「神戸だ」


松本が結論づけた。


地図上、この道が封鎖されている以上、大きく迂回して忍びの里へ向かうよりも、まず主要な港である神戸へ向かい、そこで源兵衛と本物の難儀に関する情報を集めるのが、最も現実的かつ効率的な道となっていた。


一刀は、運命が定まったことを悟り、前方を向いた。


「時雨くんのことも気になるけれど……」


静は、名残惜しそうに遠い山道を見つめた。


「赤目は、ヤツの信念に基づいて行動している。今は、ヤツよりも先に、本物の難儀の蓋と、源兵衛を捕らえることが先決だ」


松本は力強く言った。


一刀は、短刀を握り締め、決意の意を示した。


「ああ。かねてからの計画通り、神戸へ向かう」


時雨の無事を祈る気持ちを胸に秘めながらも、一刀たちはその私的な感情を心の奥底にしまい込むことにした。


数週間の旅路を経て、一刀たちはついに港町・神戸へと辿り着いた。


彼らが足を踏み入れたのは、これまでの日本の城下町や宿場町とは、全く異なる異質な世界だった。


港の周辺は、見たこともない建物がひしめき合い、西洋の言葉が飛び交う喧騒に包まれていた。


そして何より、街路を歩く人々の半数近くが、異国から来た人々、すなわち異人たちだった。


背が高く、肌の色は白や黒、そして目の色は青や緑。彼らが着ているのは、日本の着物ではなく、硬い洋服や、フリルやレースのついた華美なドレス。男性の多くは髭を蓄え、女性たちは日傘をさしていた。彼らの髪の色は、金や茶色、赤など、これまで一刀たちが目にしたことのない色だった。


一刀、静、松本、そして睡蓮は、その圧倒的な異国情緒に、完全に面食らっていた。


「な、なんだ、ここは……」


松本は、口をあんぐり開けて、言葉を失った。


静は、その文明の違いに、驚きと戸惑いの表情を浮かべた。


「日本とは思えないわ。まるで、違う国に来てしまったようね……」


しかし、地元の神戸の人々は、この異様な光景を当たり前のこととして扱っていた。


彼らは、異人たちと言葉や身振り手振りを交わし、西洋の品物を売買し、全く動じることなく生活を送っていた。着物姿の商人が、洋装の紳士と取引を成立させ、和装の子供が、異人の子供と言葉の壁を越えて遊んでいる。


この当たり前の日常と、自分たちの戸惑いのギャップが、一刀たちに強い衝撃を与えた。


「これが……神戸」


一刀は、この国が抱える変化の波を、目の当たりにしたのだった。



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