032・知らなかった世界
地面にバラバラに散らばったスケルトンの骨に、神官さんたちが魔法の光をかけていく。
その白い光に、骨は砂のように砕けて消えてしまった。
「浄化の魔法です」
ケティ様は、そう教えてくれた。
感心してみていると、
(……あれ?)
ふと気づけば、骨の消えてしまった地面に、小さな黒い石が落ちていた。
ナルパスさんが拾って、
「やはりか」
と呟いた。
どういうこと?
僕の視線に気づいて、
「この魔物たちは、人為的に作られた『人造魔』だったということだ」
え?
「要するに、この世の中には、ケレスティア様の存在を快く思わない連中もいるということだ。全く愚かしいことだがな」
バキン
ナルパスさんはそう言いながら、黒い石を握り砕く。
石は黒い靄となって、消えてしまった。
ケティ様を快く思わないって、
(……でも、ケティ様は世界を守ろうとしてくれているんでしょ?)
それなのに?
僕には理解できない。
アイネも同じ顔だ。
ケティ様は少し悲しげに微笑んで、
「世の中には、色々な考えの人がいます。聖女を嫌う者、富と権力と名声が何より大事な者、魔竜を崇め世界の破滅を願う者……そうした者たちに、私たち聖女が狙われることは珍しくないのですよ」
と教えてくれた。
(……そんな馬鹿な?)
僕は唖然だ。
僕も人とは違った右腕で、人の悪意を向けられたりしたけれど、これはそれとは違うあまりに理不尽な悪意だった。
アイネも「そんなの酷い」と怒った顔だった。
ケティ様は微笑んで、
「ありがとう、2人とも。そうして貴方たちが怒ってくれるだけで、私の心は救われます」
そんな僕とアイネを、優しく抱きしめてくれた。
◇◇◇◇◇◇◇
街道の旅が再開する。
その竜車の中で、
「ユアン様は、その『世界樹の右腕』を実に上手く使いこなしているのですね」
って、ケティ様に言われた。
そうかな?
でも、確かに使えば使うほど、段々と身体に馴染んで、より上手に動くようになった気がする。
ミシミシ
顔の前で、白い指を開いたり閉じたりする。
うん、滑らかな動き。
1年前とは大違いだ。
そんな僕を見つめて、
「ユアン様の肉体に、その『世界樹の右腕』はよほど上手く根を張れたのでしょう。きっと相性が良かったのですね。ユアン様のこれからの成長が楽しみです」
ケティ様は、そう笑った。
すると、アイネが少し考え込んだ顔をして、それから、こう聞いた。
「あの……その『世界樹』って何なんですか?」
って。
ケティ様は意表を突かれた顔をして、ナルパスさんと顔を見合わせる。
それから「そうでしたね」と頷かれた。
「まずは、そこからご説明しましょう。その『世界樹』というのは、かつてこの世界に存在したとてもとても大きな樹のことです。そして、その不思議な力によって世界は守られ、平和と安定に満たされていたと言われています」
と、教えてくれた。
(なんか凄い木だ)
でも、その言い方だと、今は、その『世界樹』はもうないのかな?
そう聞いたら、
「はい。『魔竜』によって倒されてしまったそうです。現在は、アシュトレイン帝国本国に、その名残の巨大な根が残っておりますよ」
だって。
う~ん……ちょっと見てみたいかも。
ケティ様の話によれば、当時、『世界樹』は世界の守護者だったけど、でも『魔竜』との戦いに負けちゃったんだ。
そして、代わりに世界に降臨されたのが『輝月の女神ルナティア』様。
そして女神様が、魔竜をやっつけてくれた。
でも、魔竜の残骸が残ってしまって、世界に悪さをしようとしていた。
だから、
「ルナティア様は、選ばれた人間に『世界樹の幼木』を与え、その力で『魔竜』の脅威を祓わせることにしたのですよ」
とのことだ。
僕は自分の『白い木の右腕』を見つめる。
キシキシ
これが世界樹の幼木。
もしかしたら、これから、どんどん大きくなっていったりするのかな?
