第14話 「最初からそこにいたんだ」
窓に激しく叩きつけられる雨。
まるで僕が外に出るのを阻んでいるみたいだ。
傘なんて持ってきてないよ。
澄んでいた空にかかるモザイクが、街の景色さえぼやけさせていた。
「う〜ん。今、帰るのは危ないわね。しばらく様子を見ましょう。少し弱くなったタイミングで、私が家まで送ってあげます!」
「えっ、そんなの申し訳ないですよ。」
二人だけで車に乗って行くのは、少し気まずく感じて、断ろうとした。
でも先生は、こんな中、一人で帰すわけにいかないと、迫ってくる。
結局、僕はその提案を受け入れることにした。
でも、どれだけ経っても、雨の勢いは変わらなかった。
それどころか、どんどん強まっているように見える。
「夕立ちにしては、長い雨ですね。」
「そうねぇ……もう止む気配もないし、お母さんに迎えにきてもらう?」
僕は首を横に振った。
お母さんは、まだ仕事をしている時間だ。
こんなことで呼ぶのは申し訳ない。
「そう?でもずっと待ってるだけっていうのも、しんどいんじゃない?」
「じゃあ、図書室で本を読んでいようと思います。」
「う〜ん。できる限り、私のそばにいて欲しいのだけど……ダメ?」
別に外に出るわけでもないのに、どうして止めるんだろう?
呼ぼうと思った時に、僕がいなかったら困るからかな?
「ならここで、待ってます。僕は、暇でも気にしないので。」
「ありがとう!そうしてもらえると私もすごく助かるわ……。」
先生は、ふいに、扉の方に目をやった。
まるで何かに、怒っているような目をしている。
「先生?どうしたんですか?」
「そこで待ってて。少し確認したいことがあるの。」
そう言って、先生は、扉に向かった。
その間も、先生は、扉と僕を交互に見て、ずっと何かに警戒している。
「先生は、いったい何を見てるんですか?」
今の先生は、最近の悠真みたいだ。
それに気づいた時、背中にヒヤリとした寒気を感じた。
そして、先生は、扉を開いて、様子を確認した。
「……先生の気のせいだったみたいです!あんまり気にしないで!」
何もなかった事実に安心した先生は、いつもの笑顔を見せていた。
でも、次の瞬間。
僕を見た先生は、一瞬で、目を見開き、驚愕していた。
いや、僕を見ているわけじゃない。
じゃあ、何を……?
トン。
何かが、僕にぶつかった。
「白崎ちゃん、ちょっとずつこっちにきて。」
「……はい。」
僕には、わかっていた。
後ろを振り返った瞬間、何かが僕に襲いかかってくること。
少しずつ……少しずつ、ゆっくりと扉へ。
何かを刺激しないように、先生に近づいていった。
「そう、いい子ね。その調子で、こっちにくるのよ。」
頭の中で何かの正体を考える。
思い浮かんだのは、フォーグナーだ。
やっぱり、僕はもう狙われてしまっているってことなのかな。
ようやく、先生の元へたどり着く。
「先に外に出て。」
先生は僕を庇いながら、外に出してくれた。
でもその時、隙間から何かの姿が、見えてしまったんだ。
「早く外へ!」
先生が出てくる勢いのまま、僕は押し飛ばされた。
そして、廊下に出たあとすぐに扉を閉めた。
バァン!
何かが、扉に激しく叩きつけられた。
「先生、これは……。」
扉についている小窓から見えるそれは、やはり人ではなかった。
黒い影に覆われていて、顔が見えない。
いや、無いのだ。
その雰囲気は確かにフォーグナーに似ている。
なのに、昨日まで見てきた奴らとは違って見えた。
「まずは、ここから離れるの!ここは私が食い止めるから!」
先生は、僕を守るために離れるように言ってくれている。
でも、それは先生を見捨てることになる。
そんなの嫌。
やっと話せるようになった人なんだ。
助けたい。
先生も助かる方法があるはずだ。
……ズボンのポケットの中に何かある?
手を入れてみると、クシャクシャに丸められた紙が入っていた。
それは、今日、書いていたルーン文字。
紙を開く。
そこに書かれていた文字は、ᚠᛁᚱᛖ。
セルジオが見せてくれた。
まだ印象の強い火の魔術。
でも……先生にこんなのを見せて大丈夫なのかな?
バリィッ!
窓を割った怪物が、こっちに出て来ようとしている。
もう時間がない。
「行くの、早く!」
「先生、少しどいてください!」
大丈夫。
この言葉は覚えている。
投げやすい様に、紙を丸めた。
あの怪物に当たれば少しは怯んでくれるはず。
その隙に、先生と逃げるんだ。
「ᚠᛁᚱᛖ」
詠唱と同時に、紙を投げつけた。
赤白い光に包まれた紙は、大きな火の玉に変わる。
それが、怪物に直撃した。
「やった!」
「……嘘!?」
その様子は異様で不気味だった。
全身に火が回り、その暑さと痛みにもがいている様に見える。
どんどんと暴れ回る音は聞こえるのに、呻き声一つ聞こえてこないのが怖く感じる。
でも怪物は扉から離れていった。
先生は無事だ。
「先生、大丈夫ですか?」
先生を連れて行くために声をかけた。
でも、反応がない。
ずっと燃える怪物の姿を見続けている。
「先生、今のうちに逃げた方が……。」
「……ううん、一旦は大丈夫みたいです。」
そう言って、先生は、逆に中に入っていった
「ちょっと!何しているんですか?」
「もう終わったの!あれは、もう動かないから大丈夫。」
確かに、さっきまで聞こえていた物音が聞こえない。
入っちゃうの?
でも、先生の言った言葉に、思わず中へ飛び込んでしまった。
「うちの学校の制服……そうだったのね。」
見ないといけないと思った。
それが事実なら、僕は……。
「えっ……。」
顔も知らない子だ。
確かに同じ制服を着ている。
この学校に通う子で間違いない。
だから、それは、つまり。
「もうこんなに近くまで来ていたの?」
しかも、僕の手で殺してしまった。
そんなつもりはなかった。
僕は、ただ必死だっただけで。
それにさっきまで黒い化け物だったでしょう?
僕は……僕は、あんな奴とは違う。
「白崎ちゃん、大丈夫?怯えてるわよ。」
「いや、だって、先生も見えてるでしょ?」
転がっている子供を指さしながら、問いかける。
「……そう、そんなふうに感じるのね。珍しい子ね、白崎ちゃんわ。単に優しいのかしら?」
「先生?」
この意味のわからないことを言い出す感じ、前にも経験したことがある。
あぁ……セルジオが、話す時と一緒なんだ。
そう思った時、先生の雰囲気が変わった。
「私、実は先生じゃないんです。本当の名前はね、アイギス・メイブン。あなたと同じ、魔術師なの。」
僕の耳元で、囁くように彼女はその正体を明かした。




