035・ユアンの未来
ケティ様との旅は、それからも続いた。
いくつかの村や町を経由して、『女神像の封印』がある場所にも2回ほど立ち寄ったりもした。
けど、その様子を確認して、
「まだ大丈夫そうですね」
ケティ様は頷くだけで、あの『黒い竜』みたいな『黒魔体』ってのと戦うことはなかったんだ。
(……ん)
何となくだけど、あの嫌な気配が強くないのは、僕にもわかった。
きっと『黒の瘴気』が少ないんだ。
これから月日が流れて、それが溜まってきたら、この間のように戦って『黒の瘴気』を祓うことになるのかもしれない。
旅の間、ケティ様とは色んな話をした。
僕の生まれた村のこと。
アイネやみんなと出会ったこと。
院長先生のいる教会や村での暮らしのこと。
そして、僕らが子供だけでホーンラビットやレッドウルフを狩っていたことも話すと、ケティ様とナルパスさんも目を丸くして驚いていた。
「ユアン様は、意外と無茶をなさるのですね」
だって。
僕とアイネは顔を見合わせ、つい笑ってしまったよ。
アイネも、ケティ様に『冒険者になりたい』って夢を話していた。
みんなの将来が心配なこと、それをどうにかしたいってことも話していた。
話している最中に、アイネはちょっと泣いてしまった。
気持ちが高ぶったのかもしれない。
僕は慌ててしまって、でも、ケティ様は優しくアイネを抱きしめて、泣き止むまで背中をポンポンって叩いてあげていた。
(…………)
やっぱり、聖女様だなって思った。
ケティ様は聞き上手なのか、すっごく話し易くって、僕らの話を全部を聞いてくれた。
ケティ様自身のことも話してくれた。
聖女として認められたのは5年前、14歳の時で、先輩の聖女様たちに優しく教えてもらえて、それで修行をがんばれたとか。
ナルパスさんは、その時に自分に与えられた専属騎士で、それ以来の付き合いだとか。
他にも、
「実は私も、モモルネの実は大好きなんですよ」
なんてことも、嬉しそうに教えてくれた。
(そうなんだ?)
自分たちと同じだと思ったら、僕とアイネも嬉しくなった。
ケティ様は『グレイブの聖女』って呼ばれる凄い人だけど、話していたら、僕らとそう変わらない普通の女の人みたいに感じちゃった。
…………。
そんな風に旅をして、気がついたら1ヶ月近く経っていた。
「あれ?」
そして、ふと窓から見える街道の景色に見覚えがある気がした。
アイネも何かに気づいた顔をする。
僕らは、ケティ様を見た。
ケティ様は微笑みながら頷いて、
「はい。もう少しで、ユアン様とアイネ様の暮らしていた村に到着しますよ」
って、言ったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「ユアン、アイネ!」
「おかえり!」
「おかえりなさい~!」
村に着いたら、僕とアイネはみんなに抱きつかれてしまった。
(わあっ?)