ちょっと心配になっていると、ケティ様は「さて、どうでしょうね?」ってクスクス笑っていた。
あ、大丈夫そう……よかった。
アイネも僕の白い右腕を見つめて、それから、ケティ様を見た。
「ユアンやケティ様みたいな人は、他にもいるんですか?」
そう聞いた。
ケティ様は頷く。
「はい。私を含めた『5つの領国』の5人の聖女たちと、そして、アシュトレイン帝国にいらっしゃる『大聖女』様。それが現在確認されている全員です。それと男性で『世界樹の幼木』を授かったのは、ユアン様が初めてですね」
そうなんだ?
ここで、ずっと黙っていたナルパスさんが口を開く。
「『教会』は、そうした『聖なる御子』を常に探している。ケティ様もその1人だった。これから先も、見つかる可能性はあるだろう」
今の5人の聖女様たちも、数年ごとに見つかってるらしい。
僕も、3年ぶりの『聖なる御子』なんだって。
ちなみに、そうして見つかった『聖なる御子』が『教会』に所属し、それが女性なら『聖女』、男性ならそのまま『聖人』と呼ばれるそうだ。
じゃあ、
「僕は『聖人』になるの?」
「ユアン様が大きくなりましたら、その時は」
ケティ様はそう微笑んだ。
僕は、まだ未成年だから『御子』なんだね。
アイネは、そんな僕らを見つめて、
「でも、ユアンは『聖なる御子』とか『聖人』って言うよりも、やっぱり『ユアン』が似合ってるわ」
って呟いた。
それに、ケティ様もナルパスさんも目を丸くした。
僕も驚く。
でも、ケティ様は大きく頷いて、「えぇ、その通りですね」って、なぜか嬉しそうに笑ったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
竜車に乗っての旅が続き、10日間が経った。
街道は段々と寂れて、細くなっていき、田舎の方にやって来たことを感じさせた。
やがて、小さな村に到着する。
「おお、ようこそいらっしゃいました、聖女様」
村の人たちが歓迎してくれて、ケティ様も「お久しぶりですね」って挨拶していた。
それから、村長さんの家で休憩。
そこでお茶をもらいながら、
「今年の様子はどうですか?」
ケティ様が聞いた。
村長さんは、少し難しい顔をして「土地が弱っているようで、あまり良くありません」と答えていた。
ケティ様は頷く。
「わかりました。すぐに取り掛かります」
「よろしくお願いします」
村長さんたちは、深く頭を下げていた。
…………。
…………。
…………。
村長さんの家を出たあと、僕とアイネ、ケティ様の一団は、村の裏にある森へと入っていった。
(……?)
なんか空気が重い。
魔物のいる森の気配だけど、それ以上に、何だかよくない感じがして、妙に不安になった。
しばらく進む。
すると、地面が赤土に変わり、段々と木々が枯れ始めていった。
どう表現したらいいのかわからないけど、何て言うか、この森にあった生命の輝きみたいなものがなくなって、死の世界に近づいている感じだった。
赤土の地面に生えた、黒く立ち枯れた木々。
その中を歩いていく。
すると、正面に丘があって、そこに女神像が置かれていた。
像の真下の地面は、真っ黒だ。
ケティ様は、その黄金の瞳を細めて、
「かなり土中の汚染が進んでいますね。どうやら、相当な量の『黒の瘴気』が漏れてしまっているようです」
と呟いた。
(……黒の瘴気?)
思わず、首をかしげる。
すると、そんな僕を、ケティ様は薄紫色の長い髪をふんわりと揺らして、振り返った。
その黄金の瞳で僕を見つめ、
「ユアン様。これから、ユアン様に『グレイブの聖女』としての務めを果たす姿をお見せしますね」
と微笑んだ。




