030・聖女の巡礼
月明かりの下を、竜車はゴトゴトと進んでいく。
しばらくすると、いつの間にか馬に乗った騎士たちと別の竜車が1台、こちらの竜車と合流した。
驚く僕らに、
「私の護衛とお付きの神官たちです」
ケティ様はそう教えてくれた。
(ふ~ん?)
こうした状況を見ると、何と言うか、今回の脱出劇はかなり計画的だったみたいだ。
すると、
「あの……こんなことして、本当に良かったんですか?」
アイネが恐る恐る聞いた。
確かに。
こんなことをしたら、たくさんの人に迷惑をかけてしまうだろうし、ケティ様の評判も落ちてしまう気がする。
けど、ケティ様は、
「問題ありませんよ」
あっけらかんと言い切った。
「今回の件で多くの人が私との時間を欲しておりましたが、私には『グレイブの聖女』としての務めがあります。その妨げとなるなら、このような方法も仕方がありません」
聖女様の務め……。
そう言えば、
(僕に、聖女の仕事を手伝ってほしい……って言ってたよね?)
そう思い出す。
「その聖女のお仕事って、何ですか?」
僕は聞いた。
今なら教えてもらえるかな、って思ったんだ。
ケティ様は僕を見る。
そして、
「そうですね。ではユアン様は、普段、聖女はどのようなことをしていると思いますか?」
「え?」
逆に聞かれてしまった。
僕は困った。
困った時は、いつもアイネが助けてくれた。
だから彼女を見る。
アイネはびっくりした顔をして、「えっと、えっと」と考えて、
「その、教会で世界平和をお祈りしたり……とか?」
って答えた。
ケティ様は微笑んだ。
「そうした務めもありますね」
そう認めて、
「確かに『領都の大教会』では、そのような祈りを捧げることもしています。ですが、それはほんの一時。それ以外の時間、私は、各地で『巡礼の旅』をしているんです」
と続けた。
(巡礼の旅?)
それは初耳だった。
ケティ様が言うには、グレイブの聖女は、領都を出て東都、北都、西都、南都の4大都市を回り、また領都に帰る……ということを続けているのだそうだ。
それが『巡礼の旅』なんだって。
そこまで話したケティ様は、
「ユアン様は、『輝月の女神ルナティア』と『魔竜』の逸話をご存じですか?」
って聞いてきた。
僕は頷いた。
そのおとぎ話は、この国の人なら誰でも、僕より小さな子供でも知っている。
世界を滅ぼそうとした悪い魔竜、それを女神ルナティア様がバラバラにやっつけて、世界を守ってくれたってお話だ。
「だよね?」
って聞いたら、ケティ様は微笑んだ。
「その通りです」
頷いて、
「そして、その話は大昔にあった現実で、バラバラになった『魔竜』の残骸は、実は今の時代になっても世界を滅ぼしかねない脅威となって、各地に残っているのですよ」
って、あっさり言った。
◇◇◇◇◇◇◇
(はい……?)
あまりにあっさり言われたので、僕とアイネは、最初、意味がわからなかった。
え……魔竜の残骸?
各地に残ってる?
世界の脅威?
その言葉がグルグルと頭の中で回って、ゆっくりと1つになっていく。
僕は青ざめた。
アイネも青ざめながら、
「魔竜って……本当にいたんですか?」
「えぇ」
その問いに、ケティ様は頷いた。
その黄金の瞳を伏せながら、
「世間には知らされていません。そして私たち『世界樹の聖女』は、各地を巡礼しながら、その『魔竜』の残骸の生み出す脅威を祓い続けるのが務めなのです」
柔らかな胸に手を当てて、そう教えてくれた。
…………。
僕とアイネは顔を見合わせてしまった。
それが本当なら、とんでもない話だ。
(……まるで、おとぎ話の世界に迷い込んじゃったみたいだよ)
そんな気分。
そして、ケティ様がこうして強引に東都ティアソウルを出た理由もわかった。
世間は知らない。
だから、みんなケティ様の時間をもらおうとしていたけど、それよりもケティ様は『聖女の務め』を優先しただけなんだ。
ケティ様は言う。
「私たちは今、北都ノレドソラルへと向かっていますが、その途中に『魔竜』の残骸の埋もれた地があります。なので、このままその地で務めを果たしたいと思っています」
「…………」
「…………」
今、その場所に向かってるの?
(…………)
正直、ちょっとだけ怖い。
だって、世界を滅ぼしかねない脅威とか言うんだもの。
アイネもあんまり顔色が良くなかった。
そんな僕らに気づいて、ケティ様は優しく微笑まれた。
「大丈夫ですよ? 私たち『世界樹の聖女』は役目を失敗したことはありません。もしあったら、すでに世界が滅んでしまっていますからね」
そう言って、片目を閉じる。
冗談のつもりだったのかな?
(でも、あんまり笑えないかも……)
アイネも笑ってなかったりする。
その反応に、ケティ様は困った顔をして、助けを求めるようにナルパスさんを見た。
「…………」
でも、ナルパスさんは肩を竦めるだけ。
ケティ様は、しょんぼりなされた。
…………。
…………。
…………。
それからも竜車での移動が続いて、窓の外、遠い山の向こうに太陽が昇ろうとしていた。
朝だ。
でも、夜に木箱で揺られたのもあって、僕とアイネはちょっと眠かった。
ケティ様の話で、眠れなくなったのもあった。
そのせいで、今になって、ようやく眠気がきた感じだった。
「ふふっ」
そんな僕に気づいて、ケティ様が優しく肩を抱き寄せ、僕のことを自分に寄りかからせてくれる。
柔らかくて暖かい。
いい匂いもして、何だかこのまま眠れそうだ。
ケティ様の指が、僕の髪をゆっくりと撫でてくれるのも心地好かった。
アイネもそんな僕に寄りかかって、まぶたを閉じている。
ガタンッ
その時、突然、竜車が停まった。
(えっ?)
衝撃で、目が覚めた。
ナルパスさんが目つきを鋭くして、「何事だ?」と御者席の方へと確認した。
すると、
「魔物の襲撃です!」
そんな叫びが返ってきた。
え、魔物っ!?