支えきれなくて、みんなで倒れちゃう。
でも、何だかおかしくて、地面に転がったまま、みんな一緒になって笑っちゃった。
そんな僕らに、ケティ様は優しく微笑んでいた。
…………。
ケティ様たちは、すぐに村長さん、院長先生たちと話をすることになった。
こんな小さな村に『グレイブの聖女』様がやって来たので、村の人みんな大騒ぎになっちゃった。
でも、ケティ様は慣れた様子。
村長さんたちと難しい話をしていて、その間、僕はみんなと、この2ヶ月間の旅の話をしたりしていた。
それでわかったんだけど、
「聖女様と婚約?」
みんなは、そのことを知らなかった。
発表があったのは1ヶ月ほど前で、でも、田舎にあるこの村までは、その話がまだ伝わってなかったみたい。
みんな、凄く驚いていた。
そして、みんなとお別れになってしまう話をしたら、みんな黙り込んでしまった。
「…………」
僕も辛い。
お父さん、お母さんがいなくなって悲しかった時の僕を、みんなが支えて、励ましてくれた。
だから、僕はまた笑えるようになった。
新しい家族。
1年間、一緒にいて、僕はみんなのことをそう思っていたんだ。
でも、
「ユアンにとってはめでたいことなんだから、みんな、笑って送り出しましょ!」
アイネがそう言った。
みんな、アイネを見る。
アイネはちょっと泣きそうな顔で笑って、
「それに離れてしまっても、私たちは家族なんだから! それは、いつまでも絶対に変わらないんだから! ね、ユアン!?」
って、僕を見た。
もちろん僕は、大きく頷いた。
「うん!」
僕もちょっとだけ泣きそうになった。
みんなも泣きそうな顔で抱きついてきた。
中には泣いちゃった子もいたけれど、それでも、みんなで抱き合いながら一緒に笑ったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「大変なこともいっぱいあるでしょう。それでも、がんばるのですよ、ユアン?」
院長先生がそう言って、僕の頭を撫でた。
僕は「はい」って頷いた。
村長さんの家でのお話が終わったあと、ケティ様が『僕の暮らしている教会を見たい』と言って、院長先生と一緒にやって来たんだ。
付き添いは、ナルパスさんだけ。
初めて見る聖女様に、みんな、ポ~ッとなっていた。
「すげ~」
「綺麗……」
「この人が聖女様なんだぁ」
そんなみんなに、ケティ様がにっこり微笑みかけると、みんな赤くなっていた。
院長先生は、ちょっと緊張した顔だったけどね。
でも、
「どうかユアンのことをお願いします」
って、ケティ様にお願いしてた。
ケティ様も「はい、必ず」って力強く頷いて、約束してくれてた。
その夜は、みんなで夕ご飯を食べた。
ケティ様もいるので、ちょっと豪勢にお肉たっぷりのシチューだった。
みんな、目をキラキラさせてたよ。
もちろん、聖女であるケティ様やナルパスさんにとっては、むしろ質素な料理になってしまうんだろうけど、2人とも笑顔で食べてくれた。
みんな、聖女様に色んなことを聞いた。
騎士であるナルパスさんにも、男の子からたくさんの質問があった。
2人とも嫌がらずに、それに応えてくれた。
ケティ様は優しい微笑みで、ナルパスさんはクールな大人の態度で、みんなと接してくれた。
みんな嬉しそうだった。
院長先生はみんなをたしなめてたけど、ケティ様が「構いませんよ」と微笑んで、食事をしながらいっぱい話をしたんだ。
そんな話の中で、
「これからユアン様には、私と巡礼の旅をしながら『世界樹の右腕』の使い方についてを学んでもらうつもりです」
って、僕についての話題も出た。
(そうだったんだ?)
自分のことなのに、今後のこと全く聞いてなかったっけ。
そんな僕にアイネやみんなは呆れ、「本当、ユアンってのんびり屋さんよね」って言われて、ケティ様にも苦笑いされちゃった。
でも、巡礼の旅かぁ。
これまで、ずっと小さな村の中でしか暮らしてこなかった。
次はいったい、どんな場所に行くんだろう?
