第16話 「全て終わりか始まりか」
校内中に、スピーカーから気持ちの悪い声が響き渡っている。
……そうか、この声は。
それに気づいた瞬間、僕の中でドス黒く濁った何かが疼いた。
「お前ぇえええ!!!」
喉が張り裂ける勢いで、僕は絶叫した。
あの夏の悲劇が、繰り返されている。
より残酷で、最悪な形で。
「お前が殺した人たちを覚えているか?何で、生きてる?死んだはずだろ、10年前に。」
「10年前?……そんなのどうだっていいだろう。」
「はっ?ふざけるな。色んな人を殺したのに、どうでもいいって?」
あの時の全てを覚えていないのか?
……クソがッ。
「別に、君のことは覚えているよ。でも今は、興味ないんだ。そんなことより、目の前を見なよ。」
黒い触手の集合体。
きっと、さっき混ざろうとしていたフォーグナー達と同じ奴だ。
今にも襲い掛かる勢いで、フォーグナーが、触手を唸らせている。
「誰を……何人犠牲にしたんだ?彼らに何をしたんだ?」
「フォーグナーを分けてあげたんだ。凄く面白いよね。でも、これを見るのは、初めてなんだ。」
……何だ、こいつ……面白い?
無惨に、人生を狂わされた人たちの姿だぞ。
何でそんな鼻で笑うような言葉を吐き捨てられる。
……根本から違うんだ。
こんな奴のことを人と呼んでいいわけがない。
怪物よりも恐ろしい生き物だ。
「ごめんなさい。僕は、あなた達を助けることができないから……せめて、すぐに楽にしてあげるから。」
もう一度、ルーン魔術を使おうとした。
「ᛖᛪᛈᛚᛟᛋᛁᛟᚾ……あれ?」
投げた紙は、何も起きることなく、そのまま、フォーグナーに当たった。
「使えない、どうして!?」
詠唱はした、書かれている文字が間違っているわけじゃない。
なのに、発動しなかったんだ。
「白崎ちゃん、大丈夫よ。」
そう言って前に出た先生の両手が光を纏い始めた。
「ここは……先生に任せて。その間に、白崎ちゃんは逃げちゃって。」
「でも、一人で大丈夫なんですか?」
先生は、にっこりと笑ってみせる。
「やらなきゃいけない時ってあるじゃない。なら今が、その時。安心して任せてよ!私は、白崎ちゃんの先生なんだから。」
そう言って、先生はフォーグナーの元へ向かった。
きっと大丈夫だ。
僕と違って、先生は、セルジオと同じ魔術師なんだから。
「……先生、後はよろしくお願いします。」
まずは冷静になるべきなんだ。
今、あいつと戦うべきじゃない。
悠真や師範ならまだしも、僕にそんな力はない。
頼みの綱のルーン魔術もさっきは使えなかった。
僕がやるべきこと。
まずは、みんなにこの事実を教えること。
あの殺人鬼がしたこの惨劇を伝えること。
降り続ける雨の中をひたすらに、僕は、走り続ける。
その中で、常に違和感を感じていた。
やっぱり何も感じない。
人の気配、どこかへ向かう車、いつもなら確かにあったはずのもの。
その何もかもを感じない。
まるでこの街の時が止まっているみたいだ。
フォーグナーの影響か、はたまたアイツのせいなのか。
分からない。
何かが追いかけてきているような錯覚に陥った。
全てが10年前と重なる。
バシャリ!
水しぶきをあげながら、前のめりに倒れ込んだ。
足を挫いたのだろうか。
早く逃げなきゃ。
再び立ち上がろうと足に力を入れた。
でも何故か、うまく立てなかった。
クソ、何なんだよ。
生まれたての子鹿みたいに震えていて、立てたとしてもすぐにまた崩れ落ちてしまう。
その時に気づいた。
「ハッ……ハッ…ハッ……。」
発作が起きていた。
息が苦しい。
喉の奥が詰まるようで、掠れた声しか出てこない。
そう、全部、頭の中に流れ込んでくるんだ。
見たくもない地獄の景色を。
肝試しのつもりだった。
立ち入るべきではないところに、好奇心で踏み入った僕らを待っていたのは、大人も子供も関係なく、積み重なった死体の山。
大きな黒い影が、僕らの恐怖心を煽って、あらゆる思考を奪い盗る。
呆然としている時に、目の前に現れたのがアイツだ。
初めに、僕を殺そうとしてきた。
ナイフを片手に、静かに振り上げながら、近づいてきた。
その姿を鮮明に覚えている。
その目は、狂っているわけじゃない、何か衝動で動いているわけでもない。
何の関心もなく、ただ、作業をするように、ナイフを振り下ろした。
その全てを、僕はただ見つめていた。
体が動かなかったんだ。
そして、気づいた時には、目の前に誰かが立っていた。
和泉だ。
何が起きたのか分からなかった。
次の瞬間には、操られていた人形の糸が切れたように和泉が、グシャリと倒れていたんだ。
