020・快癒の実
(これは……?)
僕は目を丸くして、手のひらに生えた『真っ赤な丸い実』を見つめてしまった。
ミシミシ
呆然とする僕を促すように、白い手が勝手に揺れる。
あ、そうか。
しばらく前、秋の頃にゴブリン退治に行った時、毒にかかったシュレさんを治した時を思い出した。
あの時は、緑色の『丸い葉っぱ』だったけど、
(でも、きっと同じだ!)
そう気づいた僕は、急いで台所へと向かったんだ。
…………。
台所の棚から、木製コップを取り出す。
その上に『白い木の右腕』を伸ばして、手に生えた『真っ赤な丸い実』ごと、枝の指を閉じる。
ギュウッ
白い手の中で、実が潰れた。
そこから薄い金色の果汁が溢れて、僕の小指を伝って、木製コップの中にポタポタと溜まっていった。
量は、コップの3分の1ぐらい。
これをアイネに……。
「よし」
こぼさないように大切に抱えて、僕は夜の廊下を、アイネの寝室へと小走りに向かった。
◇◇◇◇◇◇◇
アイネの寝室に入る。
院長先生は、もう自分の部屋に戻ったようで姿はなかった。
室内の明かりは、青白い月光だけ。
ケホ コホ
その光に照らされて、ベッドで寝ているアイネは、小さな咳を繰り返していた。
……苦しそうだ。
僕は、ベッドに近づく。
シーツの上には、アイネの長い赤毛の髪が広がっていて、おでこに乗っていたタオルも転げ落ちていた。
「アイネ」
僕は声をかける。
眠りが浅かったのか、アイネは、ふと瑠璃色の瞳を開けた。
熱に潤んだ瞳。
焦点がぼんやりしていて、でも、とっても綺麗なアイネの瞳だった。
「……ユアン?」
彼女が僕の名を呟く。
僕は「うん」と頷いて、持っていた木製コップを彼女に見せた。
「これ、飲んで」
そう言う。
アイネは不思議そうに、木製コップを見つめた。
それから、重そうに上体を起こす。
長い赤毛の髪が肩からこぼれて、
ケホケホ
途中で咳き込んで、僕は慌てて『白い木の右腕』を伸ばして、その背中を支えた。
アイネは「ありがと」と笑う。
それから、コップの中身である薄い金色の液体を見つめて、
「これは?」
って聞かれた。
僕は、
「アイネを元気にしてくれる飲み物だよ」
って答えた。
木製コップを受け取ったアイネは、それを見つめて、それから僕の方を見た。
(?)
アイネは薄く笑って、「ユアンが言うなら、信じるわ」と小さく言った。
そして、木製コップを口につける。
コク コク
白い喉が何度か動いた。
すると、アイネの全身から淡い金色の光が広がって、すぐに消えていった。
「ふぅ」
アイネは息を吐く。
僕は空になった木製コップを受け取って、「どう?」と問いかけた。
彼女は「まだわかんない」って、困ったように笑った。
それから、
「なんだか眠いわ」
と、その瞳を伏せながら訴えた。
あ、そっか。
考えたら今は真夜中で、いつもだったら、みんな眠っている時間なんだ。
僕は「ごめんね」と謝って、アイネが再びベッドに横になるのを手伝った。
枕に頭を横たえ、
「おやすみ、ユアン」
アイネはそう微笑むと、すぐにスヤスヤと眠り始めてしまった。
…………。
ずっと続いていた咳が止まっていた。
あれだけ苦しそうだった寝顔も、今は、とっても安らかな表情をしていた。
(よかった……)
泣きたいぐらい、安心する。
それから僕は、音を立てないようにしてアイネの部屋を出ようと歩きだす。
扉を開けて、ふと振り返る。
月光に照らされて、アイネが眠っていた。
今夜の出来事は、僕とアイネ、それから窓の外から見ていた3つのお月様しか知らない出来事だ。
僕は微笑み、
「おやすみ、アイネ」
そう囁いて、静かに部屋の扉を閉めた。
◇◇◇◇◇◇◇
「おはよう、ユアン!」
翌朝、アイネは元気な笑顔を見せてくれた。
熱もすっかり下がって、咳だって1回も出てこない。
院長先生は「あんなに症状が重かったのに……」って驚いていたけれど、僕やみんなは大喜びだった。
「よかった、アイネ」
「心配したぜ」
「アイネ~」
みんな、アイネを取り囲み、笑っていた。
僕も一緒になって、笑った。
すると、アイネがふと僕を見て、
「ユアン、昨日のこと、夢じゃないわよね?」
と聞いてきた。
僕は「え?」と目を丸くして、それから「うん、夢じゃないよ」って頷いた。
アイネは「そっか」って答えた。
それから赤毛の髪を散らして、突然、僕に抱きついてきた。
(わっ?)
驚く僕に、
「ありがとう、ユアン! 私、ユアンが大好きよ!」
って言ってくれた。
突然のことに、僕はしばらく動けなかったんだけど、すぐに笑って、彼女の背中をポンポンって軽く叩いたんだ。
そんな僕らに、みんな、顔を見合わせていた。
そこでアイネが昨夜のことを説明して、僕も手のひらに生えた『真っ赤な丸い実』のことを教えたんだ。
みんなは、
「何それ、すげぇ!」
「マジかよ」
「もうユアンって、何でもありだな」
驚いたり呆れたり、でも『よくやった』って感じで、何度も背中を叩かれた。
イタタ……。
痛がる僕に、みんな、また笑った。
アイネも笑っていた。
だから僕も笑ってしまって、またみんなで一緒になって笑ったんだ。
でも、そのあと、今の話を少し離れて聞いていた院長先生が「ユアン、今の話は本当なの?」って聞いてきた。
僕は頷いた。
院長先生は確認するように、
「じゃあ、ユアンは、病気を治すことができるのね?」
って言われた。
僕は少し考えて、こう答えた。
「アイネぐらいの病気だったら、多分、治せるみたいです」
「そう」
院長先生は、しばらく考え込んだ。
それから顔をあげると、
「ユアン。実は今、村ではアイネと同じような症状で苦しんでいる人が大勢いるの。だから、ユアンのその力を貸してもらえないかしら?」
真剣な顔で、そうお願いされてしまったんだ。
僕は驚いた。
でも、そんな僕の背中に、トンッと小さな手のひらが押し当てられた。
「ユアン」
振り返ると、アイネがいた。
「やりましょ、ユアン。貴方ならきっと、村の人たちを救えるわ」
彼女は、そう笑った。
背中から伝わる、温かな手のひら。
アイネの信頼の眼差しと明るい笑顔に、何だか胸の中が熱くなった。
だから僕は、
「うん、わかった」
そう答えて、大きく頷いたんだ。




