第15話 「無差別に、ただ無慈悲に」
なんというか……すごく複雑な気持ちだ。
先生に感じていた安心感が、偽物なような気がしてならない。
セルジオと同じ、魔術師。
それが、こんなに普通に紛れ込んでいた事実。
それ以上に、同じ学校に通う子にもフォーグナーの犠牲が出たことに震えている。
身体中を炎で包まれたあの生徒は、窓際で倒れている。
その姿を見て、自分のやってしまったことを実感した。
きっと火を消そうとしていたんだ。
開いた窓から入る雨に打たれ、生徒は濡れていた。
「そうね。学年は違えど、同じ学校に通う生徒だもんね。そういう気持ちにもなるわ。」
「……先生、僕は、フォーグナーを許せない。」
ずっと、楽観的で、本当に見るべきところを見てなかったのかもしれない。
今、感じているこの気持ちが、これまでの僕が間違っていたことを教えてくれている。
「そうだね。私の生徒にまで、手を出したことを後悔させてあげないと……って、あれ?」
何かに気づいたように、先生は、倒れた生徒の体を触り始めた。
「息をしている……。」
「本当ですか?」
感情のまま、僕も胸に手を置いた。
確かに動いている。
「これは……。フォーグナーが進化してしまったのかもしれません。」
その言葉を聞いた時、前にセルジオの言っていた言葉をうっすら思い浮かべる。
その進化とこの生徒が生きていることに、どんな関係があるのだろう?
「元々、死体に取り憑いて模倣する最低な奴らよ。でも、これは……。」
「とにかく、この子は生きているんですね?」
「目を覚まさないことには、確信できないけど、多分ね。」
そのまま、生徒を置いて、先生は、職員室を出て行った。
「あの子は、そのままでいいんですか?」
「白崎ちゃん、今、この学校そのものがおかしいことになってるのに気づいてますか?何が起きるかわからない。そう言う時には、物事の優劣を考えなきゃ。」
……確かにそうなのかもしれない。
今、僕が、あの子のためにできることは何もないわけだし……。
さっきの状況をどうにかできたこと自体が奇跡なんだ。
今は、先生を頼るしかない。
「これから、どうするんです?」
「まだ、何体かフォーグナーの気配を感じる。それを探し出して、倒さない限りこの校舎からは出れないわ。」
やっぱり、まだどこかにいるんだ。
廊下を歩きながら、色んな教室の中を覗いてみる。
僕には、何かがあるようには見えなかった。
「先生には、何か感じ取れるものがあるんですか?」
「マナの乱れを感じるの。今も、また一つ近づいてるのを感じるわ。」
「早く言ってくれません……それ。」
唐突すぎる。
手伝うにも準備をしないと、何もできない。
何か魔術を、紙にルーン文字を書き込まないと。
火はダメだ。
もう、苦しませるようなことはしたくない。
「来るわよ。白崎ちゃん、備えて。」
少し邪魔ができればいいんだ。
これなら、どうかな?
そう思って、ルーンを紙に記す。
「やっぱり、何かおかしいわね。」
さっきの時と同じだ。
人の形をしているだけの黒い塊が、僕たちに襲いかかる。
「白崎ちゃん、牽制頼んだわよ。」
「あっ、ちょっと待ってください。」
えっと、この文字の読み方は……。
本を取り出し、たどたどしく読み上げる。
「い…イン…ᛁᛗᛈᚪᚳᛏ」
放り投げた紙が、フォーグナーに当たる。
ドッ!と言う鈍い音と共に、吹き飛ばされた。
時間稼ぎにはなりそうだ。
そう思った直後。
「ギィイイイン!」
突然、フォーグナーが叫んだ。
頭が割れるみたい。
まるで、甲高い金属の金切り音みたいだ。
「急に何なんだ、この音は。」
「色んなところから聞こえてくるわ。仲間を呼んでいる?」
その音と共振し、呼応するように同じ音が聞こえてくる。
パリン!
至る所から、窓ガラスの割れる音が聞こえてくる。
今、何が起きているのか全くわからない。
「白崎ちゃん、私のそばから離れちゃダメだからね。」
笑顔を崩さない先生の顔を見て、すごく安心する。
きっと、セルジオみたいに何とかしてくれるはずだ。
「来たわ……ってこれ、嘘でしょ?」
10……20……そんな、どうして……誰が?
こんな数、見てられないよ。
色々なところから、どんどん出てくるフォーグナーたち。
……怖いよ……僕は、どうすればいいの?
