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擬神クタアト  作者: 深崎伸
第一章「謎の地下迷宮出現!!」
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1-2

        *


 自衛隊による厳重な警戒体制の中で常沼町どころかその奥の桜香山まで潜り込めたのは自分くらいであろうと、俗に云う丑三つ時の時刻に身支度を整えながら優星は思う。

 彼が身を潜め仮眠を取っていた地下廃道は、元々は旧日本陸軍による防空壕――より正確に言えば元々は武器貯蔵庫として極秘に掘られた地下道を転用したものであると優星は過去に祖父から聞かされていた。

 今、その存在を知るのは山主となった自分達一家だけであるとも。

 旧軍絡みとは云え街の住人達が知らぬ程に秘匿されるものなのかと、少年だった優星は疑問を抱いた憶えがある。だが当時の彼はそれを祖父に問い質しはしなかった。訊いても答えないだろうという、本能的な理解があった。

 何れにせよ祖父の言う通りこの長い地下廃道は自衛隊の監視下にはなく、桜香山に続く道無き道を分け入って来た彼をその内に招き入れてくれたのである。

 幼き頃より勝手知ったる懐かしの地として。


 「行くか……」


 自らを鼓舞する為に優星は敢えてそう口に出した。闇夜に紛れる為に選んだ濃紺のヘルメットを装着し、廃道の出入り口から外へと出る。

 街中と異なる山々の満天の星空の下ならば、その星明かりを頼りに山中を進むことが彼には可能だった。逆に言えばその為に満月である今宵を潜入日に選んだというのもある。

 幼い頃よりこの山々を庭として育った彼だからこそ可能な侵入経路である。祖父に勘当されて後、二度と戻る事はあるまいと思っていた山腹ではあるが。


 (しっかりしろ……!)


 優星は己の両頬をパンパンと軽く叩いて気合いを入れると、かつての生家――すなわち桜香山の山腹に鎮座する桜香神社に通ずる石段を目指し、山の裏手から回り込むべく歩み始めた。


        *


 幼い頃から駆けずり回った裏山である。月と星明かりさえあれば、例え道無き道であろうともその身が記憶していた。自分でも苦笑が漏れる程度には。木々の間を行く優星の足取りはそれ程確かなものであった。

 だが――


 (やはり妙だ……)


 優星が山中の様子に違和感を覚えるのにそう時間はかからなかった。

 麓にある常沼町が半壊する程の地崩れが起こったのならば、桜香山そのものの形が変わっていてもおかしくはない。しかし、少なくとも山々の裏手に関しては昔と寸分変わらぬ様相のままであった。

 そもそも先の中堅チューザーによる唯一の実況動画でも、町中に土石流の痕跡が見られないことはしばしばコメントで指摘されていた。地震発生以降の桜香山周辺の画像は他に公開されておらず、チューザーによるドローン撮影も阻止されている以上、全ては憶測の範疇の話ではあるのだが。

 優星が自らの目で現況を確認すべく故郷に帰って来た理由の、それは一端でもあった。

 もしかすると、桜香山に土石流は発生していないのではないか。

 もしかすると、生家である神社も無事なのではないか。

 もしかすると、妹は震災に巻き込まれてはおらず、ただ連絡が取れないだけなのではないないか。


 淡い期待の筈であった。荒唐無稽な望みであると自らに言い聞かせてきた。

 だが――だが実際に山腹に大きな災害の爪痕は無い。


 優星の足運びは自然と早足となり、やがて駆け足へと変わる。

 連絡がつかないのは実家である神社ごと土石流に呑まれたからだと諦めていた。


 (だが、もしかしたら……!)


