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白い木の右腕のユアン  作者: 月ノ宮マクラ


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036・聖女の心(※ケレスティア視点)

「あら? 眠ってしまいましたね」


 私の肩に寄りかかって、あどけない寝顔を見せる男の子に、私はついつい微笑んでしまった。


 外は夜。


 竜車の振動が響く中、その温もりと重さは心地好かった。


 その髪を、指で軽く梳く。


 彼は「……んん」と小さく身じろぎして、それは何だか子犬のようで可愛らしい。


 見ていたナルパスも、瞳を細めていた。


 私の視線に気づいて、彼女はコホンと咳払いをする。


「しかし、本当によろしかったのですか?」


 と聞いてきた。


 この男の子、ユアン様のことだろう。


 まだ幼い少年を引き取り、それどころか将来の自分の伴侶として迎えることは、確かに、ルナティア教会の象徴ともなる『聖女』としては大それた行いにも思えた。


 けど、私は「構いません」と答える。


「今、重要なのは、この子を私の庇護下に置くこと。そして、それを内外に示しておくことでしょう」

「…………」


 ナルパスも黙り込む。


 この子には『世界樹の右腕』があった。


 それは大きな力。


 大教会に持ち込まれる多くの報告書の中で、この子の存在に気づけたのは、類稀な幸運、あるいは輝月の女神の導きであったのか……。


 何にしても、私はいち早く動いた。


 報告書については、他の派閥も目にしている。


 この子の存在に気づかれる前に、先んじて動かなければならなかった。


 実際に会えるまで半年ほどの時間がかかったが、それは充分、許容範囲と言えた。


 そして、私は、ユアン様を手に入れた。


 婚約という形で私の陣営に縛りつけ、また、それは他の派閥に対する牽制にもなっただろう。


 教会も一枚岩ではないのだ。


(……全く嘆かわしい)


 女神や聖女の名を、私欲を満たすために利用する者もいる。


 世界平和という同じ目標を持ちながら、そこに至る手段や考え方が異なり、対立している者たちもいる。


 この子を。


 いや、この子の『世界樹の右腕』を彼らに奪われるわけにはいかないのだ。


 ナルパスは、吐息をこぼした。


「大司教様は、また胃を痛めてしまいそうですね」

「……そうですね」


 私は苦笑する。


 グレイブ大教会の長である彼は、高齢だが私と意を同じくする者だった。


 それでも、この婚約には驚いているだろう。


(旅の途中で、よく効く胃薬でも買って『領都の大教会』まで送っておきましょう)


 そう決めて、私は小さな笑みをこぼした。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「…………」


 揺れる車内で、私は彼に毛布をかける。


 その時、ふと彼の『白い木の右腕』に触れてしまい、思わず視線が向いてしまった。


 世界樹の右腕。


 その権能は凄まじく、使い方を覚えれば、時に一国の軍隊であっても相手にすることができるという――それこそ帝国の神国大教会にいる『大聖女』様のように。


 ナルパスが私の視線に気づく。


「ユアン殿の力は、なかなかの物でしたね」


 私は頷いた。


 報告書には、レッドウルフを葬れるほどの力と記載があった。


 けれど実際に会ってみれば、彼はグレートスケルトンを1人で倒せるほど、『世界樹の右腕』を使いこなしていた。


(大したものです)


