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プロレスラーと見紛うばかりの巨漢であり、その全身はくまなく迷彩服で覆われていた。加えて急所の部位にプロテクターが装着されていることもあり、アメフトやモトクロスの選手のようでもあった。
偉丈夫であることは間違いないが、それでいて恰幅が良すぎるせいかどこか滑稽さも併せ持っていた。
背を向けていた為に優星からは巨漢の顔を確認はできない。尤も、頭部を保護するフルフェイスヘルムのシールド部分はスモーク処理が施されており、表情どころか目鼻立ち自体が一切うかがえない有様である。
優星のヘッドライトに照らし出される巨漢が手にした獲物は、近代的なデザインの迷彩服とは不釣り合いな巨大な鉄の棍棒であった。角張った鉄塊に等間隔でズラリと並ぶ半球状の突起。昔話に出てくる鬼の金棒としか言い様のないその巨大な鈍器を、巨漢は軽々と頭上に振りかざした。
「ぐおおおおっ!」
フルフェイスヘルムのシールドの更にその奥から、再びくぐもった怒声が響く。至近距離ということもあり、それは優星の鼓膜をビリビリと震わせ、たじろがせた。
戦意を削がれたとまでは言わない。しかし完全に想定外の、しかも度肝を抜く闖入者を前に、先程まで優星の内に満ち満ちていた怒気は霧散してしまったのも事実である。単に呆気にとられたと言ってもいい。
優星にとってまるで映画の一場面であるかのように、巨漢が金棒を化け物の脳天目掛けて振り下ろす様がスローモーションめいて視えた。
くぐもった鈍い音と共に、呆気なく化け物が押し潰される。不思議なことに体液めいたものは一切噴出せずに、まるで元から粘土細工か何かであったかのようにその半透明の肉体だけが見事にひしゃげた。
断末魔を上げることすら無かった。
振り下ろした勢いのままに金棒が石床を打ち叩くゴツンという轟音と振動が、固まっていた優星をハッと我に戻す。
目の前に壁のようにそびえる巨漢の背中。もし化け物が血を噴出していたならば、その返り血でさぞ凄惨なたたずまいにであっただろうと、我ながら場違いな安堵を優星は覚えた。
その、ヘルメットで完全に隠されている巨漢の顔が、今度は背中越しに優星へギッと向いた。怪物に代わる新たな“圧”に優星の顔を一筋の冷や汗が伝う。
怪物の亡骸が塵のように崩れる――これまた有り得ない――様を視界の端に捉えながらも、彼は棒を握り直し、構えた。
元より寒々とした地底の空気が、より一層凍てついたものへと変じる。
「――待った!」
緊迫した地の底に場違いな青年の声が割り込んで来たのはまさにその瞬間であった。
「待った、待った、待ったぁ!!」
地下洞に響き渡る青年の声。それは緊迫した場にはまったく相応しくない、どこか愛嬌すら感じさせる飄々としたものであった。
「!」
青年の声が合図となったのであろう、巨漢が声のした方角に向き直り、棍棒の先端をガツンと地に付け出迎えの姿勢を取る。
巨漢の向いた先、すなわち自分達が元来た【戸口】の側に優星もまた振り返った。こちらに駆け寄ってくる一人の青年の姿が彼のヘッドライトに照らし出される。
その姿は巨漢とは全く対称的な出で立ちであり、そして正反対でありながら揃ってこの場の雰囲気にそぐわない異様な雰囲気を醸し出していた。
青年はとても地底に乗り込むにはそぐわない和装であり、ご丁寧に足下も草履で揃えられていた。
そのまま滑るような足取りで優星の前に走り酔って来た青年は、彼より頭一つ低い小柄な身の丈であった。紺色の和服の上にまとった青い羽織。片側だけ長く伸ばした茶色い前髪により右目は隠れているが、露わな左目には叡智の光と、そしてそれを上回る胡乱な光が優星に強い印象を与えた。
