033・グレイブの聖女
ケティ様は、薄紫色の長い髪をなびかせながら、赤土の丘に建つ女神像へと歩いていく。
胸の前で印を切り、
「『輝月の鎖』よ。グレイブの聖女の名において、その楔を束の間、解き放つことを許可しましょう」
ヒィン
女神像の目が輝き、そして光が消えた。
ドドン
同時に、地面が激しく揺れた。
(地震!?)
アイネはしゃがみ込み、僕もバランスを保つのに必死だった。
そして次の瞬間、女神像の立っている地面の黒さが一気に広がり、そこに亀裂が生まれて、空へと大きく吹き飛んだ。
「!?」
そこに、巨大な黒い竜がいた。
体長は10メーガン、翼も入れたら、その倍はあるかもしれない。
全身が真っ黒で、その眼球と口の中だけが赤い。
そんな巨大な黒い竜が、赤土の地面の中から、瓦礫を散らして飛び出してきたんだ。
ズズン ズシィン
重い足音が響く。
アイネは口をパクパクさせ、僕も言葉が出なかった。
ナルパスさん、騎士さん、神官さんたちは、表情を険しくしながらも、けれど、ただジッとその光景を見つめていた。
そして、その視線の先。
そこに、グレイブの聖女であるケティ様の背中があった。
「ケティ様!」
僕は叫んだ。
そちらに駆けようとして、でも、振り返った彼女の微笑みにその動きは止められた。
(……笑ってる?)
唖然としている前で、ケティ様は前を向く。
「今回の『黒の瘴気』の結晶化は、なるほど、このような形となりましたか。しかし、それも無駄なこと」
バサッ
彼女は着ている神官衣を脱ぎ捨てた。
その下に現れたのは、裾に大きな切れ目が入り、動き易そうな身体にぴったりとフィットした黒い服だった。
対比のように、『白い木の両足』が輝いている。
ミシシッ
白い枝の五指が伸びて、しっかりと地面を掴む。
巨大な黒い竜を正面に見据えて、ケティ様は美しく微笑みながら、両手を広げた。
そして告げる。
「魔竜の残滓よ。さぁ、聖戦を始めましょう!」
◇◇◇◇◇◇◇
『ゴギャアアアッ!』
聖女の声に反応したように、巨大な黒い竜は咆哮した。
その巨体からは信じられない速さで動き、目の前にいる小さなケティ様の身体を踏み潰すように、その巨大な前足を叩きつける。
ドゴォン
衝撃で地面が砕けた。
けど、ケティ様の『白い木の両足』は素早く地面を蹴って、それを回避している。
(速い!)
人間の速さじゃない。
あの『白い木の両足』だからこそ生み出せる瞬発力だ。
一瞬で、巨大な黒い竜の懐に入ったケティ様は、白い両足を大きく開き、まるで1本の槍のようになって黒い腹部に蹴りを突き刺した。
ズドォン
黒い巨体が吹っ飛んだ。
ケティ様の足元の地面はひび割れ、その威力を物語っている。
巨大な黒い竜はよろめきながらも、すぐに起きあがると、巨大な翼をはためかせて空中へと飛びあがった。
バササッ
(うわっぷ)
風圧で砂埃が凄い。
赤い砂の風が舞う中、巨大な黒い竜は、上空から僕らを見下ろす。
「…………」
ケティ様はその姿を見つめ、
メキメキ
その『白い木の両足』のくるぶしから『白い木の翼』を生やして、地面を蹴った。
バフッ
白い翼が羽ばたき、ケティ様が空を飛んだ。
その姿には、僕とアイネだけでなく、巨大な黒い竜も驚いていて、その顔面へとケティ様の蹴りが炸裂した。
ドカッ ズドォオオン
衝撃で、巨大な黒い竜は墜落する。
『グルル……ッ』
瓦礫を散らしながら、必死に身体を起こす巨竜の姿を、今度はケティ様が上空から見下ろしていた。
(……かっこいい)
思わず、その神々しい姿に見入っちゃった。
メキメキ
と、ケティ様の爪先が変化する。
そこにあった五指は1つにまとまり、長い剣のような刃になっていた。
バサッ
空中を蹴り、白い木の翼をはためかせて、ケティ様が急降下してくる。
その足が振り抜かれ、
ザシュッ
巨大な黒い竜の片方の翼を、その『白い木の爪先剣』で切断する。
『ギャオオッ!』
竜の赤い口から、苦悶の咆哮が響く。
千切れた翼は、黒い靄となって消えた。
そして、ケティ様は容赦なく『白い木の爪先剣』を振るって、黒い竜の巨体に傷を負わせていった。
ザシュッ シュガッ ザンッ
そのたびに、紫の鮮血が吹く。
追い込まれた巨大な黒い竜は、怒りに満ちた表情で大きく咆哮した。
(!?)
