034・魔竜の脅威
「『輝月の鎖』よ。グレイブの聖女の名において、この地に眠る『魔竜の魂』に今一度、楔を穿つことを命じましょう」
丘の上の女神像の前で、ケティ様が印を切る。
すると、女神像の目が輝いて、光の波動のようなものが周囲に広がった。
(……あ)
空気が変わった。
死の気配のようなものが消えて、通常の生命力のある大地へと変わったみたいだった。
見れば、赤土の不毛な大地のあちこちに、小さく可憐な草花が芽吹いていく。
(うわぁ……凄いや)
僕とアイネは目を丸くした。
「ふう」
ケティ様は息を吐く。
ナルパスさんは、そんな彼女に脱いだままだった神官衣をフワリと羽織らせた。
「お疲れ様でした、ケレスティア様」
そう労う。
ケティ様は微笑んで、「ありがとう」と答えた。
それから、
「では、皆、村へと戻りましょう」
と、その場のみんなを見回した。
騎士さん、神官さんたちは、みんな、ケティ様に敬服した様子で「ははっ」と頭を下げ、歩きだした彼女のあとに続いていく。
僕とアイネもついていく。
「…………」
ふと振り返れば、草花の咲き広がる中心で、女神像が僕らを静かに見送ってくれていた。
◇◇◇◇◇◇◇
村に戻り、村長さんの自宅で報告する。
ケティ様が「もう大丈夫です」と伝えると、村の人はみんな安心したみたいだった。
「ありがとうございます!」
「聖女様!」
「ケレスティア様、万歳!」
「万歳!」
みんな嬉しそうだ。
多くの人に感謝される姿を見て、
(あぁ……ケティ様って、本当に聖女様なんだなぁ)
なんて、ぼんやり思った。
それから、僕らは竜車で村を出発する。
ガタゴト
車内では、ケティ様はガラス容器の果実水を飲んだりして、大きく吐息をついていた。
……疲れてるみたい。
僕も『白い木の右腕』の力を使うと疲れるけど、ケティ様は、僕よりもっと力を使っていたみたいだから消耗も大きいみたいだ。
額に汗が浮いている。
薄紫色の長い髪も、汗を吸ってしっとり湿っていた。
…………。
村の人の前では、そういう様子は全く見せなかったから、そこに彼女の気高さと優しさを感じるよ。
僕の視線に気づいて、ケティ様が微笑む。
僕は聞いた。
「あの……さっきの『黒い竜』は何だったんですか?」
って。
アイネも聞きたそうな顔だった。
すると、疲れているケティ様を気遣ったのか、ナルパスさんが口を開いた。
「あれは、魔竜の呪いだ」
呪い?
僕は目を丸くする。
「かつて女神に倒された魔竜は、その肉体を粉々に砕かれた。だが、地中深くに沈んだ『魔竜の血肉』は、今も呪いを放ち続けているのだ」
「今も?」
ナルパスさんは「そうだ」と頷いた。
そして、
「私たちは、それを『黒の瘴気』と呼んでいる」
と低い声で告げた。
ふと、あの黒い竜が倒されたあと、黒い靄となって消えたのを思い出した。
(あれがそうかな?)
ナルパスさんの話によれば、その黒の瘴気には、強い毒性があってゆっくり大地に侵食し、やがて生命の生まれない不毛な土地にしてしまうのだそうだ。
しかもそれだけじゃなくて、
「一定以上の黒の瘴気が溜まると、それは『黒魔体』という肉体を形成し、破壊活動を行うのだ」
つまり、それが『黒い竜』の正体。
黒魔体は、必ずしも竜の姿ではなくて、様々な形状になるんだって。
…………。
ふと、お父さん、お母さんのいた村を滅ぼした『黒い犬』を思い出した。
その特徴は、黒い竜によく似ていた。
(……まさか……?)
その可能性に、僕は震えた。
そんな僕に気づかず、ナルパスさんは話を続ける。
「そのような『魔竜の血肉』が眠る地は、現在、確認されているだけで109箇所ある。これは領国グレイブだけの数だ。世界規模では、確実に1000を超えるだろう」
そんなに?
けど、この数字は、わかっているだけの数だ。
彼女が言うには、まだ発見されていない、そうした土地はあるそうで、教会では常にその探索も行われているんだって。
…………。
僕の生まれた村の近くにも、あったのかな?
ナルパスさんは語る。
「発見された『魔竜の血肉』が眠る地には、教会によって封印が施される。それによって『黒の瘴気』の拡大を抑えるのだが、それにも限界があるのだ」
封印の要は、あの女神像。
あれを壊したら、封印が解ける。
封印を解かなくても、膨大な量の『黒の瘴気』が溜まってしまうと、それが周囲の大地に漏れ出してしまう。
なので、
「定期的に封印を確認し、必要ならば、その溜まった『黒の瘴気』を祓わねばならんのだ」
そう言って、ナルパスさんの視線が動く。
その先にいたのは、『グレイブの聖女』と呼ばれる女の人――ケレスティア・アシュトラス様その人だった。
ここまで言われれば、僕にもわかった。
「それが、聖女の仕事なんだね」
「はい」
ケティ様は頷いた。
それは、本当に危険なお仕事だった。
僕がやっていたホーンラビットやレッドウルフを狩ることが、子供のお遊戯に思えるぐらいに……。
(…………)
僕にもできるのかな?
ケティ様は、僕にもその仕事を手伝って欲しいって言っていた。
自信は、微妙だった。
ミシ
そんな弱気を感じたのか、僕の『白い木の右腕』が小さく指を動かす。
アイネは心配そうに僕を見ていた。
ナルパスさんは何も言わない。
ケティ様も、ただ僕を見つめて、その気持ちの整理が落ち着くのを待ってくれているみたいだった。
(……うん)
僕は頷いた。
できるかどうかじゃなくて、まずはやってみよう。
だって、そうだろう?
危険な仕事だけれど、でも、それを今までケティ様がたった1人でやってくれてたんだ。
人々のために。
世界のために。
事情を知って、自分に戦う力もありそうで、一緒に戦って欲しいって願われてもいるのに、それをしないなんてできないよ。
僕は、ケティ様を見た。
「これからは、僕もその仕事を手伝います」
そう言い切った。
アイネはちょっと複雑そうな顔をして、ナルパスさんは瞳を閉じて頷く。
そしてケティ様は、嬉しそうに表情を綻ばせた。
その手が、僕の頬に触れる。
「……ありがとうございます、ユアン様」
少し震えた声。
そのまま彼女は、いつもみたいにまた僕の身体をギュッて抱きしめた。
甘い汗の匂いがする。
柔らかくて、温かい感触。
僕は「ううん」って首を振り、ケティ様の背中にソッと手を添えたんだ。