その全部を見ているうちに、腰が抜けて逃げることができなくなっていた。
目の奥でフラッシュバックする、その光景に思わず、嗚咽しそうになる。
うつ伏せになり悶える。
ああ、いつもは悠真が慰めてくれるから。
君の姿を見るだけで、全部、我慢することができるのに。
「立て、汐苑……僕は、変わるんだろ。」
それでも言うことを聞いてくれない僕の足。
追って来ているのかも知れないあの殺人鬼から逃げないといけない。
それなら、這ってでも、動いてやる。
手は動いてくれるんだ。
なら引きずってでも前に進まないと。
地面を掴み、必死に這おうとした。
その時、何かが、僕の手を掴んだ。
「……汐苑……何かあったのか?」
息を切らしながら声をかけてくれる。
その人は、悠真だった。
「何でここにいるってわかったの?」
「えっと……ちょっと変な気配を感じれるようになってさ。それを辿ってたら、汐苑に会えたんだ。」
「びっくりしたよ……ってそんなことを言ってる暇ないんだ。よく聞いて、さっきあの殺人鬼が、学校にいたんだ。」
それを聞いた悠真の表情が変わる。
「そんなところにまで、じゃあ汐苑は、逃げて来たってことか?」
「知っていたの?アイツが生きてること。」
「……うん。隠してて、ごめん。それをお前に伝えたら、どうなるか、怖くて言えなかったんだ。」
優しいな、悠真は。
でも、僕も覚悟を決めたんだ。
心配しなくても、大丈夫だよ。
「別にいいよ。僕のために隠しててくれたんでしょ。それに今はそんな話をするより逃げないといけないんだ。いつまたアイツが追いついてくるか分からないから。」
「そうだな。じゃあとりあえず、またセルジオのところに行くぞ……。」
ズッ。
何か鈍い音が聞こえた。
それと同時に、悠真の背後に大きな影が現れた。
「逃げちゃダメだよ。」
前のめりに、悠真が倒れ込んでくる。
慌てて、その体を僕は抱き抱える。
その時、悠真の背中が、異様にへこんでいるように感じた。
そのくぼみに入ってしまった僕の手が、生暖かい感触の何かに触れる。
「悠真!」
僕は、悠真の中身に触れてしまっていた。
その中から流れ溢れる血が、地面を赤黒く染め上げていく。
その赤い地面の上に、アイツが立っていた。
「はぁ……はぁ……。」
呼吸が浅い。
凄く苦しそうだ。
「お前は、また僕の友達に手を……。」
「知らないよ。目の前にいただけだから。」
なんだよ、それ。
また僕のせいで、犠牲になったみたいじゃないか。
「お前は何のために、こんなことをしているんだ?」
「それを知って、君たちに理解できることなの?」
……理解できないだろうな。
というか、理解したくもない。
殺人鬼の思考なんてものに、共感したくはない。
「ねぇ。手伝って欲しいんだ。君に、少しだけ。」
「ふざけんな。僕は、何もしない。お前のやりたいことは叶わない。全部、僕が壊してやる。」
「拒否権はないよ。」
その瞬間、アイツの目が、赤く光り出した。
体が……勝手に……。
僕は、悠真を放って、殺人鬼の元へ、歩き出す。
「待って、なんで。止まれ。止まれよ。止まれって。」
身勝手なこの体が憎い。
あんな奴の言いなりになってしまう自分を許せない。
「大丈夫、どうせ君の意思は、関係なくなるんだから。どうせなら、最高の夢でも……。」
何かを言いかけたその瞬間、僕の体の自由が戻る。
その反動でよろけて倒れてしまった。
「この……?」
アイツは、僕のことを見ていなかった。
どこか違うところを見て……笑う。
フォオオオン……!
突然、何かが反響するような音が聞こえてきた。
同時に背後から青紫色の光が飛び出してくる。
「……。」
何も言わず、気味の悪い笑みを浮かべ続ける殺人鬼は、悠真を見ていた。
「一体、どうなっているの?」
目の前の光景に絶句する。
立ち上がった悠真の中から光が漏れ出したんだ。
全身の至る所から、次々に溢れ出していく。
ただ、悠真自身の意識はない。
「悠真、どうしたの?何がどうなってるの?ねえ!?」
「もう少し見ていたいけど、もう行かないと。」
殺人鬼は、そう言って、去っていく。
それどころじゃない。
悠真を、どうにかしないと。
「お願い、何か言ってよ。」
悠真が、少しずつ宙に浮き始めている。
どこかに行っちゃうの?
「待って!」
どこにも行って欲しくない。
その一心で、悠真を掴もうとした。
「触ってはいけない!」
聞き覚えのある声が聞こえる。
「セルジオ?」
「もう時間がない。行くな!」
そう言って、セルジオは、僕を抱え込んだ。
次の瞬間。
ブゥウウウン!!!
とてつもない衝撃音とともに、視界が揺れた。
直後、目の前が真っ黒になっていた。




