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白い木の右腕のユアン  作者: 月ノ宮マクラ


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019・アイネの風邪

 アイザックさんたちと別れて、僕は日常に戻った。


 いつものように、みんなで森に出かけて、ホーンラビットやレッドウルフを狩って、その素材を売ったり、村に配ったりする。


 代わり映えのない毎日。


 でも、みんなと過ごせる楽しくて大切な時間。


(ずっと、この時間が続けばいいな)


 そう思っちゃう。


 そんな風に日々を過ごして、気がついたら、季節はもう冬になっていた。


 …………。


 …………。


 …………。


 今日も、教会の礼拝所を掃除する。


 いつものように雑巾がけをするんだけど、水が冷たくて、生身の左手の指が凍えてしまう。


「今日も寒いね~」


 隣のアイネが、そう困ったように笑った。


 吐く息が白く染まっている。


 みんなも、ちょっと辛そうだ。


 僕も「うん」と頷いて、ふと窓の外を見た。


 そこから見える村の景色は、家も畑もたくさんの雪に覆われていて、どこもかしこも真っ白だった。


 一面の銀世界。


 遠くの森や山々も、白くなっていた。


 雪が積もってしまったので、森に入るのは危険すぎるということで院長先生から禁止され、僕らの狩りも冬の間はお休みになってしまった。


 でも、孤児院の蓄えは充分ある。


 集めた『魔物のお肉』は燻製にして保存してあるし、『魔物の毛皮』も防寒具には最適だ。


 それどころか、余った分は村にも配っているから、孤児院だけじゃなくて村全体にも今年は余裕がある状態なんだって。


「ありがとうな、ユアン」


 村長さんにも直々にお礼を言われちゃったよ。


 大人にそう言われるのが少し恥ずかしくて、でも、アイネやみんなと一緒に「えへへ」って笑い合ったんだ。


 そんなことを思い出しながら、教会の掃除も終わった。


「ふう……」


 珍しくアイネが重そうに吐息をこぼしている。


 すると、そこに院長先生がやって来て、「お疲れ様」とがんばった僕たちに微笑んでくれた。


 でも、その手には木製スコップがあって、


「じゃあ、次は雪かきですよ」

「…………」

「…………」

「…………」


 笑顔の院長先生に、僕らは顔を見合わせ、ため息をこぼした。


 冬って大変だ……。



 ◇◇◇◇◇◇◇ 



 えっほ、えっほ。


 スコップで雪をすくって、脇へと放る。


 教会にお祈りに来る人のために、玄関から村の道までを、みんなで雪かきしていった。


(雪って、重いなぁ)


 僕の『白い木の右腕』は力持ちだけど、僕の足腰は普通だから、そんなに負担は変わらない。 


 ……でも、いい練習になるかも?


 実は、秋のアイザックさんたちの戦いを見て、ふと思ったんだ。


 僕の右腕は凄いけれど、生身の部分も鍛えておかないと、今度またゴブリンやゴブリンキングと出会った時に対処できないんじゃないかって。


 その時は、きっとアイザックさんたちもいない。


 1対1ならなんとかなっても、群れで襲われたら、きっと負けちゃう。


 だから、


(もっと身体を鍛えよう!)


 って思ったんだ。


 なので、秋から地道に筋トレしたり、ホウキで素振りしたり、色々とがんばってる。


 まだ始めたばかりで成果はないけど、いつかはアイザックさんみたいに強くなりたいな……なんて、ぼんやり思ってるんだよね。


 そんなわけで、一生懸命に雪かきトレーニングだ。


 えっほ、えっほ。


 みんなよりも、いっぱい雪かきする。


 小さい子たちは、僕がどけた雪を使って、大きな雪だるまを作っていたりしていたけど。


 そんな時だった。


(ん?)


 ふと見たら、いつも真面目なアイネが手を止めていた。


 何もせず、ただ立っている。


 …………。


 どうしたんだろ?


