第2話「奇異」
謎の影を追う汐苑と共に、路地裏に入った悠真は、目の前に見えたそれの姿に驚愕する。
幼い頃、共に過ごした記憶が蘇る様な気分だ。
あの頃と何ら変わりない姿で、和泉が、走っていたのだから。
「そんなはずはない、あれは……誰なんだ。」
「そんなの和泉に決まってるじゃん。悠真も覚えているでしょう。」
覚えているとも……あの髪型も、格好も、あの頃の和泉のままだ。
だからこそ許せないのだ。
こいつは、和泉のことを汚している。
汐苑を玩んでいる。
誰であろうと絶対に許せない。
……その時、頭の片隅に思い浮かんだことがあった。
なんだ?この状況、あの変な話に似てるぞ。
人の心に付け入る怪物の噂。
そんな馬鹿げた話があるか?
そう思っていたが……まさかこんな形で会うことになるなんてな。
堪えきれない怒りのまま、どうしようかと思考を巡らせている内に、和泉は立ち止まった。
「よかった、追いついた……。ねえ、和泉。どうして逃げるの?」
その言葉に反応した和泉は振り返る。
「マジかよ……。」
後ろ姿だけじゃない。
顔やその仕草までも、全てが完璧に和泉だった。
「……久しぶりだね。二人とも。」
「ッ!?……和泉みたいじゃないか」
……しゃべんなよ。
「みたいじゃない。僕は、本物だよ。よく見てよ、悠真」
「汐苑の優しいとこ、変わらないね。少し心配になるくらいだ。」
屈託のない笑顔を見せながら、和泉は続ける。
「でも、悠真は流石だな。臆病なところが変わらない。ちゃんと、考えている証拠だ。僕が偽物だって思ってるんだろ?この姿じゃ、怪しまれて当然か。」
……コイツ、何を言っているんだ。
俺たちのことが分かってる風に話しかけてくる。
あの時のことを覚えてるみたいに。
そんな……本当に?
「悠真。僕はあの日、確かに死んでいたよ。」
「ああ、俺はこの目で見た。それが紛れもない事実のはずだ。」
「じゃあ、生き返ったの?」
汐苑が和泉に問う。
「……それも違うと思う。因みに、あれから何年経ったんだい?」
「10年だ。」
「だったらおかしいと思わないか?この姿は、あの頃のままなんだ。」
和泉は自分でも、その状況がわかっていない様子で答えを探しているみたいだった。
「……生まれ変わった。うん、それが近いと思うんだ。」
「だろうさ。一度失ったものが還ってくることはないからな。」
「生まれ変わり。じゃあ、あなたは和泉じゃないってこと?」
汐苑の瞳が揺れている。
「……僕は、紛れもなく和泉だ。」
嫌な予感がした。
和泉の影がなぜか大きくなったように感じる。
「あの頃、一緒に遊んだ記憶もあるし、二人がどんな奴だったかも知っている。」
瞳の中から光が消えたのが見えた。
震えている。
全身を大きく震わせている。
「そして死んだ時のことも。死んだ、あの感覚も覚えて……。」
突然、頭を抱えて屈み込んだ。
よく耳を澄ますと、ぶつぶつ何かを言っているようだ。
「そうだ、アイツが……俺を……。だから……今は……みんなを……」
怯えている。
初めて見たかもしれない。
あいつのこんな姿は。
この和泉は、きっと……。
そんな風に考えていた時、汐苑が和泉に歩み寄っていた。
「大丈夫?和泉。」
混乱している和泉を落ち着かせようと汐苑が、手を差し伸べたその時。
「ダメだ、僕に近寄るなぁ!」
黒いものが周囲の光を吸い込みながら横切った。。
「「「ハッ?えっ」」」
その場にいる全員が息を呑んだ。
頬が熱い。
てかなんか垂れてる。
「悠真、頬が切れてるよ。」
「血……痛ッ!?」
それに気づいてから痛みが来た。
「えっ、あっ、悠真、ごめん。僕……は」
和泉は少なくとも正気に戻ったようだ。
「気にすんなよ、それよりお前がそんなになるなんて……!」
キィィィンという金切音とともに、一筋の光が和泉と俺たちの間を裂く。
「やっと……見つけた。」
声が響く中で、光が収まっていった。
その中から現れたのは、白銀の髪の青年だった。
「大人しくしてろよ。」
青年は和泉に向かって右手をかざした。
その右手に光が宿り始めたかと思うと、彼の頭の先から足の先、全身から稲妻のような光が走りだす。
やがて、その雷光は右手の光に収束されていく。
「安らかに眠れ。」
この人は、和泉を……。
それに気づいた瞬間。
「待て、待ってくれ。まだあいつを失うわけにはいかないんだ。」
その青年に、全力で突進した。
「おい、邪魔を!?」
俺が、青年に激突した直後、その右手から光が放たれた。
レールガンのような、その光の筋は、和泉を通り過ぎ、背後にあった建物を溶かした。
「どうして、和泉を殺そうとするの?」
汐苑も、一緒になって男を止める。
「おい、頼むから離れてくれないか?」
「和泉、逃げろ!」
俺は、喉が張り裂ける勢いで叫んだ。
あいつが偽物だったとして、危険な怪物だったとしても、二度も目の前で失うのは耐えられなかった。
だからだろう。
逃げていくあいつの背中を見てホッとしている。
そうして和泉は、また俺たちの前から消えた。