「まぁ何だ」
間近で聞く青年の声は高くもなく低くもなく、ただ“軽い”という印象を優星に残した。
「警戒するのも分かるがまずは武器を降ろしてくれんか?」
「誰だ、お前…!」
優星は、しかし棒を降ろすことはせずに語気も鋭くそう訊いた。巨漢と青年に前後を挟まれた位置取りになっていることに改めて気付き、両者がまとめて視界に納まる位置まで注意深く後退る。
「わし…わしか……」
優星のヘッドライトの明かりの中で青年がどこか楽しげにニンマリと笑う。
「聞いて驚け。何を隠そう新進気鋭の動画配信者じゃよ」
「動画配信……」
優星の片眉が、傍からでも分かる程に吊り上がる。
動画配信者という言葉は、流行に疎い優星でも流石に聞き憶えのあるものであった。
『あなたが選別した動画が、誰かの好みに刺さるかも!』
そう売り言葉を掲げて一般からの動画投稿を募った『ユーチューズ』という動画配信サイトは見事に成功を収め、やがて動画投稿を生業とする動画配信者は子供達の将来成りたい職業のトップにまで躍り出たことも記憶に新しい。ネットにそこまで精通していない優星ですら知っているその隆盛は社会現象と言っても過言ではなかった。
優星が動画配信者との名乗りに眉を顰めたのは、『ユーチューズ』台頭と共に明らかになった負の側面もまた耳にしていたことに起因する。
素人による動画投稿。それはどうしても忖度が付随する公式動画と異なり、これまで隠蔽され表に出ることのなかった『真実』が明かされる――かもしれない――という利点は確かにあった。しかしその点が過度に脚光を浴びた――そして何よりも再生数が金に直結した――ことにより、視聴者数を稼ぐという承認欲求が過度な暴走を始め注目を集める為だけの動画配信者による迷惑行為、非常識な行動が問題視され始めているのも事実であった。
そもそも厳格な祖父による古めかしい価値観で躾けられた優星にとって、動画配信者などは虚業という偏見は根強いものであり、胡散臭さがまず先立つものでもあった。
まして、この世のものとも思えぬ地底の一角で、飄々と声を掛けてくる異様さに友好的に接しろという方が無理な話であった。
「……それで?」
故に、問い返す優星の声は固い。
たははとばかりに己の額をピシャリと打った後、青年はわざとらしく丸く目を見開いてズイと顔を優星に寄せた。
「動画配信者の目的と言えば、隠された真実を世間様に明らかにすることじゃろう?」
飄々とそう嘯いてみせた青年が、芝居じみた動きで人差し指をピッと立てる。巨漢の方はというと、相変わらず仁王立ちのまま微動だにしない。
「例えばここが噂通り淫祠邪教の――」
「黙れっ!!」
優星の怒号が地下を揺るがす勢いで轟き響く。流石に手にした六尺棒でいきなり青年に打ちかかるような真似こそしなかったが、全身から立ち昇る殺気はそれまで不動の体勢だった巨漢が優星を威嚇するようにその身を揺らすに充分であった。
「穏やかじゃないのう」
優星の殺意溢れる一瞥にもまったく怯む様子もなく青年は肩をすくめてすらみせた。
「その怒りよう、何かここに因縁でもあるのか? ん?」
挑発だと受け取られても仕方の無い戯けた素振りではあるが、逆にそれが優星の怒気を鎮めた。彼は苦々しい表情を崩さずに顔だけを背け、化け物が潜んでいた闇の、更にその奥を凝視した。
「……くだらん噂だ」
「その様子じゃと、お主も単なる物見遊山という訳ではなさそうじゃな」
『今宵奇縁有り』――青年の脳裏にそのお告げの言葉が響いていたことなど優星が知る由もない。
(奇縁か…それもよかろう……)
一瞬だけニンマリとした笑みを浮かべた後、青年は顔を背けたままの優星に問い掛けた。
まるで悪魔が甘言で取引を囁きかけてくるが如く。
「どうじゃ、わしと組まんか?」




