028・御子と聖女
「どうして、ユアン1人で勝手に決めちゃうのよ!?」
あのあと、ケティ様にも今後について色々と準備があるらしくて、僕とアイネは『東都の教会』の客室に移動させられてしまった。
聖女の仕事については、あとで教えてくれるって。
そして客室で2人きりになった途端、僕は、アイネに怒鳴られてしまったんだ。
アイネは涙目である。
「わかってるの、ユアン? 聖女様と婚約しちゃったら、私たちと一緒にいられなくなっちゃうかもしれないんだよ? 本当にそれでいいの!?」
「…………」
泣きそうなアイネの声が耳に痛い。
でも、僕は「うん」って頷いた。
「だってそうしないと、僕のせいでみんなに迷惑かけちゃうと思ったから」
そう答える。
アイネは「え……?」と驚き、それからハッとする。
うん、そうなんだ。
ケティ様も言っていたけれど、僕の『白い木の右腕』には大きな力があって、そのせいでたくさんの人が動きだすって話だった。
その人たちの中には、悪い考えの人もいるかもしれない。
そうした人たちは、もしかしたら僕に言うことを聞かせるために、アイネや孤児院のみんなに悪いことをしてくるかもしれない。
……そんなこと、起きなければいい。
でも、グレイブの聖女様が僕を見初めて、こうして会ってしまった事実が生まれてしまったなら、たくさんの人が動きだすのはもう確定的だと思うんだ。
ケティ様が僕を呼ばなければ、なんて思ったりもしたけど、
(そんなことないよね?)
僕の右腕のことは、もしケティ様と会わなかったとしても、誰かに知られていたかもしれないんだ。
そういう意味では、僕の存在を、真っ先に優しいケティ様に気づいてもらえて、庇護下に入れてもらえたのは、本当に幸運だったのかもしれない。
そして、
「ケティ様は『僕を守る』って言ってくれた。ならきっと、僕の守りたいアイネやみんなのことも守ってくれると思うんだ」
聖女様は偉い立場の人だ。
その権力で、色々なことができる。
そして、その力できっとアイネやみんな、院長先生に悪い人たちが近づくのを防いでくれると思うんだ。
「……ユアン」
僕の考えを聞いて、アイネは泣きそうな顔になった。
僕も少し泣き笑いで、
「みんなと一緒にいられなくなるのは嫌だけど、でも、みんなは僕の家族だから。離れていても、大事な家族だから、きっと大丈夫だと思うんだよ」
そう伝えたんだ。
すると、アイネは僕のことを抱きしめてきた。
何度も頷いて、
「うん、うん! もし離れ離れになっても、私たちの心はずっと一緒だよ!」
そう言ってくれた。
(アイネ……)
僕も、その背中に手を回す。
柔らかな赤毛の髪を、ゆっくりと撫でた。
僕らは孤児院の子だから、いつかは必ず孤児院を出ることなって、みんな離れ離れになっちゃうんだ。
それが今回、起きたってこと。
ただそれだけ。
それに、もしかしたらケティ様は優しいから、もしお願いしたら、みんなの将来のために色々としてくれるかもしれない。
学校に通わせてくれたり、あるいは、いい就職先を見つけてくれたり。
(あんまり欲張っちゃ駄目だけど……)
でも、ちょっと聞いてみようかなって思った。
そんなことを考えながら、僕はアイネとしばらく抱き合って、その温もりを感じていたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
それから僕らは、客室での時間を過ごした。
たまに客室の外で、
「おい、ここに聖女様の乱心の元となった子供がいるんだろう!?」
「そこをどけ!」
「我らは、その子と話をしなければならんのだ!」
そんな騒ぐ声が聞こえたりしたけれど、扉の外にはナルパスさんの部下の騎士さんたちがいるようで、結局、その声の人たちは中に入ってこなかった。
アイネはちょっと震えていた。
僕もちょっと怖かった。
でも、きっとこれが『たくさんの人が動きだす』って言うことなのかなって思った。
やがて、食事も運ばれたりしてきた。
その時には、ナルパスさんも来てくれて、
「色々と騒がしくしてすまない。不便をかけるが、周囲が落ち着くまでは、どうかこの部屋から出ないでくれ」
と頭を下げられた。
僕らはもちろんコクコクと頷いた。
ちなみに『東都の教会』で出された料理は、質素な見た目なんだけど、とっても美味しくてびっくりした。
アイネも、
「レシピが知りたいわね」
って笑ってた。
アイネの笑顔を久しぶりに見た気がしたので、ちょっと嬉しかったな。
そうして夜が来て、朝が来た。
フカフカの布団で、よく眠れた。
そして朝食を食べていると、ケティ様とナルパスさんがやって来てくれた。
「おはようございます、ユアン様、アイネ様」
そう微笑む。
空気が柔らかく、綺麗になっていくような笑顔だった。
僕らも「おはようございます」って答える。
それからケティ様は、実は今日これから、多くの人を集めて、僕とケティ様の婚約発表をするのだと教えてくれた。
(……え?)