知らない景色を見るのが不安なような、でも、楽しみなような不思議な感覚だった。
それから、アイネたちの未来についても話をした。
アイネは、
「私ももう少ししたら『東都』に行って、本物の冒険者になるわ。アイザックさんたちにお願いして、もしよかったら、指導してもらおうと思ってるの」
そう夢を語った。
それから縁ができたガービングさんと話して、『ウォルコット商会』で将来、みんなが就職できないか聞いてみたいって言っていた。
さすが、アイネだ。
そんな色々なことを考えてただなんて、僕はちっとも知らなかった。
ケティ様とナルパスさんも感心していて、
「アイネ様は本当に利発ですね。このまま、ルナティア教会の神官として引き込みたい気もしますが……」
と、ケティ様は呟いた。
そんな聖女様を、ナルパスさんは「若者の夢を邪魔してはいけませんよ」とたしなめて、みんな、おかしそうに笑っていた。
夕食は、そんな風に楽しく過ごした。
そのあとは、みんなと久しぶりにお片付け。
そして、いつもの寝室で、みんなと一緒に眠ることになった。
ケティ様、ナルパスさんは別室だ。
暗くなった部屋の中で、でも、僕らはなかなか眠れなくて、横になりながら、ずっとお喋りしていた。
その内、ベッドをくっつけて、みんなで集まって眠ることになった。
(……あったかい)
アイネやみんなの温もりが心地好くて、すっごく安心する。
でも、こうして一緒にいられるのも、今夜が最後なんだ……そう思ったら、心の奥がギュッて縮まった気がした。
その時、アイネの指が『白い木の右腕』に触れた。
ゆっくり撫でられる。
そして、
「おやすみ、ユアン」
そう笑いかけられた。
いつものアイネの笑顔。
僕はそれを見つめて、それから僕も微笑んで、
「おやすみ、アイネ」
アイネの指を、白い木の指で優しく握って、ゆっくりとまぶたを閉じたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
翌朝、僕は村を出発した。
動きだした竜車の窓から身を乗り出して、村の出入り口で見送りしてくれているアイネやみんな、院長先生、村の人たちに大きく手を振った。
「さようならぁ!」
大きな声で言う。
みんなも、
「がんばれよ~!」
「気をつけてな~!」
「ユア~ン!」
って、いっぱい手を振ってくれた。
そしてアイネも、目に涙をいっぱい貯めながら、でも、必死に笑っていてくれた。
「いってらっしゃい、ユアン~!」
誰よりも大きな声。
僕も、
「いってきま~す!」
って、負けないぐらいの大きな声で返事をしたんだ。
ガタガタ ゴトゴト
そうしている間にも竜車は進んで、やがて、みんなと村の姿は木々に隠れて見えなくなってしまった。
僕は、座席に戻る。
「…………」
なぜだろう?
目からポロポロと勝手に涙がこぼれてしまうんだ。
そんな僕を、ケティ様とナルパスさんが見つめていた。
(……恥ずかしいや)
僕は慌てて、左腕で顔をこすって涙を隠す。
すると、ケティ様がその両手を伸ばしてきて、僕の頭を誰にも見られないように抱きしめてくれたんだ。
「……ひぐ……ぐす」
その優しさが嬉しい。
でも、涙は止まらなくて、ケティ様の神官衣を濡らしてしまう。
ケティ様は、それを気にした様子もなく、
「このケレスティアが、これからユアン様の新しい家族となりましょう。だから、大丈夫。何も心配ありませんよ」
そう言って、髪を撫でてくれる。
(……ケティ様)
その腕の中で、僕は頷いた。
ナルパスさんは、僕を気遣って、こちらを見ずに窓の外だけを向いていた。
やがて、僕は泣き止んだ。
ケティ様も腕を広げてくれて、僕の赤くなった目元を指でゆっくりと擦った。
「……ユアン」
微笑み、濡れた頬に軽くキスしてくれる。
唇の触れた感触に、僕はびっくりした。
でも、ケティ様は優しく笑っていて、僕は驚きすぎて涙が引っ込んでしまった。
(……あぁ)
きっとケティ様なりに慰めてくれたんだね。
ふと見たら、ケティ様の頬がかすかに赤くなっていた。
その可愛らしさに、僕は、今まで泣いていたことも忘れて、ちょっと笑ってしまった。
それを見て、ケティ様も微笑む。
「これから、よろしくお願いします、ユアン様」
「はい、ケティ様」
僕らは笑い合った。
ふと窓の外を見れば、綺麗な青い空が広がっている。
そんな夏空の下、僕とケティ様を乗せた竜車は、遠い地平へと続く街道をどこまでも進んでいった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
本日、もう1話更新予定です。もしよかったら、どうぞよろしくお願いします。