 私が同時期には、まだそこまでの力を引き出せていなかった。


 それを思えば、この子の『世界樹』との親和性は高く、そして、今後はより大きな力を使いこなすだろう可能性を感じさせていた。


 いずれは、私以上に。


 …………。


 そして思う。


「ユアン様が良い子で、本当に良かった」

「はい」


 ナルパスも同意する。


 大きな力は、時に人の心を狂わせる。


 それを私欲のために用い、人を人と思えなくなって、外道に堕ちることも有り得たのだ。


 もしもの時は、私はユアンという少年を処断する覚悟もしていた。


 でも、それは杞憂に終わった。


 そのことを本当に良かったと思うのだ。


「…………」


 あどけない寝顔を見つめる。


 そこには、私にあった覚悟など微塵も想像せず、ただ安心したように寄り添う姿だけがあった。


 つい微笑んでしまう。


 ユアン様。


 苗字がないのは、辺境の平民ゆえだろう。


 見た目は純朴な少年で、性格もそれに見合った素朴でおっとりしたものだった。


 けど、知性は高いかもしれない。


 確かに知識の不足はあるだろう。


 けれど、あのグレートスケルトンとの戦いでも、例え『世界樹の右腕』があったとしても、それをどう用いて戦うかを考えたのは彼自身なのだ。 


 頭の回転は、むしろ早いと思えた。


 ……ただ、人の毒はあまり知らなさそうだった。


 もしも、その『世界樹の右腕』を悪用しようと、彼を騙し、利用しようとする悪意の者に出会った時、果たして彼は気づけるかどうか。


(……先に私たちが保護できたのは僥倖です)


 つくづく、そう思った。


 彼に興味を示すのは、何も教会だけではない。


 領国グレイブ政府を始め、異端の教団、裏社会の組織、そして、アシュトレイン帝国――その他、様々な立場の人々が、『聖なる御子』となったユアン様に干渉してくるのは間違いないのだ。


 私たちは、その防波堤にもならなければならない。


 …………。


 無垢な寝顔だ。


 その安らかな寝顔に、ソッと指で触れる。


 何も汚れを知らない、穏やかな顔をしている。


 けれど、私は知っている。


 この子は生と死の境界を歩み、それを生き延びてここにいることを。


(……私もそうでした)


 輝月の天使が『世界樹の種』を与えるのは、そうした死にかけた子供に対してのみ……それは、5人の聖女全員が経験したことだ。


 死の世界を覗き。


 愛する者を失い。


 全てをなくした者だけが『魔竜』と戦う『世界樹の力』を授かるのだ。


「……ユアン様」


 私は囁く。


 婚約という形で、我が身を差し出しても、私は自分の手駒を増やそうとした。


 それだけの覚悟をしていた。


 そうして今、私は計算通りに物事を進めている。


 けれど、1つだけ誤算があったとすれば、


「…………」


 思った以上に私は、無垢に私を信頼するこの子のことを心地好く感じていることかもしれない。


 その時、ふと窓から朝日が差した。


 夜明けだ。


 その輝きに照らされて、ユアン様のまぶたがピクリと震え、ゆっくりと開いた。


「……ケティ様?」


 寝ぼけた顔がふんわりと呟く。


 あどけない表情。


 その純真な瞳が私を見つけて、そして、嬉しそうに綻んだ。


(…………)


 それが胸に刺さる。


 心の柔らかな部分に、深く、ずっぷりと。


 思わず、私は笑った。


 作り笑顔ではなく、ただ自然に生まれる笑顔で、彼を見つめて微笑みかけていた。


「ふふっ……はい、おはようございます、ユアン様」


 その愛おしさに任せて、


 ギュッ


 私は、小さな婚約者の身体を抱きしめたのだ。

ご覧いただき、ありがとうございました。


これにて、ユアンの物語も完結となります。

続きの展開も考えてはいたのですが、ちょうど話の区切りでもあり、今回はここまでということでお許し下さいね。


最後まで読んで下さった皆さんには、本当に感謝です♪ 少しでも楽しかった、面白かったと思ってもらえたのなら幸いです~!



※作者の別作品ですが『少年マールの転生冒険記 ~優しいお姉さん冒険者が、僕を守ってくれます!~』(https://ncode.syosetu.com/n2270et/)という作品が、現在も連載中です。もし気が向かれましたら、こちらもぜひ読んでみて下さいね。

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こちら、作者の書籍化作品です。

書籍1巻
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書籍2巻
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もしよかったら、こちらも、どうかよろしくお願いしますね♪
― 新着の感想 ―
[良い点] うおお、完結。区切りも良い感じです。もう少し読みたかった……ですが、完結おめでとうございます♪ 次回作も楽しみに待ってます。
[一言] 面白かったです。 ようやく物語が動き出したところで完結は少々残念ですが。 また続きを書くことが有れば楽しみにしています。
[良い点] 特にツッコむ所も無く、順調に物語が展開していましたね。 スラスラ読める文章は、マクラさんらしかったです。 [気になる点] どういう方向で盛り上げようとしたのだろうか? あっと驚く展開が待…
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