 アイネの頬は真っ赤で、ぼんやりした視線を何もない空中に向けていた。


「アイネ?」


 僕は呼びかけた。


 でも、返事がない。


 みんなも気づいて、僕とアイネを見ていた。


 僕はアイネに近づく。


 左手の手袋を外して、彼女のおでこに当ててみた。


「……熱い」


 僕はびっくりした。


 僕の手が冷えていたことを差し引いても、アイネの体温はすっごく高かったんだ。


 アイネは目を閉じて、


「ユアンの手、気持ちいい……」


 なんて呟いている。


 大変だ。


 僕は大慌てでアイネを支えて、他の子に急いで院長先生を呼んでもらったんだ



 ◇◇◇◇◇◇◇



「風邪ですね」


 ベッドに寝かされたアイネの脈や喉を見て、院長先生はそう言った。


 風邪……。


 僕は、アイネの顔を見てしまう。


 彼女の顔は赤くて、呼吸も早く、眠っているのに、その表情はどこか苦しそうだった。


 院長先生は、


「寒さで体調を崩したようですね。大丈夫、しばらくはアイネを安静にしてあげましょう」


 そう言って、心配する僕らの肩を抱いた。


(……うん)


 僕らは頷くしかなかった。


 それから僕らは、風邪がうつってはいけないから、アイネのいる寝室には入らないことを約束させられた。


 院長先生が残り、僕らは部屋を追い出される。


「…………」

「…………」

「…………」


 みんな、何も言えなかった。


 アイネは、僕らみんなのお姉さんだ。


 何をするにも彼女が中心で、彼女がみんなを引っ張ってくれるから、僕らも安心してがんばることができたんだ。


 そのアイネがいない。


 それだけで、まるで太陽が消えてしまったような気分だった。


(……アイネ)


 彼女は、がんばり屋さんだ。


 みんなの中で誰よりもがんばっていて、それなのに弱音も吐かない。


 ……今回もきっと、アイネはもっと前から苦しかったはずだ。


 それなのに、彼女はみんなを心配させないように、それを隠して、僕らはそれに気づかなくて、こんなになるまで彼女を休ませてあげられなかった。


(本当は、気づかなきゃいけなかったのに……)


 それが悔しいし、悲しい。


 みんなも同じ気持ちなのか、涙目だった。


 僕も泣きたい。


 でも、泣いてもアイネは治らないし、一番大変なのは彼女なんだ。


 だから、泣いちゃ駄目。


「…………」


 僕らは唇を噛み締めて、アイネの部屋の前から離れていった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 夜が来て、みんなベッドに横になった。


 僕も横になる。


 今夜は、いつも一緒だったアイネのいない寝室だった。


 夕食の時も、アイネがいないだけで、みんな、会話が弾まなくて、重い空気の中での食事になっちゃった。


「…………」


 アイネの存在って、本当に大きかったんだな。


 あの赤毛の燃えるような髪と太陽みたいな笑顔を思い出して、今の状況が本当に悲しくなってくる。


 そのまま、夜も更けていった。


 …………。


 ふと、夜中に目が覚めた。


(……トイレ、行ってこよう)


 みんなを起こさないよう気をつけて、僕は寝室を出ていった。


 …………。


 用を済ませ、部屋に戻ろうと廊下を歩く。


 その時、


 ケホ コホ


 アイネの部屋から、咳き込む音がした。


 慌てて近づくと、扉の隙間から灯りが漏れていて、少しだけ扉を開いて、中を覗き込む。


 アイネが咳をしていた。


 そばには院長先生が立っていて、燭台の灯りの中、濡れタオルを絞って、アイネのおでこに乗せていた。


「がんばって、アイネ」


 その手を握り、院長先生が呟く。


 その声も、とても悲しそうだ。


 ケホッ コホコホッ


 アイネの咳は止まらなくて、昼間よりも病状が悪化しているみたいだった。


「…………」


 僕は、ソッと扉を閉める。


 音を立てないように廊下を歩いていくけれど、頭の中は真っ白だった。


 胸の奥が苦しい。


 苦しくて堪らない。


(……アイネ)


 強く目を閉じると、涙がこぼれそうだった。


 もしも、このままアイネが死んじゃったら……? そんな最悪の想像が頭の中によぎって、慌てて、頭を強く左右に振った。


 そんなことない!


 アイネはいなくならないよ!


 そう自分に言い聞かせる。


 でも、彼女の苦しそうな様子が思い出されて、僕は唇を噛み締めた。


(何とか……何とかできないの?)


 すぐにアイネを治したい。


 アイネの笑顔を、また見たい。


 そう強く思った。


 ミシッ


 その時、そんな僕の思いに応えるように『白い木の右腕』が勝手に持ち上がった。


(え……?)


 白い手のひらが僕へと向けられて、


 メキ ミシシ


 そこから小さな枝が生えて、そこに『真っ赤な丸い実』が1つ、ピョコンと生まれたんだ。

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