今日これから?
僕とアイネは唖然となり、けれど、ケティ様は穏やかに微笑まれたままで、ナルパスさんは小さなため息をこぼして苦笑していた。
◇◇◇◇◇◇◇
そのあとのことは、実はあんまり覚えてない。
たくさんの女の人がやって来て、僕は服を脱がされ、おめかしをされてしまった。
(化粧なんて、人生初めてだよ……)
アイネも一緒に、何か色々とされてた。
それから、ケティ様の隣に並ばせられて、大勢の神官さんと一緒に大きな礼拝堂みたいな場所に連れていかれた。
5メーガンぐらいある女神像があった。
そして、すっごくたくさんの人が集まっていた。
神官さん、騎士さん、文官さん、高そうな服の人、偉そうな人、いっぱい、いっぱい集まっていて、その全員の視線が僕へとぶつけられて、正直、気を失いそうだった。
その中に、おめかしアイネもチョコンと紛れていた。
それだけで、何とか意識が保てた感じ。
やがて、ここで1番偉そうな神官さんが、僕が『聖なる御子』であること、『グレイブの聖女』であるケティさんと婚約したことが発表された。
礼拝堂は、凄く騒がしくなった。
その中で、僕はケティ様に促されて、自分の『白い木の右腕』を高く持ち上げた。
チリィン
例の鈴が鳴らされ、僕の右腕は発光する。
それを見て、集まった人たちは「おおおっ!」と、どよめきと歓声をあげていた。
しばらく、そのざわめきは収まらなかった。
ケティ様が口を開いた。
それでみんな静かになって、ケティ様の話を聞いていた。
内容は覚えてない。
多分だけど、この子が私の婚約者になったので、皆さん、どうかよろしく……みたいな感じの話を、すっごく遠回しの難しい言い方で言ってたんだと思う。
そして最後に、ケティ様が僕を見つめた。
黄金色の瞳。
そこに、僕の姿が映っている。
「ユアン様。不束者ではございますが、このケレスティア、生涯をかけてユアン様を守り、愛することを誓いましょう」
そう甘く囁かれた。
そして、その綺麗な顔が近づいてくる。
サラッ
ケティ様の薄紫色の長い髪が柔らかく揺れて、それが僕の頬を撫でて、そして、唇が重ねられた。
(……ほえ?)
頭が真っ白になった。
気がついたら、ケティ様の顔が離れていた。
頬が赤くなっていて、ちょっと恥ずかしそうで、でも、その姿がなんだかとっても可愛かった。
「ふふっ」
彼女がはにかむ。
僕はただ、ポ~ッとするばかり。
そうして僕とケティ様の婚約は、領国グレイブだけでなく、他4つの領国やアシュトレイン帝国本国にまで広く知られることになったんだって。




