029・都の脱出劇
僕とケティ様の婚約発表から、1週間が経った。
世間では、そのことが新聞の一面を大々的に飾り、号外も出されて、街中の人全てが話題として口にしていたんだって。
だって……というのは、僕はそう聞いただけだから。
実は、あの日から僕とアイネは、『東都の教会』の客室の外に1歩も出させてもらえなかったんだ。
理由は、安全のため。
もしグレイブの聖女の婚約者が外を歩いていたら、街中が大騒ぎになっちゃう。
何しろ、聖女様が婚約しただけでも驚きなのに、その相手が、どこの誰とも知れない10歳の子供なんだ。
(そりゃあ、みんな気になるよね?)
しかも、それだけじゃなくて、事情を詳しく聞きたいって人もたくさん押しかけているんだって。
それは一般人や新聞社の人だけじゃなくて、なんと東都ティアソウル長や、領国グレイブ政府の高官、アシュトレイン帝国の大使まで、東都の教会にやって来てるらしいんだ。
ケティ様は、毎日、その対応に追われている。
ナルパスさんは、たまに僕らの部屋まで顔を出してくれて、そのたびに、
「絶対に部屋から出ないように」
って厳命された。
下手したら暗殺なんて可能性もあるって、真面目な顔で言われて、僕とアイネは震えあがってしまったよ。
そんな感じの1週間。
外は騒がしいらしいけど、幸い、客室の中だけは平和だった。
……まぁ、退屈だけどね。
その間に、院長先生やみんな宛てに、アイネと手紙を書いた。
『心配かけてごめんなさい。しばらく会えないけれど、こっちは大丈夫だから安心してね。落ち着いたら、ちゃんと説明に行きます』って、そんな感じの文章。
いつ落ち着くかはわからないけど。
でも、また会いたい。
お別れになるとしても、みんなの顔を見て、ちゃんとお別れしたいから。
「みんな元気かな?」
アイネが呟いた。
僕は答える。
「きっと元気だよ」
「そうね」
赤毛の髪を揺らして頷き、そんなアイネと一緒に、僕は窓から見える青い空を見上げたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
その日の夜、ケティ様がやって来た。
「ユアン様」
ギュッ
婚約発表以来に会ったケティ様は、部屋に入って早々、僕の身体を抱きしめる。
僕は目を白黒させてしまった。
アイネも「あわわ……」と慌てている。
一緒にやって来たナルパスさんは、ため息を1つこぼして、
「ケレスティア様、ストレスが溜まっていたのはわかりますが、その解消にユアン殿を使うのはいかがなものかと……?」
と苦言を口にする。
ケティ様は苦笑しながら、
「ユアン様は、良い匂いがするんです」
と呟いて、名残惜しそうに身体を離していった。
……ちょっと照れる。
それからケティ様は、しゃがんで僕と目線の高さを合わせると、申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんなさい、ユアン様。窮屈な思いをさせていますよね? ですが、それも今夜まで。明日にも、この騒がしい東都を出ることになりますので、もう少々辛抱ください」
え、東都を出るの?
僕とアイネは、びっくりしてしまった。
そしてケティ様は、お付きの神官さんたちに指示を出して、客室の中に大きな木箱を運び入れた。
蓋を外すと、中は空っぽ。
そして、
「よいしょ」
はしたなくも裾を持ち上げながら、ケティ様は足を高く上げて、その木箱の中に入る。
……何してるの?
僕は唖然だ。
するとケティ様は、そんな僕の両脇に手を入れて、
ヒョイ
(わっ?)
そのまま抱えて、僕まで木箱の中に入れられちゃった。
見たら、アイネもナルパスさんに同じようにされて、木箱に入れられている。
「ケティ様?」
僕は問う。
ケティ様は、クスッと笑って、
「真っ当な方法では出られませんから、荷物となって東都を出ましょう。ふふっ、さすがに聖女が木箱に入っているとは、誰も思いませんよね」
そう語る姿は、とても楽しそうだ。
(…………)
聖女様っておしとやかなイメージがあったけど、ケティ様は、結構、やんちゃな性格なのかもしれない。
アイネもポカンとしている。
そしてケティ様は、
「あとは任せましたよ、ナルパス」
「はい」
任された黒髪の女騎士さんは、しっかりと頷く。
そして、他の神官さんたちの手で、木箱に蓋がされて、視界が暗くなった。
グラッ
木箱が持ち上げられたのか、大きく揺れた。
思わずケティ様の方に倒れてしまって、彼女の胸が柔らかく受け止めてくれる。
(はわわ……)
僕は離れようと思ったんだけど、
「危ないですから、そのままで」
ケティ様に優しく背中を押さえられて、そう小声で言われてしまった。
ユサ ユサ
それからは、僕とケティ様とアイネは一言も喋らずに、本当の荷物のように揺られながら、木箱ごとどこかに運ばれていった。
…………。
…………。
…………。
木箱が開いたのは、それから数時間後だ。
「大丈夫ですか?」
開いた蓋の向こうに、ランタンを手にしたナルパスさんが見えている。
ケティ様は「はい」と答えて、立ち上がった。
僕らも外を見る。
そこは、どこかの林の中だった。
僕らは、たくさんの荷物が積まれた馬車の荷車に、木箱のまま載せられていて、すぐそばには、大きな人を乗せるための竜車が停まっていた。
「さぁ、乗り換えましょう」
「あ、うん」
ケティ様に促されて、僕も木箱を出た。
アイネもナルパスさんに持ち上げられて、木箱から出してもらった。
そのまま、隣の竜車へ。
客車に乗り込み、座席に座ると、ナルパスさんが「出せ」と御者に指示をして竜車が動きだした。
ゴトゴト
車両が揺れながら進む。
やがて林を抜けると、すぐに街道に出てそこを走り始めた。
発光石が光っていて、とっても綺麗。
ふと窓から遠くを見たら、街道の遥か後ろの方に、夜でも明るい光を放つ巨大な都市の姿が見えた。
東都ティアソラルだ。
いつの間にか、本当に僕らは東都を抜け出してしまったみたい。
「わぁ……」
アイネも隣で、光の都市の姿を眺めている。
すると、そんな僕とアイネの背中にのしかかるようにして、ケティ様が僕ら2人を抱きしめた。
驚く僕らに、
「ふふっ、大成功ですね」
彼女は、とっても嬉しそうに笑ったんだ。