「本格的に……まずいことになったわ。」
「どうすればいいんですか?先生!?」
もう一度、本の中から、新しい文字を探した。
また火を使って、一網打尽に?
でもそれだと、取り込まれた人が苦しむ……。
ただ、ひたすらに捻り出そうとした。
その途中で、先生が肩を叩いてくる。
「白崎ちゃん、前を見て……。」
「先生も、早く準備しないと!二人でこんな数、相手に、できるわけないんだから!……はっ?」
フォーグナーたちの姿が一斉に崩れ始めた。
糸が綻ぶように体が、枝分かれし始める。
触手みたいだ。
タコの足みたいだな。
クネクネして、伸びていって、どこに向かってるんだろう?
「こんな時に何ぼーっとしてるの!ちゃんとしなさい。」
「一体、何ですか?これ……。」
生えてきた触手が、別のフォーグナーと繋がり始めていた。
絡み合うように、混ざり合っていく姿が見える。
合体しようとしているの?
「白崎ちゃん!早く火の魔術を使って!」
「でも、あの中にいる人たちはまだ生きてるって。」
「そんなことを言っている場合じゃないわ!」
先生が、僕の肩をがっしりと掴んでくる。
その手から、震えが伝わってきた。
「いい?さっきも言った通り、優劣を考えてみて。今、目の前にいるのは、見たことのない速さで成長している怪物なの。あんなのが街に放たれたら、何もかも失われてしまうわ。」
「でも、何で僕が?」
「それは……私にこの数をどうにかする力がないからよ。私は、あなたのような魔術を使えない。自分の身体能力を強化する魔術だから。」
ああ、悠真が、戦う時もこう言う気持ちだったのかな?
さっき見た傷ついた人の姿。
自分の手で何かを壊すという重み。
こんな恐ろしいことを、ずっとあの人に押し付けてきたなんて……やっぱり僕は、最低だ。
でも、この気持ちを少しでも僕が背負うことができたのなら……。
そうだ、僕がこの力を学んでいる理由。
悠真の隣にいるための口実。
僕は……悠真が傷つかないために。
「先生、火よりも強そうなものって、何かありませんか?」
「爆発とか?」
爆発か。
合体を止めるなら燃やすよりも、吹き飛ばしたほうがいい。
ごめんなさい。
でも、みんなが痛いのは一瞬だから。
一つでは足りない。
全部吹き飛ばすには、何枚も、ルーンを書き込み続けないと。
両方の手で持ちきれないほど、ルーンの玉を作った。
それを一気に放り投げる。
「ᛖᛪᛈᛚᛟᛋᛁᛟᚾ!!!」
世界が明るく見えるほどの光が、視界を包んだ瞬間。
一気に熱気が襲いかかってきた。
ゴォォォ……。
衝撃で周りが揺れているの?
熱気が強すぎて目を開けられない。
一体、フォーグナーたちはどうなったんだ?
「凄いわね、白崎ちゃん……ちゃんと、できたんだよ。」
「終わったんですか?」
目を開けると、天井や壁には大きな穴が開いてしまい、あの大量にいたフォーグナー達は跡形もなく消えていた。
「この辺り崩れそうだわ。外に出ましょう。」
開いた穴から、僕たちは外に出た。
「白崎ちゃん。本当は、私が助けるつもりだったのに、助けられちゃいました。」
「僕のことは気にしなくていいんです。ただ、やっぱり、初めの子みたいに助けてあげられなかったことが、僕は悔しいです。」
先生も同じ気持ちなのか、顔を歪めていた。
「私は、ここでするべきだったことを果たせなかった。子供達を守ること、それが私に与えられた指令だったのに。」
「さっきのフォーグナー達も、生徒だったのでしょうか?」
その時、先生が答えるよりも先に、謎の声が、響き渡った。
「辛いよね。自分の知っている子を手にかけるのは。」
どこか聞き覚えのあるその声に、僕の背筋が凍った。
アイツだ。
妙に耳をなでられているように感じる声が、あの日の出来事を思い起こさせる。
「この声どこから!?何者?」
ズン!
職員室の方から、何やら音が聞こえてくる。
その一帯が揺れているように見えた。
「先生。生徒思いなのは、大変素晴らしいことですよ。でも初めから最後まで突き通さないと。あんなところに放ったらかしにして〜。」
ドォン!
強い衝撃音と共に、目の前の壁が崩れた。
その中から、これまで見たことがないほど、大きなフォーグナーが現れた。
その瞬間に、ようやく理解した。
この街で起きている全てが、僕と悠真、和泉にとって、逃れることのできない事件だったんだ。