 しかし彼の一縷の望みは、神社に近付くに連れて再び落胆へと変わっていった。

 周囲の木々が傾き、倒壊しているのが分かる。神社に近付くにつれて、木々の損傷は顕著になっていった。

 大規模な土石流は発生しなかったのかもしれない。だが局所的に何らかの震災が発生したのは確かに見て取れた。

 倒壊した木々は、巡回警備中の自衛隊員から身を隠すには絶好の隠れ場所である。しかし優星はむしろ――無論、周囲への警戒を怠った訳ではないが――その脚をより一層早めた。


 「――なっ!?」


 山裾から神社の敷地にまで伸びる、勝手知ったる長い石の階段。山中を大回りし、ようやくそれを一望できる高台に辿り着いた優星の脚が、驚愕に思わず止まる。

 石段そのものは地震に見舞われたにも関わらず健在であった。だが境内――本殿や拝殿はおろか別棟である母屋に至るまで、全ての建造物が地表からその姿を消していた。だが地震による倒壊ではない。境内のあった場所には巨大なすり鉢状の大穴が、星明かりの下にその黒々とした大口を開けていた。

 一般報道に規制がかかっている以上、優星も『最悪』の事態を覚悟していた。しかし目の前に広がる大穴は、流石にその彼の予想を遙かに上回る異様な光景であった。

 反射的に高台から駆け出して幾ばくかの時間の後、優星は石の階段の始点まで辿り着いた。

 少なくともここに到達するまでの間、一番の懸念材料であった自衛隊員との遭遇は無かった。そればかりか、本来あって然るべき詰め所の類も、少なくとも石段の周辺には見当らなかったのは意外であった。有り得ないと言ってもいい。

 だがと、優星は己の中の雑念を振り払う。余分な時間も無い以上、彼は手早く周囲を見渡し人の気配が無い事を再確認すると、そのまま石段を一気に駆け上り大穴の淵へと到った。

 その口から、唖然とした言葉が漏れるのに時間はかからなかった。

 「馬鹿な…! こんなことが……!」

 境内の入り口に向かって伸びている石段は大穴が陥没する縁で折れ曲がっていた。馬鹿げた話ではあるが、上り石段は粘土細工か何かのように、すり鉢状の大穴の壁面に沿い一転して降り階段へと変じていたのである。

 「……」

 石段の脇で大穴の奥を覗き込む優星であったが、無論その奥底が見通せる訳も無い。

 降りの石段自体は一段も欠けることなく深淵の奥へと続いている。地震による陥没であれば――そもそもこんな超常現象の前では無意味な仮定であるのだが――ここまで石段が奇麗に折れ曲がることなど有り得る筈も無い。

 「どうする…?」

 自問が思わず声となって漏れ出たのも無理はない、不可解な事象であった。

 不自然な局所地震と自衛隊による厳重な封鎖。真偽不明な唯一の実況動画。その混沌とした状況がネット上に悪意に充ちた憶測をも生んだ。

 震災の真相をこの目で確かめることが第一の理由であったが、そのネット由来の不名誉な噂を正す事もまた優星がこの地に戻って来た目的だった。本来ならばここまで来て引き返すという選択は有り得ない筈である。

 だが、ネット上の与太話を裏付けるように、彼の目の前には『大穴』という異様な光景が現に広がっている。土石流による地崩れの荒れ地を踏破できるだけの装備を整えては来たが、流石に地下に――それも得体の知れない――脚を踏み入れることは想定していなかった。それが故の自問であった。

 このまま単身地下に降りるなど正気の沙汰ではない。自問するまでも無い話であり、優星本人もそれは充分に分かっているつもりだった。

 『次回』の探索に備え携帯ライトを取り出して降り階段の先を照らす。しかし深淵の奥底が覗けることも無く、文字通り地獄の底まで続いているような不変の暗黒空間を前に優星は今夜の探索の断念を改めて決意した。

 今夜の潜入では幸いにも自衛隊員に発見されることは無かったが、そもそも巡回の気配自体が皆無であった。桜香山の土石流が現実に発生していない以上、自衛隊の封鎖はあくまで常沼町に留まるのかもしれないと優星は推測する。加えてこの山に繋がる廃道の存在を知るのも今は自分だけである。『次』の侵入の目処が付いている以上、今日という日に固執する必要は無かった。


 ――シャリン……


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