そのたくさんの傷口から、黒い触手のような物が伸びて、空中にいるケティ様へと四方八方から襲いかかったんだ。
触手の先端には、丸い口と牙がある。
ケティ様も驚いた顔で、
ヒュコン
けれど、回転しながら『白い木の爪先剣』を振り回して、その全てを斬り捨ててしまった。
でも、空中で動きが止まった。
その瞬間を見逃さず、巨大な黒い竜は、その喉を膨らませ、真っ赤な口を大きく開放した。
奥に見えるのは、紅蓮の輝き。
ボバァアアアアン
そこから、巨大な炎が噴き出した。
レッドウルフの何百倍もありそうな威力と範囲の凄まじい火炎攻撃だった。
「ケティ様!?」
僕は思わず、その名を叫んでしまった。
けれど、ケティ様は静かに『白い木の左足』を持ち上げた。
その膝に、白い枝が生える。
その先端は丸い宝石みたいで、その宝石が光り輝くと、正面の空中に、直径20メーガンはありそうな『白い光の盾』が生まれたんだ。
そこに黒い竜の炎がぶつかる。
ドパァアアアッ
激しく炎が散って、けれど、その『白い光の盾』は完全に炎を防ぎ、その後ろにいるケティ様には火の粉1つも届かない。
むしろ、地上にいる僕らに火の粉が落ちてきて、
パァアアン
慌てて神官さんたちが魔法の結界を張って、それを防いでくれたりした。
魔法の膜の向こうで、ケティ様は静かな表情だ。
そのまま彼女は、炎を吐き続けている巨大な黒い竜へと『白い木の右足』の爪先を向けた。
メキキッ
その先端の爪先剣が変化して、丸い穴の開いた筒状になった。
その穴の奥に、白い光が集束する。
ポポポ……ッ
周囲の空中からも、光の粒子が白い木でできた筒状の穴へと集まっていき、やがて臨界を越えた。
「――滅びなさい」
聖女の静かな宣告。
同時に『白い木の右足』の砲身から、強烈な白い光の柱が射出された。
パォオン
それは『白い光の盾』で止められる炎を貫通し、その向こう側にあった黒い竜の巨大な頭部を抜け、その胴体までをも貫いていった。
ドパァアアン
竜のいた地面が爆発する。
「うわっ!?」
「きゃああ!?」
その衝撃と振動の強さに、僕とアイネは地面に倒れてしまった。
ナルパスさんたちも膝をついている。
吹き飛ばされた地面の土砂は、魔法の結界が弾いてくれて、幸いにも僕らは無事だった。
…………。
けど、黒い竜の巨体は無事じゃなかった。
頭部が溶けて消え、腹部には大きな穴が開いていて、その周辺は巨大なクレーターとなって、その巨体は半分以上が赤土に埋もれていた。
ケティ様は地面に降りてくる。
その足は、元の『白い木の両足』に戻っていて、ふんわりと着地した。
「…………」
その黄金の瞳が静かに見つめる。
その先で、巨大な黒い竜の死体は、ゆっくりと黒い靄となって分解し、青い空に溶けるように消えてしまった。
…………。
僕らは、何も言えなかった。
グレイブの聖女と呼ばれる彼女は、僕らから離れた場所で1人で立っていた。
その横顔は、何の感情も浮かんでいない。
(…………)
でも僕には、それが何だかとても寂しく思えて、思わず彼女の方へと駆け寄っていた。
「ケティ様」
そう声をかける。
その声に驚いたように、彼女は振り返った。
僕を見つける。
そしてケティ様は、ようやくいつものように優しく微笑んだ。
「終わりました、ユアン様」
そう言って、彼女もこちらに歩いてくる。
ギュッ
ケティ様がすがるように抱きついてくるので、僕も左腕と『白い木の右腕』を伸ばして、必死に彼女の背中を抱きしめたんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
明日は3話更新、それでユアンの物語も完結の予定です。もしよかったら、どうか最後まで見届けてやって下さいね~!




